日本の女性よ、リスクを取れ!-ビル・エモット氏に聞く【新年インタビュー】

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英エコノミスト誌で編集長を務めた日本通のビル・エモット氏は、「日本の未来の鍵は女性の活躍にある」と断言する。日本各地を訪れて21人の女性に話を聞いたエモット氏が感じたことは何か。2020年の日本へ提言する、女性が輝く未来へのロードマップ。

ビル・エモット Bill EMMOTT

1956年英国生まれ。英「エコノミスト」誌ブリュッセル支局、ロンドンでの同誌経済担当記者を経て1983年に来日、東京支局長としてアジアを担当した。帰国後の1993-2006年に同誌編集長を務める。1990年には日本のバブル崩壊を予測した『日はまた沈む』がベストセラーに。2006年には日本の経済復活を宣言した『日はまた昇る』が再び話題となる。

全世界中、121位。
2019年12月に世界経済フォーラムが発表した、世界各国の男女平等ランキング「ジェンダー・ギャップ指数」における、日本のランキングだ。
2018年の110位から順位を11落とし、過去最低の位置づけとなった。

トップはアイスランド。2位がノルウェー、3位がフィンランド、4位にスウェーデンと、上位には北欧の国々が並ぶ。たとえばアイスランドには34歳の女性首相がいるほか、連立を組む与党5党の3党が女性党首であり、19人の閣僚のうち12人を女性が占めている。

メルケル首相を擁するドイツは10位。アメリカは53位、中国は106位、韓国は108位。
ありとあらゆる国の名前が登場したのちに、ようやく「JAPAN」の文字が出てくる。
そんな印象だ。
こんなに低いのか……。ショックを通り越し、悲しくなる。

安倍首相は就任以来幾度も女性活躍を口にし、2019年には「すべての女性が輝く社会づくり本部」も発足した。もはや、「女性活躍」の言葉を聞いたことがない人はいないだろうと感じるほど、日本のなかでこの言葉は浸透している。
しかし、世界が突き付けた現実はNOだった。
たいへん残念ながら、男女の平等度合いは相変わらず世界でも最底レベルなのだ。

なぜ日本で女性は活躍できないのか?

改めて考える。
人間はいつ、自分が男性/女性であり、かつ、そこに社会的な“差”があることを理解するのだろう?

周囲の女性に尋ねてみると、社会に出てから性差を痛感したというケースが多い。
「学生時代はそんなこと考えたこともなかった」
「会社に入ったら、頼まれる仕事が違って驚いた」
「上司はみんな男性ばかり」
などなど。

なかでも出産は大きなターニングポイントで、育児にまつわる様々な価値観に苦しみ、キャリアとの狭間で葛藤を経験する女性は珍しくない。
むしろ誰しもが通る道と言ってもいいくらいだ。

そのうち、「女性だから仕方ないのかもしれない」という思いすら頭によぎるようになる。
でも、そんなはずはない。

アイスランドと日本の女性に、何か違いがあるのだろうか?
日本でも、情熱がありパワーがあり、能力もある女性たちが、躊躇うことなく自分の道を進めたら、社会はきっと変わる。

だが、残念ながら今のところそうなっていない。
それが121位の現実だ。

本書のタイトルは、『日本の未来は女性が決める』。
なんと刺激的。そしてワクワクさせられることか!
登場するのは、21人の女性たち。
大企業の役員から政治家、起業家、シングルマザーなど、その顔触れは多彩だ。

著者のビル・エモット氏は、英エコノミスト誌で編集長を務めていた男性ジャーナリスト。1980年代に3年間東京支局長を務め、90年には日本のバブル崩壊を予言したともいわれる著書『日はまた沈む』が、ベストセラーとなっている。

なぜ、長年、男性中心社会で仕事をしてきたであろう、しかもイギリス人の著者が日本の女性に期待を寄せるのか。
ぜひ話を伺わせてほしいと、インタビューを申し込んだ。

——なぜ本書を執筆しようと思ったのですか?

「私は日本が大好きなので、いつも日本に来る理由を探しているんです(笑)。それは冗談ですが、近年、日本を訪れるたびに社会や経済における女性の役割に、なにやら変化が起きていると感じるようになっていました。事実、重要なポジションに就く女性の数が増えているというデータもあります。
私はこれまでも、日本について調査・研究をしてきました。いま改めて、20年後、30年後に日本は今より良くなっているのか、それとも困難が待ち受けているのかと想像してみた時、その感覚を思い出し、鍵は女性の果たす役割にあるだろうと閃きました。
そして、自分はジャーナリストなので、まずは活躍している女性たちに会いに行こうと思ったわけです。とても楽しい取材でした」

——欧米諸国と比較して、ジェンダーという観点から日本はどう見えているのでしょうか。

「残念ながら、日本はまだまだ男性中心に見えます。たとえばドイツのメルケル首相や、欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁、イギリスのメイ前首相など、欧米には既にリーダーと呼ばれる立場にいる女性が多く存在していますが、日本ではパッと浮かぶのは小池百合子東京都知事くらいですよね。
ただ、日本社会に大きな変化が起きていることも事実です。たとえば1990年代以降、女性の四年制大学への進学率は劇的に上昇しています。今回の取材で出会った20代~40代の女性たちの多くは、4年制大学を卒業し、彼女たちの母親や、時には数歳上の姉たちとも全く違うキャリアを歩んでいます。統計上の数字を眺めて見つけた変化が、実際に現代の日本に大きな影響を及ぼしていたのです。
優秀な女性の政治家も増えているので、10年後には女性の総理大臣が誕生しているのではないかと期待しています。ただ、小池さんに賭けるかと問われると悩ましいですが……(笑)」

