画家 大岩オスカールが紡ぎ出す光への道
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大岩オスカールの作品を見ていると、現実を離れた別世界をのぞき込んでいるような不思議な気分になる。カラフルで緻密な描写だけでなくスケールの大きさも魅力の一つ。縦2メートル、横6メートルを超えるキャンバスに描かれた作品もある。波に包まれた高層ビル群、渦を巻く大海原、ミステリアスな鬼火に照らされた森の風景などテーマはさまざまだ。金沢21世紀美術館で開催中の個展『光をめざす旅』は、大岩が創り出す時に幻想的、時に政治的、そして時にコミカルな作品の進化の軌跡を紹介している。
大岩オスカール個展『光をめざす旅』、壁面ドローイング『森』
金沢21世紀美術館(石川県金沢市)
会期:2019年4月27日~8月25日
2019年 縦 4メートル、横27メートルの壁面にマーカーペンとアクリル絵の具で制作
大岩は世界最大級の巨大アートを生み出すことで知られている。ドローイング・インスタレーション作品『パラダイス』もその一つで、家ほどの大きさに膨らませたビニールバルーンにマーカーペンで渦巻く雲が描かれている。細心の注意を払いながら『パラダイス』を制作している映像もユーチューブで配信されている。金沢21世紀美術館で開催中の『光をめざす旅』では、壮大なスケールの新作『森』も含む最近の作品約60点が展示されている。縦4メートル、横27メートルの『森』は同美術館の壁に直接描かれ、8人のアシスタントとともに90時間近くかけて完成させた。細か過ぎるほどの描写で表現された森には光が降り注ぎ、その中に漫画のキャラクターのようなネコとウサギが1匹ずつ描かれている。
「平面の作品の中ではこれが最大です」と大岩は言う。「最近はデジタルメディアを使う人が多いですが、人間は洞窟に住んでいた頃からずっと絵を描いてきました。子どもは今でも絵を描きますが、大人は描き方をすっかり忘れてしまったように思います。私はマーカーを使って壁やバルーンに絵を描くことで、このシンプルな芸術活動を復活させたいのです」
国際色豊かなパレット
大岩のユニークな生い立ちは、彼の作品に大きく投影されている。両親は日本出身だが、出会ったのは移住先のブラジルだ。1950年代初頭のことで、当時の日本では南米ブラジルへの移住が盛んだった。65年にサンパウロ市で生まれた大岩は、家では日本語を話していたが、20歳の時に初めて日本を訪れるまで、日本文化に直接触れる機会はほとんどなかった。子どもの頃から絵を描くのが好きで、高校では油彩画を体験し、その後アクリル画と水彩画、さらに金属加工や宝石製作も学んだ。彼の父は美術書を集めるのが趣味で、若きオスカールも、英国の風景画家ジョン・コンスタブルをはじめ、日本人やオランダ人の巨匠たちに傾倒していった。
サンパウロ市での大学時代、同市の国際展覧会「サンパウロ・ビエンナーレ」を手伝い、そこで同時代のさまざまなアーティストと知り合う。特にポップアートのアイコン、キース・ヘリングからは多大なインスピレーションを受け、そのおかげでアーティストになれたと語る。89年に大学の建築学部を卒業した大岩は、建築の仕事をしながら自らの芸術を探求し続け、東京やロンドンへ移り住み、37歳になってニューヨークに居を構えた。
「最初に住んだのはブラジル、その次は日本です」と振り返る。「今住んでいるニューヨークは住み心地が良い街ですが、自分がアメリカ文化に完全に溶け込んでいるとは思っていません。生まれ故郷ではありませんし、私はブラジルや日本の影響を受けながら育ってきたからです。自分にとってしっくりくるのは、ラテンアメリカやヨーロッパの文化です」
アーティストとしての評価が高まる中、90年代に初の個展を開き、アジアン・カルチュラル・カウンシルとジョン・サイモン・グッゲンハイム記念財団から助成金とフェローシップを得た。これまで東京・上野の森美術館やリオデジャネイロのブラジル国立美術館などで大規模な展覧会を開き、日本の瀬戸内国際芸術祭にも2010、13、16年に続き、今年も参加する。
過去の街と未来の街
金沢21世紀美術館の同展では、作品が6つの章:『波に包まれるニューヨーク市』『まとまらないアメリカ』『旅人生』『うまくいかない世の中』『光をめざして』『希望をもって』に分けられ、油彩画だけでなくドローイングと立体作品も公開されている。
