手紙の味わい豊かにする「薬味」 : 切手デザイナー玉木明さん
文化 経済・ビジネス 美術・アート デザイン- English
- 日本語
- 简体字
- 繁體字
- Français
- Español
- العربية
- Русский
「職人の技が詰まった美しい和菓子」「歌舞伎の名場面」「東京五輪・パラリンピックのエンブレム」「明治期の東京や横浜を鮮やかに描き出した錦絵」「G20大阪サミット」――なんの脈絡もないように思えるが、これら全てが日本郵便の発行する記念切手の図柄なのだ。
わずか3センチ四方ほどの紙片に、「これぞニッポン!」をぎゅっと凝縮して表現するのが、日本にたった8人しかいない希少職種である「切手デザイナー」だ。日本郵便の切手発行計画によると、2019年度は47回の特殊記念切手の発行が予定されている。1シート10枚つづりの切手が全て異なるデザインであることが多いので、1人のデザイナーが受け持つ仕事も相当量に上る。日々、どのような思いを込めて切手をデザインしているのか、主任切手デザイナーの玉木明さんに話を聞いた。
——切手デザイナーという仕事を選んだ理由は?
民営化前の郵政省に就職したのは1991年。美大生にありがちな、グラフィックデザインや広告系の華やかな仕事に就くつもりでしたが、師事していた先生から「募集があるから受けてみない?」と勧められて、受験したら受かっちゃいました。特に切手に興味があったわけではないので、「つまらなかったらやめればいいか」と思っていました。
万国郵便連合(UPU)の加盟国間で発行した切手を交換し合うのですが、それを整理するのは若手の仕事。年に何度かまとまって届くものを分類しながら見ていると、この小さなサイズにも無限の世界があるのだということに気付きました。日本が秀でている分野もあるけれど、デザインや色使いでは欧州のレベルには遠く及ばないと感じた。だからこそ、日本の切手にも新しいチャレンジをする余地があるなと、仕事の面白さにはまっていきました。
——長いキャリアの中で記憶に残る仕事は?
東日本大震災の直後に発行した寄付金付き切手です。震災の数日後には発行が決まり、通常は2~3カ月かけるデザインをたった1週間で固めなければならなかった。
企業に所属していても、デザイナーの性分として、自分のエゴは捨てられない。自分の中の美しい、カッコイイ、セクシーを追求したいのです。でも、この時ばかりは、そんなものはどうでもいいと思えた。本気で「1枚でも多く売れてほしい。少しでも多くの寄付金を集めたい」と思ったし、自分のテイストを捨てることにもためらいはなかった。むしろ、デザイナーとして、仕事を通じて震災の復興に関われることに身の引き締まる思いでした。
——「カッコイイ」にこだわって、仕上がりが気に入っているものは?
2018年の切手趣味週間の、国宝である俵屋宗達の「風神雷神図屏風」を使ったデザインです。ともかく、元絵が素晴らしいので、それを邪魔しないように、切手としての要件を満たすデザインにしました。
切手デザイナーは料理人と同じ。自分で絵を描くことから始めることもありますが、最高の素材を与えられたときは、素材の良さを味わってもらえるような調理方法を考えます。新鮮な魚なら、いかに刺身でおいしく食べてもらおうかということです。
——民営化してから、切手のデザインに遊び心を感じるようになりました。
郵政省時代は、デザイナーは「職人」「絵描き」的な存在でした。お客さまを意識していなかったわけではないのですが、費用対効果とか利益率という言葉は身近ではなかった。今は、「利益を上げる」という明確な目的があるので、郵政省時代とは感覚が全く違う。プランナーと一緒に「どういった人に、どのように売ろうか」という視点で、使う人に魅力を感じてもらえるようなものを作ろうと考えています。
例えば、2019年は「G20大阪サミット」「近代測量150年」など国際会議の開催や周年記念の切手も発行していますが、「大阪でサミットが開かれるから、切手を買おう」と思う人はほとんどいません。「この切手を貼って手紙を出したい」「ステキだから手元に置いておきたい」という気持ちがインセンティブになるはずです。記念事業周知のために記念切手を発行するというよりも、魅力的で売れる切手を作れば、結果的に、その事業の周知にもつながるという考え方になっています。
私がデザインを担当したものではありませんが、2019年2月に発行した「スウィーツ」は、まさに「使う人に楽しんでもらう」を意識した切手です。
トレンド雑誌のBRUTUS(マガジンハウス)編集部に、東京で食べられる、かわいくて友だちに見せたくなるような甘味やケーキなどの店20店舗を選んでもらい、それを切手にしました。BRUTUSには情報発信にも協力してもらい、ネットメディアでも相当、話題になりました。SNS上には「取り上げられたお店めぐりをしたい」「関西版も作ってほしい」「手紙を出すのが楽しくなる」などの声があふれました。
郵便にとってSNSは競合でもあるのですが、SNSを通じてアナログのコミュニケーションに興味を持ってもらえたことには大きな意義がありました。
——「SNSは競合」というよりも、SNSによって郵便は窮地に追いやられているのでは?
