安倍、モディ政権下での日印連携強化の展望と課題

政治・外交

2年前に発足したインドのナレンドラ・モディ政権の下で日印関係は新たな時代を迎えた。アジア太平洋地域での日印の連携強化の現状とその課題について、インドの外交戦略専門家・ラジャ・モハン氏に聞いた。

ラジャ・モハン Dr. C. Raja MOHAN

現代インドを代表する外交戦略専門家の一人。カーネギー国際平和財団インド代表理事。The Indian Express の寄稿編集者として、世界やアジアの安全保障や外交戦略についてコラムを連載。インド国家安全保障諮問委員を務めた経験を有し、デリーのジャワハルラール・ネルー大学 (JNU)、 シンガポール国立大学 南アジア研究所、オーストラリア・シドニーのローウィ国際政策研究所など、国内外の研究機関でも活躍している。

モディ政権2年の成果は

——政権発足から約2年、ナレンドラ・モディ政権をどのように評価しますか。

国内での首相に対する支持は依然として高いといえるでしょう。2年前に選挙に勝ったのもそのカリスマ的な魅力に加え、能力もあったからです。高い人気は当面持続すると思います。

インド人民党(Bharatiya Janata Party=BJP)はとても野心的な公約を掲げていました。期待したような抜本的改革が進展していないことに対する多少の失望は国民の中にあります。モディ首相がこの2年間注力してきたのは、さまざまな制度、仕組みをもっと効率良く改良することでした。

当初の重要な改革案、物品サービス税( GST) 導入などの税体系を一本化する法案は、政治交渉で難航しています。ただ、幸いなことに物価上昇率は低水準にとどまり、製造業は全体的に改善しているので、経済成長は加速しています。

このところ4半期ごとに経済成長率が伸び、7%台に達している点を見れば、世界で最も急成長している経済だと言えます。

モディ政権で最も成功を収めているのは、外交分野だと思います。モディ首相は新たな目的意識を持って精力的に対外関係強化に取り組んでいます。国際的公約を実現するモディ首相の政治手腕に、国際社会は大きな期待を寄せています。

BJPは連邦議会下院では単独過半数を獲得しています。単独政党が過半数の議席を獲得したのは(1984年の選挙で大勝した国民会議派の)ラジブ・ガンジー首相の時以来で、この政権は1989年に退陣しました。下院で強い支持基盤を持つ首相は約30年ぶりということです。ただ上院では少数政党にとどまり、モディ首相の改革案の多くは上院で阻まれています。

——日本では、安倍晋三首相とモディ首相の親交が注目されています。両首相の下で日印関係はより緊密になったでしょうか。

両首相は日印関係に新たな活力を吹き込んだと思います。日印関係は2005年の小泉(純一郎)首相のインド訪問を機に改善してきました。小泉首相に続いて(07年には)安倍首相(第1次内閣)がインドを訪れました。

その後、日本での政権交代などで、両国関係は一時的に停滞したものの、今では経済、政治、安全保障での協力関係は著しく拡大しました。日印関係は今が最良の時期を迎えたと言っていいと思います。ただ、将来、両国関係はさらに大きく発展する潜在力を秘めています。

日本企業進出―新幹線からインフラ整備まで

——経済関係でいえば、昨年12月の日印会談で、ムンバイと工業都市アーメダバードを結ぶ高速鉄道に新幹線方式を採用する合意がなされ、日本では大きく報じられましたが、インドでも注目されたのでしょうか?

インドが高速鉄道を他国に受注したのは日本が初めてですから、もちろん注目はされましたが、 一方で懸念もあったことは確かです。そもそも(国民1人当たりの所得がまだ低い)今のインドの現状で高速鉄道を導入する財政的余裕があるのか疑問視する向きもありました。でも日本側の売り込みは極めて説得力のあるものでした。(インド国内にはこのほかにも高速鉄道計画があるので)今回は今後の方針を決める上での実証プロジェクトになるでしょう。成功すれば、他の路線でも高速鉄道が導入されるでしょう。もちろん日本には中国をはじめ、多くの競合相手がいますが。

——インドネシアでの受注競争では、日本は中国に負けました。日本企業は高速鉄道受注に大きな期待を掛け、インドでのさらなる受注に意欲的です。鉄道だけでなく、あらゆる分野でインドを重要な市場だとみなしています。

インドの経済成長が順調なこともあって、日本のインド市場への関心が高まりました。ただ、両国の経済関係の潜在的可能性の大きさを考えれば、貿易、投資もまだまだ低水準というのが現実です。この数年で伸びてはいますが、十分ではありません。

日本企業はインドでのビジネスを環境にまだ不自由さを感じています。モディ首相はその状況を改善すると公約していますが、それ以外にも、日本からの投資を促進するためにインドがやるべきことはたくさんあります。

——日本企業のインドへ関心は高まっていますが、インドの日本市場への関心、関与についてはどうでしょうか。

日本経済はすでに成熟しているので、インドからの投資は盛んとは言えません。ただ、情報技術分野では日印で事業統合の動きがあります。また、日本が移民に門戸を開いて労働市場を自由化すれば、より多くのインド人が日本と直接関わって仕事をするようになるでしょう。インドと日本の経済交流はもっと活発化して、ウィンウィンの関係を築く潜在力は大きい。

——インドが日本の投資をもっと呼び込みたい分野にはどんなものがありますか?