日本で女性がリーダーになるのは大変

——女性たちに話を聞いて、驚いたことや感じたことを教えてください。

「共通しているのは、自分自身で人生をデザインしていることですね。過酷な状況に置かれた時も、自分の手で輝く機会を創り出している。これはすごいことです。
たとえば香川県の馬場加奈子さんは、3人の子供がいるシングルマザーです。子供が進学するときに新しい制服を買う余裕がなかったことがきっかけになり、学校の制服をリサイクルする事業を立ち上げました。周囲の心配をよそにビジネスとして成功させただけでなく、今では馬場さんと似たような境遇の女性たちが働き、自立できる場としても機能しています。
また、長年男性が多く活躍してきた音楽界に飛び込み、独自のスタイルで指揮者としての地位を確立した西本智実さんは、『日本では、若者や女性がリーダーの立場に立つのはいつだって大変です』と話していました。実際、日本だけではなく世界でも、指揮者はいまだに男性ばかりですよね。
また、クリエイティブ・カンパニー「ロフトワーク」の創業者の林千晶さんは、アメリカでジャーナリズムを学び、現地メディアで働きながらシリコンバレーや東海岸を取材したものの日本のマスコミでは就職が叶いませんでした。しかしそこであきらめるのではなく、『それなら自ら会社を興せばいい』と起業したのです」

——活躍する女性が増えることで、日本にはどんな明るい未来が待ち受けていると思いますか。

「明るい未来を実現するためには、2つのことが必要だと思っています。ひとつは、より多くの女性がリーダーシップを発揮できる地位に就くこと。様々な組織の重要な決断に女性が関わるようになれば、必ず世界は変わります。ふたつ目は、男女問わず組織で働く人に対して政府や民間企業が本気で投資することです。
1990年代から2000年のいわゆる『失われた10年』の間に、日本では非正規労働者が激増しました。結果として企業は社員の成長に投資しなくなり、日本をけん引してきたヒューマン・キャピタル、つまり人的資源が一気に弱体化したのです。今後も労働人口は減り続けるので、このままでは厳しい未来が待ち受けています。しかしもし企業が社員のキャリア形成や生産性向上を経営上の重要課題だと決断して投資を行えば、明るい未来へつながっていくはずです」

——これまで日本の女性たちがリーダーシップを取って活躍することを阻んできた壁は、なんだと思われますか。

「まず、多くの日本の大企業が社員にフル・コミットメントを求めていることでしょうね。職場や地位は本人が選ぶものではなく会社が与えるものだという日本の根強い前提は、結婚や出産、育児など、人生においてより多くの選択肢に直面する女性にとっては、非常に厳しいものだと思います。
とはいえ日本が特殊なわけではなく、以前はイギリスも同様でした。1983年に私が日本に転勤する時、当時の上司は私の妻について考えもしなかったでしょう(笑)。でも、今はそうはいきません。もし社内で結婚した夫婦の一方を転勤させるのなら、同じオフィスに2つのポジションを用意できるか検討しなくてはなりません。
残念ながら、今回登場する女性たちのなかで大企業に勤めているのは、パナソニックの執行役員であり、プロのジャズピアニストでもある小川理子さんだけでした。実は他にもいくつかの大企業に取材を申し込んでいましたが、残念ながら許可が下りませんでした。本のなかでは日本銀行の名前を出していますが、もっとたくさん断られたんですよ(笑)。
日本の大企業が変わるには、あと10年はかかると思います。でも比較的小さい組織では既に変化が起こり始めていますし、起業する女性も増えています」

多様性を恐れる日本の大企業

——多様性が日本社会でもキーワードになる一方で、本音では実現したくないと思っている人もいるように感じます。多様性に対する恐れのようなものがあるのでしょうか。

「同感です。あらゆる人に平等な権利を認める多様性の世界に一度足を踏み入れると、そこがいかにクリエイティブで、いい意味で流動的かよくわかります。しかし、慣れ親しんだ世界に不安定さが生まれることを、心地悪く感じる人もいるでしょう。特にこれまで均質性を保つことで成長を続けてきた伝統的な日本企業にとっては、彼らの成功の方程式とは矛盾する多様性を嫌がるのも当然なのかもしれません」

——日本の未来を担う若い女性にアドバイスをお願いします。

「こんなイギリス人のおじさんからアドバイスが欲しいかどうかわかりませんが(笑)、私に言えることがあるとすれば、リスクを恐れずに、自分しかできない冒険をして人生を彩ってもらいたいということです。
女性に限らず、現代は多様性に富み、チャンスに溢れた時代です。30、40年前と比べると、驚くほど社会は変わりました。この状況を喜んで受け入れ、どんどんチャレンジしてほしい。これは女性だけでなく、男性も同じですよ」

——リスクを取る精神は、どうすれば育めるのでしょうか。

「政策としてできることではありません。リスクを取って成功した人と知り合い、実例を学び、成功体験を積む。同時に、成功譚をメディアで取り上げていくことも必要です。実際に成功したケースが増えていくことこそが、最大の奨励策になるはずです」

バナー写真:ビル・エモット氏(撮影John Cairns)

男女格差 メルケル 女性の社会進出