SNSやメールは安いし、かさばらないし、圧倒的に便利。一方で、切手は高いし、手書きは時間がかかるし、ポストまで投函に行かないといけないので手紙は何かと面倒です。それでも、なぜ、人は手紙を書くのか。答えは、「残るから」だと思うのです。
年賀状を書く時、1年前に自分が受け取った年賀状をバッーと見返しますよね。そうすると、「ああ、最近、連絡取っていなかったな」とか「やっぱり学生時代の友だちっていいよな」とか思います。机を整理していて、20年、30年前のはがきがひょいと出てきて、差出人との思い出が一気によみがえる。でも、メールやSNSではそういうことは起こりづらいと思うのです。特に、SNSはただ流れていくだけで、さかのぼって読み返すということもあまりない。メールやSNSと比べて、手紙は手元に実物が残り、記憶にも残る。通信のやりとりの賞味期限が長い、時間に対する耐性が高いと思うのです。
もちろん、良い・悪いではなく、コミュニケーションの質が全く違う。ある意味、ファストフードとスローフードの違いのようなものです。手紙はスローコミュニケーション。もちろん、郵便取扱量の減少に危機感は持っていますが、でもSNSでは伝えきれないものを手紙は担える。そういうことを知っている人が、まだ一定数いるのではないかと思うので、早晩なくなることはないと思います。
——そのスローコミュニケーションに花を添えるのが切手ですか?
自分の感覚としては花というよりも、薬味です。例えば、おいしいうどんがあって、そこに七味とかネギとかミョウガがあるとうれしくなります。薬味が加わることで味わいが豊かになったり、変わったりする。手紙上手な方は、薬味の使い方が上手です。季節の花の絵柄を選んだり、小さな子どものいる家に送るのはキャラクターが描かれているものを使ったり。幼なじみに送る手紙にふるさとの原風景のような絵柄を選べば、「会いたいね」という気持ちが伝わる。切手は、言語化されない情報を盛れるメディアであり、メッセージの代弁者になれる。これはSNSにはない機能です。
昔から「切手は小さな外交官」とも言われています。切手を通じて、その国の文化や習慣、芸術、精神性や品格までもが表現される。戦時下では切手が国威発揚のメディアとして使われたこともありますが、今、デザイナーが遊び心を発揮して、皆さんに楽しい切手をお届できるのは、いい時代だということです。
日本国内でもスローコミュニケーションのツールとして切手をもっと使ってもらいたいですが、記念切手の10枚シートは1000円以内で購入できるお土産品として海外からのツーリストの皆さんにもっと知ってもらいたい。軽くてかさばらない、デザインも豊富です。国に持ち帰って、家族や友人に日本のことを紹介したり、フレームに入れて、日本に旅した思い出として楽しんだりしてもらいたいです。
取材・構成・写真 : ニッポンドットコム編集部 貝田尚重
文中の切手の画像は全て日本郵便提供