ワインと日本酒の伝道師として活躍する物理学博士:杉山明日香
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数学とワインの不思議な出会い
杉山さんは進学予備校で数学を教えながら、ソムリエや唎酒師(ききざけし)として日本ではワインを、フランスでは日本酒を広める活動をしていらっしゃいます。主宰されているソムリエスクールでは、合格率が90%とか。
杉山明日香 はい、おかげさまで…。教えることは小さい頃から得意で、大好きな物理学、数学とお酒の両方を追いかけていたら、今のような仕事のスタイルになりました。最近は、数学とワインの先生をしつつ、西麻布でワインバーを、パリで日本酒とシャンパーニュ(※1)のお店を経営し、ワインと日本酒の輸出入業もやっているので、東京とパリを2週間ごとに行ったり来たりする生活です。
すごいバイタリティーです。数学とワインという組み合わせもおもしろいですね。
杉山 物心ついた時から数字が大好きで、みんなが塗り絵やおままごとをしている時に、私は積み木やレゴ、計算ドリルで遊んでいました。西麻布のワインバーのカウンターは、私の大好きな素数「17」にちなんで、17席なんですよ(笑)。3席、11席、3席という、すべて素数の組み合わせのコの字型のカウンターです。
カウンター席が素数(笑)! 家庭教師はいつからですか。
杉山 中学受験が終わった後に近所の子どもたちに勉強を教え始め、高校、大学でもずっと家庭教師や塾講師をしていました。予備校で本格的に教え始めたのは、大学院生の時からです。
お酒はいつ頃から好きに?
杉山 学生時代からありとあらゆるお酒を飲んでいました。しかも理系のオタクなので、飲み方にもテーマを決めて…。ワインは1日最低1本飲むと決めて、同じ品種だけをひたすら飲んだり、ウイスキーは一つの醸造所のものを飲み倒したり…。「なんだろう?どうしてだろう?」といろいろ考えながら飲むので、異常に量が進んじゃうんです(笑)。
数学だけでなくソムリエの受験勉強も伝授
2008年に西麻布でワインバーをオープンしたきっかけは、何だったのですか。
杉山 夜遅くても本当においしいワインと料理を食べられるお店があったらいいな、と常々思っていて…。当時は午前9時から浪人生のクラス、午後は現役生のクラスがあり、授業が終わるのは午後10時すぎでした。そこからおいしいワインと食事が楽しめるお店があまりなくて。それなら自分がやればいいと思って、本格的なワインバーを出すことにしたんです。
11年にはワインスクールを始められています。
杉山 私がソムリエの資格を取った後、お店のスタッフにワインスクールに通ってもらったんです。でも結果は、見事にみんな落ちてしまって。じゃあ、私が教えた方が早いんじゃないと思い、近所の飲食店関係の知り合いも誘って、私のノウハウを伝授したのがきっかけです。そうしたら、なんと合格率は90%。それで早速、翌年からワインスクール「ASUKA L’ecole du Vin」を開講しました。
さらに16年にはパリにも進出されて…。
杉山 この5年間、ワインの輸入業も行っていて、2カ月に一度はフランスの生産者を訪ねています。そうした彼らとの交流の中で、自然に日本にお迎えすることも増えて。せっかく日本にいらしたのだから、日本料理を楽しんでもらうとともに、彼らが造ったシャンパーニュと日本酒のマリアージュ(結婚)を試してもらっていたんです。
意外かもしれませんが、日本料理のお出汁(だし)の旨味(うまみ)とシャンパーニュの熟成からくる旨味はとっても合うんです。しかも、日本酒をずっと飲んでいる途中にシャンパーニュを挟むと、舌がリフレッシュされてちょうどいいんです。 日本酒とシャンパーニュは違和感なく行き来できる最高の組み合わせなんですよ!
そんなことをしているうち、みなさんがあまりにも“Amazing marriage!”と褒めてくれるので、これはもう、パリでシャンパーニュと日本酒のお店を出すしかないな、と。
パリで誤解される日本酒
パリのお店のオープンから1年以上がたった今、どんなことを感じますか。
杉山 世界的に日本酒がブームのように言われていますが、実態はまだまだ黎明期だなと思います。特にパリにいると、日本酒は中国の白酒(パイチュウ)のようにアルコール度が高くて、食後にキュッと飲むものだと勘違いしていらっしゃる方もよくお見かけします。しかも日本酒の温度管理がされていない場合が多く、悪い意味での“ひね香”が強くなったものがそのまま提供されていることがよくあります。
本来はもっとフルーティーで飲みやすく、料理にとても合う食中酒なのに、間違った形で広められるのはあまりにも残念です。だから自分のお店では、日本で飲まれているのと同じ状態で本来のおいしい日本酒を広めていきたいと思っています。
この1年で感じたのは、フランスのみなさんは食を楽しまれるのが本当に上手だということ。食に対して情熱的な彼らは、スタッフにもどんどん質問してきます。例えば、「どうしてこの魚はその切り方をするのか」「どうやってブイヨン(出汁)を取るのか」「この料理には何種類の食材が使われているのか」など、シェフのカウンターでの調理を見ながら、とことん知ろうとします。食に対する興味がとても深く、自分の意見や感想をはっきりおっしゃる方が多いので、逆に刺激を受けることもあって、やりがいを感じます。
一番多い質問はどんなものですか?
