ウクライナ支援 「日本は主体的取り組みを」 前駐キーウ大使・松田邦紀氏
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着任前から侵攻の予兆
駐パキスタン大使から駐ウクライナ大使へ着任したのは2021年10月下旬だった。ロシアはウクライナとの国境付近に兵力を集結させ、侵攻の懸念が高まっていた。
22年2月24日。「虫の知らせ」なのか、午前4時前に目が覚めた。ウクライナの国防省や内務省、東京と連絡を取り合っているうちに、公邸2階の窓から暗闇を切り裂くようにミサイルの光跡が見えた。「始まったな」。不思議と腹が座り、事前の計画に従ってやるべきことを見据えた。
白々と夜が明けていく中、公邸の庭に出て街の様子をうかがうと、混乱は起きていない。荷物を抱えてキーウの中央駅やシェルターになっている地下鉄の駅へ急ぐ市民がいる一方で、顔なじみの女性が何事もないかのように犬の散歩をさせていた。「戦争が始まっているが、ひどく静かだった。別の世界、白黒映画を見ているような不思議な感じにとらわれた」
本質は「国際社会に対するロシアの侵略」
ロシアは2014年、違法な形でウクライナ南部のクリミア半島を併合した。当時なすすべのなかったウクライナだったが、政府、軍、国民は8年間かけ、さらなる危機に備えを固めてきた。松田氏は「それが、ウクライナの人々がロシアに抵抗できている最大の理由だ。自分たちの国土、文化、伝統、歴史、宗教を守るという気構えがあった」と振り返る。
最も重要な点として松田氏が挙げるのが、この侵略戦争の本質についてウクライナ国民の多くが理解していることだ。「彼らは自分たちがこの戦争に負ければ、次(の侵略対象)は欧州だと理解している。ロシアによる侵略を許せば世界中が危険と隣り合わせになるのだと」
第2次大戦後の国際社会が形成した法の支配に基づく秩序の恩恵を受けてきた日本にとって、ウクライナでの戦争は決して「遠い世界の出来事」ではない。松田氏は「『欧州で起きた領土紛争』と矮小(わいしょう)化してはならない。戦後の秩序に対する武力によるチャレンジであり、暴挙だ」と指摘。「日本は戦争の本質を理解した上で、自分たちの問題として受け止めなければならない」と訴える。
日本が果たす役割とは
各国が戦争終結に向けて取り組みを続ける中で、松田氏は日本が大きな役割を果たしていると強調する。一例として挙げるのが、ウクライナのゼレンスキー大統領が発表した「勝利計画」と「平和フォーミュラ(公式)」への日本のコミットだ。
5項目からなる「勝利計画」は、北大西洋条約機構(NATO)への加盟に向けた正式な手続きなどを含み、今年10月に公表された。「勝利の計画」が侵略戦争終結のための方法論であるのに対し、「平和フォーミュラ」は「核の安全」「食料安保」「エネルギー安保」「ウクライナ領土の一体性回復」など10項目にわたり、「和平の最低条件」と位置付けている。
ウクライナ情勢を巡る日本の動き
2022年2月 ロシア軍がウクライナに侵攻開始
2023年3月 岸田文雄首相(当時)がキーウを電撃訪問、ゼレンスキー大統領と会談
2023年5月 ゼレンスキー氏がG7広島サミットに出席
2024年2月 都内で日ウクライナ経済復興推進会議を開催
2024年6月 岸田氏とゼレンスキー氏が長期的支援を明記した合意文書に署名
2024年6月 スイスで平和サミット開催
ゼレンスキー氏は2023年5月、広島で開催された先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)に参加し、G7、グローバルサウス(南半球を中心とする新興・途上国)の首脳と4項目の合意に達した。「この『広島スピリット』が平和フォーミュラを動かしていくための着想になった。広島サミット後から各国政府の関係者が議論を重ね、今年6月にスイスで開催された平和サミットにつながった」と振り返る松田氏は、成果を実現させるための仕組み、手段を示すものとして「勝利の計画」に結実したとみる。
一方、「非武器」に限定される日本の支援は、これまでに120億ドルを超えながら、欧米諸国による軍事的供与に比べ目立ちにくい。殺傷能力のある武器の提供は「防衛装備移転3原則」によって認められておらず、日本は防弾チョッキ、偵察用ドローン、高機動車などをウクライナに提供してきた。松田氏は地雷除去やエネルギー支援、財政支援などを例に挙げ、「日本ができること、日本だからこそするべきこと、日本しかできないことを常に考え、ウクライナを支援してきた。現在はウクライナが自立して自らの経済を回せるように民間の活力を生かし、復旧、復興、戦後の経済発展も見据えた段階に移行している」と語る。
北朝鮮の派兵は「事実上の参戦」
和平への努力の一方で、事態を複雑にする動きも出ている。米国などは、北朝鮮の部隊がロシアへ派遣され、軍事訓練を受けているとの分析を明らかにした。ウクライナとの戦闘に投入される可能性があるとして、各国は警戒を強める。
松田氏は、岸田文雄前首相が語った「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」との言葉を引き、「『今日のウクライナは明日の東アジアである』という事態が起きている」と現状を表現する。
北朝鮮による派兵は、ウクライナでの戦争が東アジアの安全保障の問題とリンクしたことを意味する。北朝鮮がこの戦争を通じて得る技術や知見を、今後東アジアにおいて悪用する可能性は排除できない。松田氏は「北朝鮮の参戦は国際社会に新たな問題を突き付けている。国際社会はロシア、北朝鮮にどのように圧力をかけていくのか、具体的に議論する必要がある」と語る。
ゼレンスキー大統領から感謝の言葉
「(日本とウクライナの)強力な二国間関係を築いてくれたことに感謝したい。われわれには、かつてこのような強固な関係はなかった」
離任のあいさつのため大統領府を訪れた松田氏に、ゼレンスキー大統領は語りかけた。ゼレンスキー氏が10月3日にX(旧ツイッター)へ投稿した動画では、G7議長国として日本が果たした役割に同氏が感謝し、松田氏へ勲章を授与する場面も伝えている。
「私1人の名誉ではなく、日本と日本国民への感謝だと受け止め、大変光栄に思った」。こう話す松田氏への謝意は大統領からだけではなかった。侵攻が目前に迫り、各国がキーウの大使館を相次いで閉鎖する中、日本はG7の中で最後まで踏みとどまった。「逃げることなく、運命の日、2月24日の朝をわれわれと一緒に迎えてくれた」。離任にあたってウクライナの人々がかけてくれた言葉を、最大の賛辞として胸に刻む。
留学先の米国や旧ソ連でロシア語を学び、モスクワの日本大使館には2度、計5年間勤務。欧州局ロシア課長も務めた。さまざまな分野で人類に貢献してきたロシアへの敬意は、いまなお失っていない。だからこそ、訴えは痛切だ。「ロシアは違う道を歩めるはずだったし、歩むべきだ。一日も早く自らの非を悟らなければならない」
聞き手:nippon.com編集部・住井亨介
バナー写真:インタビューに応じる松田邦紀・前駐ウクライナ大使=2024年10月25日、東京都港区(ニッポンドットコム編集部・藤原智幸撮影)