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「日本の普通」に世界が驚いた: 映画『小学校~それは小さな社会~』を制作した山崎エマ監督
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「新幹線や電車の運行が秒単位で管理され、皆それが当たり前と思っている」「東京のような巨大都市の隅々まで、清掃が行き届いている」「落とし物や忘れ物は多くの場合、警察に届けられて持ち主に戻る」──。これらは何十年も前から繰り返し言われている、海外の人々が驚きの目で日本社会を語るエピソードだ。
この「規律と秩序、集団生活における協調」は、どこから来るのか。昨年12月に公開された映画『小学校~それは小さな社会~』では、そこでの6年間が「日本の子どもたちを“日本人”に作り上げる」とし、学校生活のありのままを見せてくれる。
舞台は東京の世田谷区立塚戸小学校。入学したての1年生と最上級生の6年生に焦点を絞り、コロナ禍の2021年度1年間を密着取材した。撮影は計150日間、700時間にも及んだ、
日本の教員や保護者にとっては、ありきたりの日常かもしれない。だが、先行上映された海外では、大きな反響を呼んだ。「教室の掃除」や「給食の配膳」、「日直」制度、運動会や各種の学校行事の運営に児童らが積極的に関わり、成長していく姿が、観客に強い印象を与えたという。フィンランドの首都ヘルシンキでは、4カ月間のロングランとなり、同国での上映館は20にも及んだ。ドイツや米国の映画祭で入選し、韓国ではテレビ放映された。
また、この映画撮影から生まれた短編作品『Instruments of a Beating Heart』は、第97回米アカデミー賞(2025年)の短編ドキュメンタリー部門にノミネートされた。
『小学校~それは小さな社会~』 © Cineric Creative / NHK / Pystymetsä / Point du Jour
『小学校~それは小さな社会~』 © Cineric Creative / NHK / Pystymetsä / Point du Jour
日本人は「小学校でつくられる」
この映画の英語タイトルは、“The Making of a Japanese”(日本人の作られ方)。日本語に直訳するとかなりどギツい表現だが、山崎さんは明快だ。「6歳ぐらいの子どもは世界のどこでも同じようだけれど、12歳の日本人は欧米の子どもと違う。それは学校でさまざまな役割を与えられ、コツコツと大人になる訓練をしているからです。教育で人は作られるし、日本の公教育は社会・集団との協調性を育てる役割を担っている。日本の教育に対する概念は、他の国々とかなり異なっている。これは間違いないです」
山崎さんは父親が英国人、母親が日本人。神戸で生まれ、大阪の公立小学校で6年間過ごし、中高は神戸のインターナショナルスクールに進んだ。米国の大学で映画制作を学び、卒業後はニューヨークでキャリアを積む。
「自分は日本人だと思っていたのだが、英語が話せて髪の毛も茶色のハーフは小学校で私だけ。一人だけ周りの人と違う存在なのか、日本人であるということはどういうことなのかという問いは、長い間自分の心の中にあった」
米国では、仕事の場でよく「責任感がある」「時間にきっちりしている」「チームへの貢献が素晴らしい」などと評価された。
「特別なことはしていないのに、褒められる。そういう時は『日本人としては普通のことだよ』と聞き流していた。一方で、10年ぐらい前に『自分は何者なのか』と自ら問い直してみた時期があった。突き詰めていくと、自分の特性や価値観の源流は、やはり小学校時代に培ったものにあると気付きました」
山崎さんの小学校時代の最も強い思い出は、6年生で迎えた運動会。組体操の「巨大ピラミッド」を完成し、保護者や地域の人々から喝さいを受けたことだという。
「練習の初日には絶対に無理だと思った課題が、みんなで力を合わせて何週間も練習すると、何とか形になってくる。本番を前に、絶対に失敗はできないと決意する緊張感。無事ピラミッドを完成させた達成感。友達と泣きながら喜んだ感動。この体験が今振り返ってみた時、目の前にある課題に頑張って取り組む原点になっていると思います。ここを頑張ればその後の景色は変わる、という体験を11歳、12歳でする。貴重なことです」
