安倍、モディ政権下での日印連携強化の展望と課題

政治・外交

2年前に発足したインドのナレンドラ・モディ政権の下で日印関係は新たな時代を迎えた。アジア太平洋地域での日印の連携強化の現状とその課題について、インドの外交戦略専門家・ラジャ・モハン氏に聞いた。

ラジャ・モハン Dr. C. Raja MOHAN

現代インドを代表する外交戦略専門家の一人。カーネギー国際平和財団インド代表理事。The Indian Express の寄稿編集者として、世界やアジアの安全保障や外交戦略についてコラムを連載。インド国家安全保障諮問委員を務めた経験を有し、デリーのジャワハルラール・ネルー大学 (JNU)、 シンガポール国立大学 南アジア研究所、オーストラリア・シドニーのローウィ国際政策研究所など、国内外の研究機関でも活躍している。

中国とどう付き合うか

——インド、米国、日本の3カ国は連携を強める中で、日本はオーストラリアをその枠組みに引き入れようとしています。中国はもちろんこの動きを、中国を封じ込める目的ではないかと警戒しています。日本とインドは連携して影響力の強い中国にうまく対処することができるでしょうか。

世界第2の経済大国である中国との関係は重要です。だからといって、中国の言いなりになる必要はない。インドは中国やロシアと協力もすれば、日本、米国とも連携します。中国は自国の発展への道をまい進し、仲良くする相手は自分で選ぶと断言していますが、インドも同じことをしています。

どちらにせよ、インドや日本が中国を封じ込めようとしているわけではない。封じ込めるには大国になりすぎました。問題は地域の力の均衡、安定です。そのために、インドと日本、さらに米国とオーストラリアがより緊密に協力しあう必要に迫られているのです。

——日本とインドの関係はより堅固になりつつありますが、日本は韓国と中国との間に難しい問題を抱えています。日本がこうした近隣諸国と建設的な関係を築くにはどうすべきだとお考えですか。

日本は戦後70年以上、国際社会の良き一員でした。ですから日本の戦争中の行いをいつまでも問題にして、償いを求めるのは公平ではないと思います。米国、中国、そして韓国で日本の戦争責任について語られていることはそれぞれ違うし、東南アジアでもさまざまです。インドでは、日本を、独立を支援した解放者として見る人たちもいます。ですから、日本はどこへ行っても謝罪をしなければならないという単純な話ではありません。

その局面はそろそろ終わらせるべきでしょう。ネルー首相がかつて言ったように、私たちは過去を乗り越えて前に進まなくてはならない。日本が十分にその正当な役割を果たさなくては、アジアの安定はありません。中国、韓国、そして日本は過去にとらわれることなく新たな枠組みを構築するときが来ています。貿易、経済関係ではすでに密接に結びついているのですから。政治的な問題が時に足を引っ張って、アジアの真の変革を阻んでいます。

不透明な米国政治の影響

——米国に目を移すと、11月には大統領選挙が行われます。その結果次第で、インドと日本、日印米の関係にどんな影響があると思われますか。

ドナルド・トランプのような人物が有力になるなんて米国人はどうかしているという見方には賛成できません。これが民主主義というものですし、トランプ氏は国内の一つの政治的潮流の体現者として、国内にある不満を結集しているのです。つまり、他国の紛争のために、米国はあまりにも多くの血を流し、税金も使ってきたという不満です。また、グローバリゼーションの波に飲み込まれた“負け組”たちは、米国は(もっと内向きに)変わるべきだと感じている。ワシントンの知識人やニューヨークの金融業界のエリートたちは足元で起きている事態に鈍感です。

トランプ氏の人気は、米国の伝統でもあるポピュリズムから生まれた現象で、唐突に起きたわけではない。米国の政治潮流が必然的生んだ結果です。8年前に米国で初のアフリカ系大統領が誕生したときのように、米国の政治システムはさまざまな驚きをもたらします。とにかく米国の変化に対応するしかない。

米国が安全保障における役割を減らしたいなら、受け入れざるを得ない。それは米国の国内問題だからです。ただ、イラク戦争、アフガニスタン紛争を経て、米国が(アジア地域の)安全保障でこれ以上大きな責任を負いたくないという状況を、我々は想定しておかなければなりません。インドと日本はアジアでもっと大きな責任を担う覚悟が必要です。日本の米軍駐留経費の負担増を主張するトランプ氏に賛同はしませんが、彼が大統領になれば、経済力のある日本や韓国はより大きな負担を要求されることになるでしょう。

安全保障に関しては、変化の幕開けの時を迎えていると言えます。もはや米国を全面的に頼りにする時代ではないのです。アジアの大国として、日本とインドは個別に、そして連携して、地域でより大きな責任を担う覚悟をするべきです。

——米軍がアジアから撤退する場合、インドは地域に軍を駐留させるなどの措置を取るでしょうか。

もちろんです。米軍は東アジアや中東で存在感を示してきましたが、もしこうした地域への米軍の関与が減るならば、インドは地域安全保障にもっと貢献する必要に迫られます。例えば、インド洋ではインド海軍がもっと積極的に海洋安全保障に貢献するでしょうし、中東での紛争調停や、東アジアの勢力均衡のためにさらなる協力を惜しみません。インドと日本が協力すれば、地域の安定のために大きな成果を上げるはずですし、他の地域でも協力できる分野があります。例えば、中東やアフリカでは、協力して経済成長に貢献することもできる。今は世界秩序が大きく作り変えられている過渡期にあり、だからこそ日本とインドが新たに担うべき責任も増えているのです。

歴史問題にとらわれることなく

——日本とインドの連携強化のために、そして国際社会により大きな貢献をするために、日本はどんな認識を持つべきでしょうか。

先にも述べたように、戦後日本は国際社会の良き一員として責務を果たしてきました。そして今はもっと大きな責任を担うことを求められています。北東アジアでは日本の歴史認識問題が論議されますが、南アジア、アフリカや中東では、そうした重荷はなく、多くの国が日本に好意を寄せています。ですから、中国、韓国との歴史論争にとらわれることなく、もっと視野を広げて行動することが必要です。米国が揺らいでいるときだからこそ、より積極的に国際社会での責任を担うべきです。国際社会で建設的な役割を果たそうという日本の姿勢に、南アジア、中東諸国の多くは協力を惜しまないでしょう。

(2016年5月19日のインタビューを基に構成。原文英語/インタビュアー:nippon.com 編集部・Peter Durfee/撮影:山田 愼二)

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