安倍、モディ政権下での日印連携強化の展望と課題
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モディ政権2年の成果は
——政権発足から約2年、ナレンドラ・モディ政権をどのように評価しますか。
国内での首相に対する支持は依然として高いといえるでしょう。2年前に選挙に勝ったのもそのカリスマ的な魅力に加え、能力もあったからです。高い人気は当面持続すると思います。
インド人民党(Bharatiya Janata Party=BJP)はとても野心的な公約を掲げていました。期待したような抜本的改革が進展していないことに対する多少の失望は国民の中にあります。モディ首相がこの2年間注力してきたのは、さまざまな制度、仕組みをもっと効率良く改良することでした。
当初の重要な改革案、物品サービス税( GST) 導入などの税体系を一本化する法案は、政治交渉で難航しています。ただ、幸いなことに物価上昇率は低水準にとどまり、製造業は全体的に改善しているので、経済成長は加速しています。
このところ4半期ごとに経済成長率が伸び、7%台に達している点を見れば、世界で最も急成長している経済だと言えます。
モディ政権で最も成功を収めているのは、外交分野だと思います。モディ首相は新たな目的意識を持って精力的に対外関係強化に取り組んでいます。国際的公約を実現するモディ首相の政治手腕に、国際社会は大きな期待を寄せています。
BJPは連邦議会下院では単独過半数を獲得しています。単独政党が過半数の議席を獲得したのは(1984年の選挙で大勝した国民会議派の)ラジブ・ガンジー首相の時以来で、この政権は1989年に退陣しました。下院で強い支持基盤を持つ首相は約30年ぶりということです。ただ上院では少数政党にとどまり、モディ首相の改革案の多くは上院で阻まれています。
——日本では、安倍晋三首相とモディ首相の親交が注目されています。両首相の下で日印関係はより緊密になったでしょうか。
両首相は日印関係に新たな活力を吹き込んだと思います。日印関係は2005年の小泉(純一郎)首相のインド訪問を機に改善してきました。小泉首相に続いて(07年には)安倍首相(第1次内閣)がインドを訪れました。
その後、日本での政権交代などで、両国関係は一時的に停滞したものの、今では経済、政治、安全保障での協力関係は著しく拡大しました。日印関係は今が最良の時期を迎えたと言っていいと思います。ただ、将来、両国関係はさらに大きく発展する潜在力を秘めています。
日本企業進出―新幹線からインフラ整備まで
——経済関係でいえば、昨年12月の日印会談で、ムンバイと工業都市アーメダバードを結ぶ高速鉄道に新幹線方式を採用する合意がなされ、日本では大きく報じられましたが、インドでも注目されたのでしょうか?
インドが高速鉄道を他国に受注したのは日本が初めてですから、もちろん注目はされましたが、 一方で懸念もあったことは確かです。そもそも(国民1人当たりの所得がまだ低い)今のインドの現状で高速鉄道を導入する財政的余裕があるのか疑問視する向きもありました。でも日本側の売り込みは極めて説得力のあるものでした。(インド国内にはこのほかにも高速鉄道計画があるので)今回は今後の方針を決める上での実証プロジェクトになるでしょう。成功すれば、他の路線でも高速鉄道が導入されるでしょう。もちろん日本には中国をはじめ、多くの競合相手がいますが。
——インドネシアでの受注競争では、日本は中国に負けました。日本企業は高速鉄道受注に大きな期待を掛け、インドでのさらなる受注に意欲的です。鉄道だけでなく、あらゆる分野でインドを重要な市場だとみなしています。
インドの経済成長が順調なこともあって、日本のインド市場への関心が高まりました。ただ、両国の経済関係の潜在的可能性の大きさを考えれば、貿易、投資もまだまだ低水準というのが現実です。この数年で伸びてはいますが、十分ではありません。
日本企業はインドでのビジネスを環境にまだ不自由さを感じています。モディ首相はその状況を改善すると公約していますが、それ以外にも、日本からの投資を促進するためにインドがやるべきことはたくさんあります。
——日本企業のインドへ関心は高まっていますが、インドの日本市場への関心、関与についてはどうでしょうか。
日本経済はすでに成熟しているので、インドからの投資は盛んとは言えません。ただ、情報技術分野では日印で事業統合の動きがあります。また、日本が移民に門戸を開いて労働市場を自由化すれば、より多くのインド人が日本と直接関わって仕事をするようになるでしょう。インドと日本の経済交流はもっと活発化して、ウィンウィンの関係を築く潜在力は大きい。
——インドが日本の投資をもっと呼び込みたい分野にはどんなものがありますか?