杉山 大吟醸と純米酒の違いなどでしょうか。パリで多くのフランス人と話して分かったのですが、「純米大吟醸=ブルゴーニュにおけるグランクリュ(※2)」のように思われている方が多いです。「高級=良質な酒=大吟醸しか飲まない」という人もいます。もちろん大吟醸がお値段的には一番高いのですが、だからといって他が悪い訳でもありません。お米の精米歩合のパーセンテージや、造り方による差によってカテゴリーが違うという説明をすると、みなさん純米酒も試されます。そうすると、最終的にはすっきりした酸味のある、超辛口の純米酒に落ち着く人が多いですね。
ワインが世界中で消費されているのに比べると、日本酒はまだローカルな存在です。どうしてだと思いますか。
杉山 日本酒がこれまであまり広がってこなかったのは、日本人の国民性に関係があると思います。やはり日本人はアピールするのが苦手で、いい意味で控え目な人が多い。外のものを取り入れるのは上手だけど、内から外へ出すのは苦手です。一方、フランス人は自己主張がはっきりしていて、外に向けたプレゼンテーションも上手。1855年のパリ万博の時すでにワインの格付けがあったのだからすごいですよね。もちろん、ワインがこれだけ世界中に広がっているのは、ブドウという植物の特性やキリスト教との関わりといった歴史的背景もありますが、ヨーロッパ全体の食文化に共通点があり、浸透しやすかったというのも大きいでしょう。
だからこそ、今は日本酒を広めるプロフェッショナルが必要だと思います。日本酒のどこがどうおいしいのか。どんな香りがあって、どんな料理に合うのか。細かく言葉で説明しないと魅力は伝わりにくいです。「言わなくても、飲めばわかるでしょ」ではダメなんです。
ワインがこれだけ世界中に広まったのは、味わいや香りが細かく言葉で詳しく説明できて、誰でも学べば理解できるようになっているからです。味や香りという抽象的な感覚を言葉にして伝えるという技術がなければ、異文化の人には伝わりません。
根拠のない自信が成功の道を切り開く
2018年には新しいプロジェクトを企画しているそうですね。
杉山 はい、パリのお店、「ENYAA」の近くに今度は角打ち、つまり日本酒の小売店とスタンディグバーが併設されているお店を作りたいと思っています。お店でボトルを買ってそのまま飲めるようなカジュアルなバーです。同時に、西麻布でもワインの角打ちのお店ができたらいいなと思っています。さらにワインレッスンの動画配信や、パリでのワインスクールや日本酒スクール開講の計画もあって…。
一人で何役もすごいです! そのパワーの源はどこに?
杉山 やっぱり毎日おいしいワインとお酒を飲んでいることですかね(笑)! あとは、教えることが大好きなんだと思います。数学を教えたり、ワインや日本酒のこと、さらにフランス文化、日本文化をみなさんに話したりすることが、結局は自分のエネルギー源になっているんです。
私の人生を振り返ってみると、どの仕事にも「教える」ということで貫かれているような気がします。お店を出すのも、本を書くのも、授業をするのもすべて「教える」ことが根本にあります。もともと理系のオタクで凝り性だから、好きだと思ったらのめり込んで独学し、知識がたまると、まわりに教えたくなっちゃうんです。
探究心が人一倍旺盛なんでしょうね。
杉山 「知るとさらに楽しい!」ということが幼い頃から自分の中に根付いているんだと思います。だから、好きになったらとことん知ろうとする習性があるんです。ワインも日本酒も料理も、どういう素材でどう作られたかを知った方がやっぱりより楽しいし、ずっとおいしく感じるんですよ。
昔とあるインタビューで「『根拠のない自信』がある人しか社会を変えられない」とおっしゃっていた方がいました。杉山さんはどう思われますか。
杉山 その「根拠のない自信」には自信があります(笑)。中学生くらいから周りの友達に自信家だと思われていて、高校時代からの大親友には、「明日香にはいつも根拠のない自信があって、実際に実行して成功させるので、さらにその根拠のない自信が大きくなっている」と言われます。
私自身、予備校でよく受験生に言うのは、「自分が自分を信じてあげなかったら、いったい誰が自分を信じてくれるの」ということ。自分の最大の味方は自分なんです。人生なんでも思い込み。受験だって仕事だって「自分にはできる」と思い込んでやっていれば、本当にできるようになる。私はそう思っています。
インタビュー・文=宇佐美 里圭
撮影=大河内 禎
バナー写真=東京・西麻布のワインバー「GOBLIN(ゴブリン)」でインタビューに答える杉山明日香さん