KIDSLINE代表・経沢香保子:革新的ベビーシッターサービスで働く母親支援網を構築

社会

20代で起業、30代での3度の出産を経て、40代で2度目の起業を果たした経沢香保子氏。誰もが必要に応じて安心して利用できるベビーシッターサービス「KIDSLINE」を運営する。その起業の背景とサービスの仕組み、今後の展望について話を聞いた。

経沢 香保子 TSUNEZAWA Kahoko

慶應大学卒業後、リクルート、楽天を経て2000年、26歳の時に自宅でマーケティング会社「トレンダーズ」を設立。12年、当時女性最年少で東証マザーズ上場。 14年に再び起業して1時間1000円からの料金で即日手配可能なオンラインベビーシッターサービス「KIDSLINE(キッズライン)」を開始、「日本にベビーシッター文化を広める」ことを目標に全国展開を進める。著書に『すべての女は、自由である』(ダイヤモンド社、2016年)など。

誰もが安く利用できるサービスを目指して

「女性が輝く社会づくり」は安倍政権のうたい文句の一つだが、その実現には課題が多く道のりは遠い。女性が1人で育児を担う状況は「ワンオペ育児」とも呼ばれるが、働く母親にとって一番大きな問題は子どもを預けられる保育園が見つからないことだ。文科省の調査では、2017年10月1日時点で全国の「待機児童」の数は約5万5千人。前年同月比でおよそ7600人増えている。保育需要に対して保育士の数が足りない、都内では保育所の用地不足など問題は複雑で、政府が目指す「待機児童ゼロ」を早期に達成するのは難しそうだ。

育児支援が不足しているなら、信頼できるベビーシッターを気軽に安く利用できるシステムを構築することで支援しようと、起業家・経沢香保子は2014年に「KIDSLINE(キッズライン)」を立ち上げた。日本ではベビーシッターは一般的ではなく、「一部の富裕層が高いお金を払って利用するサービスというイメージ」(経沢)だが、キッズラインはインターネット経由で即日、しかも低額(時給1000円〜)でシッターを手配できる。

「そもそも日本は育児支援不足で女性は “輝けない”」と経沢は言う。「(近年では)地方から大学に入るために上京し、そのまま就職、結婚して、お互いの実家から離れてしまう人たちが増えました。女性の社会進出が進んだ一方で、育児を助けてくれる人が近くにいないため、彼女たちの多くが育児と仕事を両立させる負担は全て自分が負わなければならないと思い込む。身近に多くの育児支援者がいるシステムが社会インフラとして必要ですが、一朝一夕では構築できない。その隙間を埋めるサービスを提供したいと思いました」

難病の娘の介護をきっかけに

経沢自身は、2度の起業、2度の結婚、3度の出産を経験したシングルマザーだ。1990年代後半の「就職氷河期」に大学を卒業、「男女差別はないが、重い責任も一緒」という実力主義で女性も積極的に採用していたリクルートに入社して “飛び込み営業” で鍛えられた。数年後には創業間もない楽天に転職し、新規事業開拓を担当。2000年、26歳でマーケティング会社「トレンダーズ」を立ち上げ、若手女性起業家として注目を集めた。女性に特化したマーケティングで業績を伸ばすが、30代で一気に子育ての負担がのしかかる。

「31歳、32歳、35歳で子供を産みましたが、育児と仕事を両立するのは大変。特に1人目の娘が難病で介護が必要だったため、一時は(私の仕事人生は)終わったと思いました」

最初の出産をした05年当時は会社の売却も考えたという。だが、保育園には預けられない娘をベビーシッターの力を借りつつ育てたことで、「チームで子育てする」ことの利点、楽しさに気付いた。家族、ベビーシッターにケアされて、長女は4歳まで生き抜いた。長男、次女の育児も自分の母親やベビーシッターの助けを借りた。12年にはトレンダーズを東証マザーズに上場。だがその2年後には創業した会社を離れ、新たにキッズラインを起業。「待機児童」や病気の子どもを抱える母親たちがもっと明るく楽しい育児ができるようにしたい―自らの体験から生まれた問題意識に後押しされた。

長男の誕生日会で(写真左=一部加工)/子どもたちと近所を散歩【経沢香保子氏提供】

キッズラインは、母親にとっての “クロネコヤマト” を目指したいと経沢は言う。「たとえ保育園に預けることができても、9時から5時までが前提で、働き方や家族の在り方が多様になった世の中に対応できない。誰もが頼みたいと思った時にすぐにシッターを頼める社会が理想です。通信販売が便利なのはクロネコヤマトの全国的な配送ネットワークがあるから。(それと同様に)全国にシッターのネットワークを構築して育児サポートを提供することで、 少子化を解消したり、ワークライフバランスを改善したりするための “陰のインフラ” を目指したい」

