崖っぷちの人を救う—「日本駆け込み寺」代表・玄秀盛さん

社会

新宿歌舞伎町にある「日本駆け込み寺」には、さまざまな悩みを抱えた人たちがやって来る。自殺を考えた末、わらにもすがる思いで駆け込んでくる人も少なくない。代表を務める玄秀盛さんに、人々の苦悩から浮き彫りになる現代社会の闇について聞いた。

玄 秀盛 GEN Hidemori

1956年、在日韓国人として大阪市西成区に生まれる。2000年白血病ウイルス感染が判明したことをきっかけに、ボランティアに目覚める。02年新宿歌舞伎町に「NPO法人日本ソーシャル・マイノリティ協会(のちに新宿歌舞伎町駆け込み寺に名称変更)」を設立。03年、自己破産(翌年に免責確定)。11年、同センターを発展させる形で、公益財団法人日本財団の支援を受けて「一般社団法人日本駆け込み寺」を設立(12年「公益社団法人日本駆け込み寺」に)。13年、日本国籍を取得。14年、「一般社団法人再チャレンジ支援機構」を設立。その人生は、渡辺謙の企画・主演によるテレビドラマ『愛・命〜新宿歌舞伎町駆け込み寺~』(2011年)にもなった。

元暴力団員が働く店

2015年4月、日本駆け込み寺の新しい試みが始動した。刑務所出所者の雇用支援を打ち出した「出所者居酒屋」プロジェクトだ。第一弾として、民間業者と一緒に出所者が働く居酒屋「新宿駆け込み餃子」を開業した。

場所は歌舞伎町で、出所者の社会復帰を目指す「一般社団法人再チャレンジ支援機構」がプロデュースしている。同機構は玄さんが立ち上げたもので、元最高検察庁検事の堀田力さんに代表理事になってもらった。同店では、刑期を終えたものの、住居や就労の場が得られない出所者が働いている。

出所者と雑談をする

——新宿駆け込み餃子を始めた動機は何ですか。

僕らは長年被害者とともに、加害者にも接してきました。それで、当然ながら被害者を減らすためには加害者を減らさなあかんと思うようになった。加害者を減らすには、まず再犯防止が重要です。刑務所から出てきた者の刑事事件全体に占める割合は6割にも及んでいますから。

また出所者の社会復帰を進める上でポイントになるのが、働き口を探してあげること。仕事のない出所者の再犯率は、有職者の4倍というデータもあります。

これまで出所者の職場は工事現場や農場など、一般の人との接触が少ない所がほとんどでした。でも彼らに本当に必要なのは、一般社会で生きていく上でのコミュニケーション能力なんです。それで出所者の働く居酒屋を作ろうというアイデアを思いついた。お客さんと接することで、一般の人とうまくやれる自信もつく。同時に、お客さんに出所者が社会復帰を目指して一生懸命やってる姿を見てもらえれば、出所者に対する恐怖のイメージも薄まるしな。

開業にあたっては、「包丁を持たせて大丈夫か」「レジの金に手をつけないか」など、いろいろと不安視する声があったのは確か。でもふたを開けたら大成功やった。出所者支援の趣旨に賛同してくれる人がたくさんいて、店は繁盛してます。

どんな人生もやり直しがきく

16年2月、玄さんは同じ歌舞伎町に出所者が働く居酒屋「駆け込み酒場 玄」をオープンさせた。同店は、新宿駆け込み餃子をさらに進化させたものだ。駆け込み餃子ではスタッフ10人のうち出所者は3人に限定され、それも重犯罪を犯した者は雇用できなかった。駆け込み酒場は再チャレンジ支援機構の提携店で、そうした縛りを全て取っ払った。だから元暴力団員もいれば、覚醒剤や傷害罪で捕まった者もいる。

「駆け込み酒場 玄」のちゅう房で

——出所者の生活に関して、気をつけている点はどんなことですか。

長い時間一人にさせないこと、多額の金銭を持たさんことです。担当スタッフがそれぞれの日々のスケジュールに目を光らせて、悪の道に逆戻りせんよう細かくチェックしています。手間も時間もかかりますが、出所者が自分の生活に自信が持てるようになれば、新しい職場でもうまくやっていける。「どんな過去でもやり直しがきく」と言いきかせ、そう信じ込ませることが大事です。

「愛」の反対は「憎しみ」じゃない

——14年間、玄さんはさまざまな悩みを聞いてきました。そうした体験から見えてきたことはありますか。

世間に無関心が広がってると思う。孤独死なんてその最たるもの。1981年にマザー・テレサが来日したとき、日本の繁栄ぶりに驚きながら彼女はこんなことを言ってます。「日本の多くの人は弱い人、貧しい人に無関心です。物質的に豊かな多くの人は、他人に無関心です。愛の反対は憎しみと思うかもしれませんが、実は無関心なのです」

30年前と比べて、日本は何も変わってない。変わっていないどころかますます悪くなっている。人間関係の基本である親子の間でさえ無関心が広がってる。自分の子がどんな時間を過ごし、誰と一緒にいて、何を食べてるのか、知らん親が多すぎる。子どもに対してもそうなんやから、他人に対して関心を持つはずがない。人としての感性が退化しているとしか思えへん。

——そうした社会を変えていくためには、どうしたらいいのでしょうか。

社会全体の仕組みを変えていかんとあかん。日本社会はこれからどんどん格差が広がっていく。裕福な高齢者が自分の生活を守るために蓄財に励む一方で、社会の底辺であえいでる人はますます貧しくなる。

自分のことばかりではなく、ほんの少しでいいから他人を思いやる気持ちを持ってほしい。せっせと貯め込んだお金の一割でも、市場に流すなり、寄付するなりすれば、それだけでも日本社会は劇的に変わります。30兆円あるといわれているタンス預金から、ほんの少しだけでも人様のことに使ってもらおうと思う。そんな気持ちが世の中全体に広まれば、確実に日本は変わっていく。

人は金だけでは生きていけへん。他人との関わりの中で生きてこそ人間。一番の財産は人とのつながりなんや。14年間の活動で、自分自身がそれを一番学ばせてもらいました。

インタビュー・文=近藤 久嗣(ニッポンドットコム編集部)
撮影=長坂 芳樹

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