命をいただく、命と向き合う――狩り女子・Nozomiさん

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高橋 郁文 (ニッポンドットコム) 【Profile】

東京から茨城県に移住した2018年に「わな猟」の免許を取り、狩猟に関する情報をコンテンツ化したYouTubeチャンネルで注目されるNozomiさん。ほんの数年前までハイヒールで営業先回りをこなし、コンビニに依存して生活する、どこにでもいる東京の会社員だった。ゲームのように営業成績の数字を追う日々から、動物の命と向き合う生活へと人生を一変させた物語をひもといていく。

Nozomi(のぞみ) NOZOMI

明治大学卒業後、東京にて営業職に従事。2018年、祖父の死をきっかけに10年以上住んだ東京を離れ茨城県に移住。農家とヨガ講師に転身。畑に出没するイノシシに悩まされ狩猟免許取得。自身の成長記録と田舎暮らしの素晴らしさを同じ祖母の孫で仲間の「サイトウさん」、「アニィ」と共にYouTube『Nozomi’s狩チャンネル』で世界に向けて発信中。2020年よりワークマン公式アンバサダーに就任。アウトドア同好会「ランドネたのしみ隊」1期生。
https://www.nonchannozomi.com/

狩猟をやめる時

2年目に入って、Nozomiさん自らが止め刺しをすることになった。狙うはイノシシの首から肩にかけての部分、頸動脈だ。この日の出来事はNozomiさんにとって一生忘れられないものになった。

「師匠は何十年も狩猟をしているので、動物の体の構造もよく理解していて、作業もすばやく、ナイフを入れてから絶命するまでの時間がとても短いです。いつも師匠がやっているように刺したつもりだったのに、イノシシは絶命するまで苦しみ、泣き叫んでいました。苦しむイノシシを見て私はパニックに陥り、大号泣してしまいました。申し訳ないことに、私はイノシシに不要な苦しみの時間を与えてしまったのです」

わなに掛かっているとはいえ、自分よりも体重があって、生き延びるのに必死のイノシシにナイフを突き刺すのは容易ではない。この日は師匠や狩チャンネルの仲間と一緒だったが、皆、イノシシが息絶えるまで苦しむイノシシとパニックのNozomiさんを見続けるしかなかったという。

イノシシに止め刺しをするNozomiさん(狩チャンネル提供)
イノシシに止め刺しをするNozomiさん(狩チャンネル提供)

できるだけ早く苦しみを解くことの難しさを身にしみて感じたNozomiさんは、それ以来、食肉の解体施設などにも通って動物の体の構造の勉強にも励んでいる。

奥が止め刺しで使用するナイフ、手前5本は解体の際に使う
奥が止め刺しで使用するナイフ、手前5本は解体の際に使う

自らがイノシシの生命を絶ったことで、「生きる」ことは他の動物や植物の命を奪った上に成り立っているということを実感した。全ての生き物は見えない鎖でつながっている。本で読んだとか、机上の話ではなく、実際にこの地で生活して分かったことだった。 

仕留めた獲物は担いで下山した後、軽トラで自宅に運び、敷地内に作ったポールに吊るして血抜き作業をする。その後、解体して部位ごとに冷凍保存する。

解体されたイノシシ肉が入っている冷凍庫
解体されたイノシシ肉が入っている冷凍庫

茨城県は東日本大震災の福島第1原発爆発事故の影響を受けている。農産物の放射性物質量は食品の基準値を大幅に下回っているが、猟で捕獲した肉を販売するには、市職員が立ち会った上で解体や食肉業者への出荷しなければならない。

ただ、人手不足の市は立ち合いのための人員を確保することができず、肉はもっぱら自家消費するしかない。Nozomiさんは独自に放射能レベル測定しているが、だいたい1キロ当たり6ベクレル程度で、国の基準である1キロ当たり100ベクレルを大きく下回るが、ルールはルールなので仕方がない。

イノシシ肉を使ったさまざまなレシピ。左からロースイノシシ、イノシシとチーズのアヒージョ、イノシシうどん(狩チャンネル提供)
イノシシ肉を使ったさまざまなレシピ。左からロースイノシシ、イノシシとチーズのアヒージョ、イノシシうどん(狩チャンネル提供)

「私が狩猟を始めたのは、あくまでもおじいちゃん、おばあちゃんの畑を守りたかったから。趣味で狩猟をしているわけではないので、人間と生き物がうまくすみ分けできるようになれば、狩猟は続けない」ときっぱり。

ただ、ユーチューブチャンネルを通じて全国の仲間とつながり、都会で暮らす人に、農業や田舎暮らしに興味を持ってもらったことには手ごたえを感じている。

「私にもできる小さな社会貢献」――Nozomiさんが本当に伝えたいのは、狩猟のことではなく、生命感あふれる自然の素晴らしさと、人と人とがつながる田舎暮らしの楽しさなのだ。

撮影=花井智子
バナー写真=Nozomiさん

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高橋 郁文 (ニッポンドットコム)TAKAHASHI Ikutomo経歴・執筆一覧を見る

ニッポンドットコム翻訳編集者。大学院でバイリンガリズムを研究後、大手メーカー、出版社などを経て、2011年より現職。台北生まれ台北育ちの台北っ子。

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