「今回展示される作品を創り上げるのに、約10年の歳月を費やしました。来場者の方々には、時間をかけてじっくり鑑賞してもらいたいですね」と話す。「できればあまり混んでいないときに来ていただいて、作品の細かなところまで見てもらいたいです」
大岩の作品には人間がほとんど登場しない。グローバリゼーションや米国の政治・社会への不満が広がる中、「人間が描かれていないこと」が作品に一種の異化感をもたらし、見る側が作品に入りやすくなっている。『まとまらないアメリカ』の紹介では、オバマ前大統領の誕生に触れている。「当時のキーワードは『希望』でした。社会が少しずつ良くなっていくように感じられましたが、その8年後にはトランプ政権が発足しました。現在、米議会は大きく分断され、日々サーカスのような大騒ぎが繰り広げられています。ホワイトハウスも混迷を極め、あらゆることがうそにまみれているように思われます。とにかく、戦争が起きないことを祈るばかりです」
都市の衰退や災害をモチーフにした作品もある。2008年作の『過去からの街』と『未来からの街』では、毛沢東の肖像画が飾られた中国のスラム街が高級街へと変貌する様子が描かれている。生まれ変わった街には画廊やスターバックス、マクドナルドが立ち並び、フェデックスのトラックが走っているが、毛沢東の肖像画だけはそのまま残っている。
2013年作『事故』では、細い山道で横転したタンクローリーから流れ出た油のような海洋汚染物質が、眼下に広がる虹色の村と一体化する光景が描写されている。11年作『渦』には、光る長方形の物体が、UFOの底部のような円形の穴から不気味な大渦の中に降り注ぐ様子が描かれている。その近くでは、渦のうねりに共鳴するような管弦楽曲が流れている。スピーカーから聞こえてくるのは、大岩の作品からインスピレーションを受けた米国人チャド・キャノンが作曲した『The Dreams of a Sleeping World』だ。キャノンは、『ホビット』『ペット』『American Factory』など数々の映画音楽を手掛け、ジブリ映画音楽で知られている久石譲のコンサートツアーやビデオゲーム、映画音楽の編曲者兼「オーケストレーター」も務めている。
「音楽家や写真家、映像作家など、他の分野のアーティストたちとのコラボレーションは楽しいですね」と大岩。「アート作品から音楽を作る作業はとても複雑で、15から20もの楽器のパーツを作曲しなければなりません。音楽家とのコラボレーションで特に興味深いと思うのは、美術は視覚、音楽は聴覚に訴えるもので、タイプが全く違うにもかかわらず、それらがうまく調和していることです。イメージとサウンドを融合させた映画のようなものです」
闇から光へ
作品の中には、社会的で深刻なテーマに楽観主義や皮肉が織り交ぜられているものがある。広島市現代美術館に所蔵されている2004年作の油彩画『フラワー・ガーデン』は5枚のパネルで構成されていて、中央の再生を表す大木が、広島の街の上にそびえ立ち、その下には、街を覆い尽くすように青白く光る無数の花がちりばめられている。
今回の展示品に含まれる16年作『キノコの森』は、日本で起きたもう一つの大災害、11年の東京電力福島第1原発事故を題材にしていて、原発の冷却塔がある街が美しく緑色に光り、その上空に半透明の巨大キノコが生えている。
『光をめざす旅』の根底にあるのは「希望」で、作品からは高揚感や遊び心が感じられる。同展示の最終章ではメインテーマの「光」をさまざまな形で表現し、作品は特別に暗くした部屋に置かれている。人間の目が持つ光受容体細胞のうち、薄暗がりで物の形を見分ける働きをする桿体(かんたい)細胞を使って鑑賞してもらうことを目的としたからだ。洋金箔(きんぱく)やラメ、発光ダイオード(LED)ライトなど光を表現する要素を用いた絵画を暗がりの展示室に並べた。2018年作『渦巻』では、リング状に立ち並ぶ都市の構造物上で、多くの光る点が渦を巻いている。
「幸せになるためには、自分が目指す『光』を自分の中で育てることが大切なのではないかと最近思うようになりました」。大岩は最終章の紹介でこのように記している。「幸せとは手に入れるものではなく、自分で作るものだと思います。この考えを形にするために、緑と青を用いた『光』あふれる作品群を制作しました」
『光をめざす旅』は2019年8月25日まで金沢21世紀美術館で開催。
原文英語。
バナー写真:金沢21世紀美術館で展示作品『森』の制作に取り組む大岩。撮影=木奥恵三。提供:金沢21世紀美術館