「評価」可視化で高い質を確保

キッズラインを立ち上げてみると、頼りになるベビーシッターを待ちわびていた人が多いことを改めて実感した。

「育児の相談を誰にもできない母親たちが多い。例えば、自分の子どもは成長が遅いのでは、と自分の周囲の狭い世界の中で比較して不安を募らせる。でも、たくさんの子供たちと接しているシッターに相談して、『焦ることはありません、大丈夫ですよ』と言ってもらえれば安心できるんです」

もちろん、キッズライン成功の鍵はベビーシッターの「質」の担保だ。

「日本の保育の現場が旧態依然としているのは、給料の低さなどから優秀な人材が定着しないことが一因と仮説を立てています。教育や保育の現場に優秀な人が集まればいい流れになるのではと。採用の入り口は面接をしっかり行い、登録したシッターはその仕事が毎回評価(体験レビュー)され、情報はオープンで共有される。その緊張感がシッターのサービスの質のチェックにつながり、評価の可視化を高めることで、事故が起こりにくくなる。また、ITを活用してマッチングを効率良く成立させることで中間マージンは徹底的に下げ、件数を積み上げることでシッターも会社も経済的メリットを享受できる仕組みを作っています」

現在登録しているシッターは1700人程度。継続的に利用する顧客も増え、全国に「キッズライン応援団」のネットワークができている。シッター登録の際は、キッズライン社員との面接を経て、利用者である「ママトレーナー」の家でオン・ザ・ジョブトレーニングを兼ねた「最終面接」を行う。

「保育」の対象となるのは0歳〜15歳の子どもたち。年齢上限が高いのは、「家庭教師」としてのサービスを提供する場合も多いからだ。

「大学生が600人登録していて、その中にはバイリンガルの人もいます。大学生が学校への送迎もしてくれて、宿題も教えてくれて、ご飯も一緒に食べてくれる。母親は “ママ友” に『子どもはベビーシッターが面倒を見てくれている』と言うより、『家庭教師が来ている』の方が言いやすい。子どもを他人に預けることに心理的抵抗や周囲への気兼ねを感じる女性たちが多いのです。家庭教師と呼ぶことで、自分も気が楽になるし、周囲への目も気にならなくなります」

企業や自治体にも働きかける

ベビーシッターの時給は1000円からだが、経験や提供するサービスによって自分で価格を設定できる。その一方で経沢は、より安く利用できるように法人や自治体に働きかけている。「法人契約では、福利厚生の一部としてキッズライン利用料金を補助する仕組みを導入してもらっています。品川区、渋谷区、千代田区、調布市、福岡市など、いくつかの自治体でも利用する際は助成を受けることができるようになりました」

利用者にはシングルマザーも多いと言う。「近年、シングルマザーの貧困がよく取り上げられますが、彼女たちは働く時間が確保できないために、労働市場で弱者になってしまうこともあります。もちろん、経済的に成功しているシングルマザーもたくさんいますが、そうでない人もいる。企業や自治体の補助でベビーシッターを安く利用できれば、よいきっかけになるのでは。子どもたちもいろいろな大人に触れることができる。現状では、多くのシングルマザーたちは閉じた世界に置かれがちではないでしょうか。それがベビーシッターの利用で変わるきっかけになってくれればいいと願っています。母親にも子供にも、希望の光が見える人生の選択肢をもっと提示していきたい」

「命を預かる仕事」をする覚悟

キッズラインは現在社員15人、アルバイトを入れて30人弱の体制だ。メンバーの多くは以前IT系企業で働き、広告やゲーム開発に携わっていた。「エンジニアのほとんどが既婚ですね。結婚して子供ができ、テクノロジーを生かして社会に貢献できるような仕事がしたいと集まってきたメンバーが多いです」

東京・六本木にあるKIDSLINEのオフィス。スタッフは男女半々の比率だそうだ

創業から4年、将来的には海外進出や株式上場も視野に入れていると言う。今後、新規参入のライバルも増えるのではと聞くと、自信に満ちた答えが返ってきた。

「このサービスは、経営者に覚悟がないとできません。命を預かる仕事ですから。一度起業を経験して、3回の出産を経た私だからこそつかめた感覚を生かして(育児支援ビジネスを)実現させた。例えば男性経営者だったら、恐らく事故のリスクに備えて、(業務の透明性を高める代わりに)細かいルールをたくさん作るのではという気がします。逆にそれが利便性や安全性を下げることにもなる。(利用のための)プロセスが複雑化することで、料金が高くなる可能性もあります。それは利用者にとってとても非効率で使い勝手が悪いと思います」

キッズラインの最大の “武器” は、起業家・母親としての経沢の経験が生み出した質の高いサービスと、全国の利用者たちから得た「信頼」であることは間違いない。

(本文中敬称略)

取材・文=板倉 君枝(ニッポンドットコム編集部)
写真=三輪 憲亮

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