「子どもからしたら運動会や音楽会は一大行事で、日本の学校生活では『人生のヤマ場』のような機会が6年間で繰り返し訪れる。インターナショナルスクールの運動会は何の練習もせず、その日だけ参加して走って終わりです。集団生活の中で学んでいくやり方ではない。隣の子と何が違って何が得意なの?と、個性を作っていくところを優先するのが欧米の価値観です」
学校生活に求められることが国々であまりに違うことに気づき、山崎さんは「日本の小学校をドキュメンタリー映画にして、世界の人々に紹介する」と決意した。
しかし、長期にわたる撮影を認める学校は、簡単には見つからない。6年間も試行錯誤し、ようやく「東京五輪開催の機会に国際的な相互理解を深める」という名目で、米国(選手団)の五輪ホストタウンとなった世田谷区の協力を得ることができた。
思いやり、助け合いと責任感
映画の中には心温まるエピソードとともに、靴入れの中の上履きがきっちりそろっているかどうかをチェックする当番児童や、卒業式で一糸乱れぬ所作を要求する指導など、「そこまでやるのか」と感じるシーンも登場する。教員らの研修風景では、大学教授が講演で「日本の教育が求める集団性の強さと協調性は、いいことばかりではない。もろ刃の剣である」と指摘する場面が盛り込まれた。
それでも、山崎さんは「隣の子どもの悩みを自分のことのように受け止める助け合いの精神、思いやりの気持ちを尊重する日本の小学校は優れている。この映画の最大のメッセージはそこにある」と強調する。
「実際に、外国で人々がこの映画に感動し、『日本の子どもたちはすごい』との声を数多く聞いた。フィンランドで『コミュニティづくりの教科書。自分たちの教育を見直す場になった』との感想があったが、その背景には自由優先の価値観で進めてきた結果、自分のことしか考えない子どもが増える中で、日本のやり方からヒントをもらえるのではという気持ちがにじみ出ていると感じました」
フィンランドでの上映風景 © Cineric Creative / NHK / Pystymetsä / Point du Jour
フィンランドでの上映風景 © Cineric Creative / NHK / Pystymetsä / Point du Jour
山崎さんが最も驚いた海外の上映現場での反響。それは、常にサッカー・ワールドカップ(W杯)の日本チーム応援団による試合後の「ごみ拾い」のエピソードが引き合いに出されたことだという。
「そんなに世界中で有名なのかと思うくらい、どこに行っても映画の内容が『ごみ拾い』の行動の理由として解釈されていました。そこにあるのは、『日本人はきちっとしている』とか、『プロフェッショナルが多いな』という認識です」
日本人の特性とは何か。自分探しと重ね合わせたような映画の取材・撮影の中で、山崎さんが特に印象深く感じたのは「責任感」という心のありようだという。
「日本の子どもは学校で、小さいころから責任を与えられるわけです。教室の窓を開ける係から給食当番、掃除当番などなど。与えられた役割をきちっとやる責任感というのが、DNAに入ってしまうのではと思うくらいです。それがプラスに機能する場合もあれば、逆にその責任感・使命感に苦しめられている人もいるのが、今の日本の社会です」
「日本以外では、子どもには子どもなりの扱いがあり、そんな責任を与えるものではないという文化が多い。だから『はじめてのおつかい』のようなテレビ番組をみると、海外の人はとても驚く。『責任感』というのは、日本を語る際の1つのキーワード。善し悪しはあれども、そのプラスの面はとても大きいと感じます」
取材・執筆:石井雅仁(nippon.com編集部)
バナー写真:ドキュメンタリー映画監督の山崎エマさん=2025年1月15日、東京・渋谷(撮影・花井智子)
作品情報
『小学校~それは小さな社会~』
- 日本公開:2024年12⽉13⽇シネスイッチ銀座(東京)ほか全国順次公開
- 配給:ハピネットファントム・スタジオ
- 監督・編集:山崎エマ
- 2023年/日本・アメリカ・フィンランド・フランス/カラー/99分/5.1ch
- 公式サイト https://shogakko-film.com/