久能祐子: 米国ワシントンで未来を切り開く人材を育成

社会

板倉 君枝(ニッポンドットコム) 【Profile】

創薬事業で資産を築き、「米国で最も成功した女性50人の1人」に名を連ねた久能祐子氏。現在はワシントンDCをベースに若い社会起業家やアーティストの支援に力を注ぐ。

久能 祐子 KUNŌ Sachiko

S&R財団最高経営責任者 (CEO) 兼理事長。1954年生まれ。ミュンヘン工科大学留学を経て、83年京都大学大学院工学系研究科で工学博士号取得。新技術振興機構(現・科学技術振興機構=JST)に入社。89年上野隆司氏と株式会社アールテック・ウエノを設立、新薬開発に取り組み、94年緑内障・高眼圧症治療薬を発売。96年渡米。スキャンポ・ファーマシューティカルズを上野氏と共同設立。06年、慢性特発性便秘症治療薬が米食品医薬品局から認可される。2000年S&R財団設立、14年「ハルシオン・インキュベーター」を創設し、社会起業家、科学者やアーティストの支援に力を入れている。

金もうけよりも社会貢献を目指す若者たち

2012年、久能はスキャンポの事業から退き、S&R財団の本部を「エバーメイ」に置く。そして14年には、社会起業を支援する「ハルシオン・インキュベーター」をオープンした。

最初の3年間はパイロット期間として、「エバーメイ」に本部を移したS&R財団が活動資金を提供した。8人が1つの“cohort”(「仲間」のグループ)で、5カ月間一緒に生活し、その後の13カ月はオフィスとして利用できる。つまり、常時16人がハルシオンに共生している。この間に投資家やプロボノ(専門的スキルを社会貢献のために無償で提供する弁護士、税理士など)たちがやって来て、起業に関するさまざまな相談ができるプログラムだ。

「ソーシャル・インパクト・モデル(収益および社会的インパクト両方を達成する)は立ち上げに時間がかかるので、最初のうちはこうした場が必要です」。また、学者や政策立案者、シンクタンクが多いワシントンなら有力者に会うチャンスも多いことも起業には有利だと考えた。

「米国の“ミレニアル世代”と呼ばれる35歳ぐらいまでの世代は、ただお金を稼ぐよりも自分のしたことで世の中をよくしたいと思っている人が多い。教育のある若い人たちは少なくとも10人のうち8人が起業、その多くはソーシャル・ビジネスを目指しています。米国でもレジデンス型のインキュベーターは少ないので、ハルシオンはワシントンで注目されています。8人を選ぶのに全米から300人の応募があり、スタンフォードやハーバード大学より競争率が高いと言われます」

ちなみにこれまでハルシオンが支援した50数組のうち日本出身は1人。Yoko Senという電子音楽のアーティストによる「Sen Sound」というプロジェクトだ。入院患者のストレスを減らすために、病院で聞こえる音を見直し、不快感のない音に置き換えていく試みで、パートナーとなる病院も増えているそうだ。

他にもハルシオンの支援でさまざまな独創的なプロジェクトが動き出している。「ハルシオンでは特許を迅速に取得させる方針で、特許専門の弁護士が毎日来ています。例えば、車酔いやバーチャル・リアリティーを見た時の不快感を防ぐヘッドホンの開発は、こちらで特許を申請した1週間後に世界的IT企業が同様のアイデアで特許を申請していたそうです」

17年1月にハルシオンは公益財団となり、資金調達の道も広がった。新たなプロジェクトとして、久能はジョージタウンに「フィルモア・スクール」という歴史的建造物を購入。「ハルシオン・アーツ・ラボ」として、若き芸術家たちのための「インキュベーター」作りを進めている。

「ソーシャル・インパクト」の挑戦は続く

自らが若手に投資し、また他の投資家を募る過程で、久能が気付いたことがある。ハルシオンでは、女性の起業家は4割、男性6割だが、女性のプロジェクトになかなか資金が集まらない。

「米国全体でも女性起業家にベンチャー・キャピタルが投資する割合は3%。投資の決定権を持つ立場にいる女性の割合を見ると6%です。そもそもインベスター側に偏りがある。女性の起業に投資を募るには、まず女性の投資家を育てることが必要だと気付き、ワシントンを中心に活躍する女性投資家のグループ『WE Capital』を立ち上げました。2016年12月に発足して数カ月で、約20億円の投資資金が集まりました」

ワシントンをベースに人脈を広げ、若い世代の持続可能な社会事業の立ち上げやアーティストを支援する「エコシステム」を構築し、「ソーシャル・インパクト」投資を推進する—若い個人の才能を最大限に花開かせ、その果実を社会に還元するために久能の挑戦は続く。

インタビュー・文=板倉 君枝
写真=三輪 憲亮

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出版社、新聞社勤務を経て、現在はニッポンドットコム編集部スタッフライター/エディター。

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