日本は中国を含めたアジアのインフラ整備に大きく貢献してきました。インドには多岐にわたるインフラ整備計画があり、その中には新しい都市の建設も含まれ、日本はアンドラプラデシュ州の州都の建設に協力することになっています。ここは歴史的に仏教とも関係が深く、日本から興味深いさまざまな支援がなされると期待しています。
多国間の枠組みでの連携
——日印両政府の2カ国関係は良好ですが、より大きな、国際的な枠組みでの協力関係は進展していると思いますか。
インド、日本、米国の連携が再び強まりました。10年ぐらい前にも3カ国の連携への動きがありましたが、尻すぼみになっていました。今は連携を積極的に強化しており、閣僚レベルでの会合が設けられています。
3カ国の軍事演習も再開され、6月の(米印間の演習として1992年に始まった)「マラバール」(海上合同軍事演習)には日本が参加します。一方、インド、日本、そしてオーストラリアの3カ国も、アジア地域でのより広い協力の枠組みを作ろうとしています。
(アジアの)地域安全保障、海洋安全保障のために、地域の連携を強化しなければならないという認識が共有されています。こうした課題でも、インドと日本は2カ国間だけではなく多国間の枠組みで協力するでしょう。
——日印関係の活力となるのは、さまざまな分野での人的交流です。ビジネス界や学生レベルでの交流を活発にしようとする動きはありますか。
モディ、安倍両首相とも、市民レベルの交流をもっと活発にすることを考えていると思います。特に交換留学生や若い世代の観光客誘致には力を入れると思います。
また、宗教・精神文化の分野でももっと交流を深めることができます。今後数年、人物交流は飛躍的に増えるのではないでしょうか。今までが全く十分とはいえない状況でしたから。
日印関係強化を阻む要因は消えた
——日本はどちらかといえば平和主義国家であり内向きで、安全保障は米軍の軍事力に依存していると見られています。一方、インドは伝統的に戦略的自立主義を取ってきました。それぞれのこうした傾向は、今後、日印がより緊密な戦略的協力関係を構築する上で、障害になるでしょうか。
戦後、1950年代の日印関係にさかのぼると、インドが積極的に日本との親交を深めようとしていた時期があります。インド初代首相ジャワハルラール・ネルーが、日本を国際社会から孤立させるべきではない、戦争中に何が起きたかはともかくとして、日本は新たなアジアを構築するために必要とされる役割を担うべきだと唱えました。ネルー率いるインドは、サンフランシスコ条約に反対する立場を取り、日本との単独講和を結びました。ネルーは日本からの賠償請求を放棄したのです。当時、インドは日本に対して極めて友好的な姿勢を示していたわけで、このことから、強い絆が両国間に結ばれました。
しかし60年代になると、その絆は徐々に緩んでいきました。インドは非同盟主義を取りつつ、次第にソ連寄りになっていく一方で、日本は日米安全保障条約の枠組みの中で米国との同盟関係を重視しました。また、当時のインドは閉鎖的な経済政策を取っていたため、60年代、70年代に高度成長期を迎えた日本と活発な経済交流をすることはできませんでした。
1990年代になって、インドは開放的な経済政策を取るようになり、アジアでより大きな役割を担うことに意欲的な日本と、新たな関係作りを模索しました。ただ、核政策の違いを含め、もろもろの障害があり、両国関係はなかなか進展しませんでした。この10 年でインドと米国の関係が改善されてきたこともあり、日本はまたインドとの新たな関係強化に関心を持つようになりました。ですから、両国関係にとってとても生産的な局面に来ていると言えます。
今では、大きな障害もなく、(安全保障面で)インド、日本、米国の3カ国の枠組みが生まれています。インドは非同盟主義から転じて、アジア地域の大国の一つとして、地域の安全保障にもっと貢献すべきであると認識するようになっています。
中国の台頭、また、米国国内政治の先行きが見えないこの時期だからこそ、インドと日本がアジア地域でより大きな役割を担い、連携する必要に迫られているのです。共にアジアの大国として、2カ国間の協力で、地域の枠組みで、また、場合によっては米国や欧州とも連携してできることはたくさんあります。
中国とどう付き合うか
——インド、米国、日本の3カ国は連携を強める中で、日本はオーストラリアをその枠組みに引き入れようとしています。中国はもちろんこの動きを、中国を封じ込める目的ではないかと警戒しています。日本とインドは連携して影響力の強い中国にうまく対処することができるでしょうか。
世界第2の経済大国である中国との関係は重要です。だからといって、中国の言いなりになる必要はない。インドは中国やロシアと協力もすれば、日本、米国とも連携します。中国は自国の発展への道をまい進し、仲良くする相手は自分で選ぶと断言していますが、インドも同じことをしています。