日本は中国を含めたアジアのインフラ整備に大きく貢献してきました。インドには多岐にわたるインフラ整備計画があり、その中には新しい都市の建設も含まれ、日本はアンドラプラデシュ州の州都の建設に協力することになっています。ここは歴史的に仏教とも関係が深く、日本から興味深いさまざまな支援がなされると期待しています。

多国間の枠組みでの連携

——日印両政府の2カ国関係は良好ですが、より大きな、国際的な枠組みでの協力関係は進展していると思いますか。

インド、日本、米国の連携が再び強まりました。10年ぐらい前にも3カ国の連携への動きがありましたが、尻すぼみになっていました。今は連携を積極的に強化しており、閣僚レベルでの会合が設けられています。

3カ国の軍事演習も再開され、6月の(米印間の演習として1992年に始まった)「マラバール」(海上合同軍事演習)には日本が参加します。一方、インド、日本、そしてオーストラリアの3カ国も、アジア地域でのより広い協力の枠組みを作ろうとしています。

(アジアの)地域安全保障、海洋安全保障のために、地域の連携を強化しなければならないという認識が共有されています。こうした課題でも、インドと日本は2カ国間だけではなく多国間の枠組みで協力するでしょう。

——日印関係の活力となるのは、さまざまな分野での人的交流です。ビジネス界や学生レベルでの交流を活発にしようとする動きはありますか。

モディ、安倍両首相とも、市民レベルの交流をもっと活発にすることを考えていると思います。特に交換留学生や若い世代の観光客誘致には力を入れると思います。

また、宗教・精神文化の分野でももっと交流を深めることができます。今後数年、人物交流は飛躍的に増えるのではないでしょうか。今までが全く十分とはいえない状況でしたから。

日印関係強化を阻む要因は消えた

——日本はどちらかといえば平和主義国家であり内向きで、安全保障は米軍の軍事力に依存していると見られています。一方、インドは伝統的に戦略的自立主義を取ってきました。それぞれのこうした傾向は、今後、日印がより緊密な戦略的協力関係を構築する上で、障害になるでしょうか。

戦後、1950年代の日印関係にさかのぼると、インドが積極的に日本との親交を深めようとしていた時期があります。インド初代首相ジャワハルラール・ネルーが、日本を国際社会から孤立させるべきではない、戦争中に何が起きたかはともかくとして、日本は新たなアジアを構築するために必要とされる役割を担うべきだと唱えました。ネルー率いるインドは、サンフランシスコ条約に反対する立場を取り、日本との単独講和を結びました。ネルーは日本からの賠償請求を放棄したのです。当時、インドは日本に対して極めて友好的な姿勢を示していたわけで、このことから、強い絆が両国間に結ばれました。

しかし60年代になると、その絆は徐々に緩んでいきました。インドは非同盟主義を取りつつ、次第にソ連寄りになっていく一方で、日本は日米安全保障条約の枠組みの中で米国との同盟関係を重視しました。また、当時のインドは閉鎖的な経済政策を取っていたため、60年代、70年代に高度成長期を迎えた日本と活発な経済交流をすることはできませんでした。

1990年代になって、インドは開放的な経済政策を取るようになり、アジアでより大きな役割を担うことに意欲的な日本と、新たな関係作りを模索しました。ただ、核政策の違いを含め、もろもろの障害があり、両国関係はなかなか進展しませんでした。この10 年でインドと米国の関係が改善されてきたこともあり、日本はまたインドとの新たな関係強化に関心を持つようになりました。ですから、両国関係にとってとても生産的な局面に来ていると言えます。

今では、大きな障害もなく、(安全保障面で)インド、日本、米国の3カ国の枠組みが生まれています。インドは非同盟主義から転じて、アジア地域の大国の一つとして、地域の安全保障にもっと貢献すべきであると認識するようになっています。

中国の台頭、また、米国国内政治の先行きが見えないこの時期だからこそ、インドと日本がアジア地域でより大きな役割を担い、連携する必要に迫られているのです。共にアジアの大国として、2カ国間の協力で、地域の枠組みで、また、場合によっては米国や欧州とも連携してできることはたくさんあります。

次ページ: 中国とどう付き合うか

この記事につけられたキーワード

中国 インド 外交 米国 安全保障

このシリーズの他の記事