どちらにせよ、インドや日本が中国を封じ込めようとしているわけではない。封じ込めるには大国になりすぎました。問題は地域の力の均衡、安定です。そのために、インドと日本、さらに米国とオーストラリアがより緊密に協力しあう必要に迫られているのです。
——日本とインドの関係はより堅固になりつつありますが、日本は韓国と中国との間に難しい問題を抱えています。日本がこうした近隣諸国と建設的な関係を築くにはどうすべきだとお考えですか。
日本は戦後70年以上、国際社会の良き一員でした。ですから日本の戦争中の行いをいつまでも問題にして、償いを求めるのは公平ではないと思います。米国、中国、そして韓国で日本の戦争責任について語られていることはそれぞれ違うし、東南アジアでもさまざまです。インドでは、日本を、独立を支援した解放者として見る人たちもいます。ですから、日本はどこへ行っても謝罪をしなければならないという単純な話ではありません。
その局面はそろそろ終わらせるべきでしょう。ネルー首相がかつて言ったように、私たちは過去を乗り越えて前に進まなくてはならない。日本が十分にその正当な役割を果たさなくては、アジアの安定はありません。中国、韓国、そして日本は過去にとらわれることなく新たな枠組みを構築するときが来ています。貿易、経済関係ではすでに密接に結びついているのですから。政治的な問題が時に足を引っ張って、アジアの真の変革を阻んでいます。
不透明な米国政治の影響
——米国に目を移すと、11月には大統領選挙が行われます。その結果次第で、インドと日本、日印米の関係にどんな影響があると思われますか。
ドナルド・トランプのような人物が有力になるなんて米国人はどうかしているという見方には賛成できません。これが民主主義というものですし、トランプ氏は国内の一つの政治的潮流の体現者として、国内にある不満を結集しているのです。つまり、他国の紛争のために、米国はあまりにも多くの血を流し、税金も使ってきたという不満です。また、グローバリゼーションの波に飲み込まれた“負け組”たちは、米国は(もっと内向きに)変わるべきだと感じている。ワシントンの知識人やニューヨークの金融業界のエリートたちは足元で起きている事態に鈍感です。
トランプ氏の人気は、米国の伝統でもあるポピュリズムから生まれた現象で、唐突に起きたわけではない。米国の政治潮流が必然的生んだ結果です。8年前に米国で初のアフリカ系大統領が誕生したときのように、米国の政治システムはさまざまな驚きをもたらします。とにかく米国の変化に対応するしかない。
米国が安全保障における役割を減らしたいなら、受け入れざるを得ない。それは米国の国内問題だからです。ただ、イラク戦争、アフガニスタン紛争を経て、米国が(アジア地域の)安全保障でこれ以上大きな責任を負いたくないという状況を、我々は想定しておかなければなりません。インドと日本はアジアでもっと大きな責任を担う覚悟が必要です。日本の米軍駐留経費の負担増を主張するトランプ氏に賛同はしませんが、彼が大統領になれば、経済力のある日本や韓国はより大きな負担を要求されることになるでしょう。
安全保障に関しては、変化の幕開けの時を迎えていると言えます。もはや米国を全面的に頼りにする時代ではないのです。アジアの大国として、日本とインドは個別に、そして連携して、地域でより大きな責任を担う覚悟をするべきです。
——米軍がアジアから撤退する場合、インドは地域に軍を駐留させるなどの措置を取るでしょうか。
もちろんです。米軍は東アジアや中東で存在感を示してきましたが、もしこうした地域への米軍の関与が減るならば、インドは地域安全保障にもっと貢献する必要に迫られます。例えば、インド洋ではインド海軍がもっと積極的に海洋安全保障に貢献するでしょうし、中東での紛争調停や、東アジアの勢力均衡のためにさらなる協力を惜しみません。インドと日本が協力すれば、地域の安定のために大きな成果を上げるはずですし、他の地域でも協力できる分野があります。例えば、中東やアフリカでは、協力して経済成長に貢献することもできる。今は世界秩序が大きく作り変えられている過渡期にあり、だからこそ日本とインドが新たに担うべき責任も増えているのです。
歴史問題にとらわれることなく
——日本とインドの連携強化のために、そして国際社会により大きな貢献をするために、日本はどんな認識を持つべきでしょうか。
先にも述べたように、戦後日本は国際社会の良き一員として責務を果たしてきました。そして今はもっと大きな責任を担うことを求められています。北東アジアでは日本の歴史認識問題が論議されますが、南アジア、アフリカや中東では、そうした重荷はなく、多くの国が日本に好意を寄せています。ですから、中国、韓国との歴史論争にとらわれることなく、もっと視野を広げて行動することが必要です。米国が揺らいでいるときだからこそ、より積極的に国際社会での責任を担うべきです。国際社会で建設的な役割を果たそうという日本の姿勢に、南アジア、中東諸国の多くは協力を惜しまないでしょう。
(2016年5月19日のインタビューを基に構成。原文英語/インタビュアー:nippon.com 編集部・Peter Durfee/撮影:山田 愼二)