「子どもたちが家族と暮らす権利を取り戻す」ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表 土井香苗

政治・外交 社会

国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」のアジア唯一の事務所を7年前に立ち上げた土井香苗氏。児童養護施設などで暮らす子どもたちの「人権侵害」に対する働きかけを中心に、HRW東京事務所の活動を紹介する。

土井 香苗 DOI Kanae

「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」日本代表。1975年神奈川県生まれ。東京大学法学部在学中の96年に司法試験に合格。大学4年のとき、NGO「ピースボート」に参加してアフリカ・エリトリアでの法律制定ボランティアに従事する。2000年から2016年3月まで弁護士(日本)として活動、アフガニスタン難民弁護団などで活躍後、05~06年に米ニューヨーク大学法科大学院に留学、国際法修士課程修了、ニューヨーク州の弁護士資格を取得。06~07年にHRWニューヨーク本部のフェローとして活動。09年にHRW東京事務所を開設。アジア地域の人権侵害の調査、政策提言などを中心に、世界の人権保護活動に取り組んでいる。

人権・自由の優先順位が低い日本外交

HRW東京事務所では常勤スタッフ6人、その他ボランティア、インターンを加えた10人ほどが働く。スタッフはそれぞれHRWのさまざまな部署に属し、「上司は外国にいるイメージ」だと土井氏は説明する。

スタッフは世界各国の支部と連携して業務を進める。

東京事務所代表としての土井氏は「外圧担当」。日本以外の諸外国で起きている人権侵害に対して、「日本の外務省に当該国に外圧をかけるように働きかける」。価値外交、法の支配を掲げる安倍晋三内閣とは、基本的に方向性が合うはずだが、「残念ながらかけ声に終わっていることが多く、日本の外交政策においては、人権・自由を守ることの優先順位がまだまだ低い」と言う。

一方、児童養護における施設偏重主義などの国内問題に関しては、「民主主義大国」日本に対する他国からの「外圧」は期待できないので、問題解決に向けて世論を喚起して内側から変革を起こすしかない。

「知力、策略、情報力を駆使」して、難題解決に全力をつくす。

東日本震災を契機に寄付が広がる

土井氏の日々の主な業務には、こうした政治家・官僚への働きかけやメディア、シンポジウムなどを通じた世論喚起のための発信に加え、ファンドレイジング(資金集め)がある。

HRWは、公的資金を一切受け取らず、個人や私設財団の寄付などで運営されている。最も大きな資金源は年1回の富裕層をターゲットとするチャリティー・ディナーだ。ニューヨーク本部で初めて見たときは、その規模の大きさに「度胆を抜かれた」と土井氏は言う。チケットは最低10万円程度から1千万円まで。そんな華やかなディナーを、まだ寄付文化が根付いていない日本でも実施してみたいと思い、最初は小さなものから実験的に始めて、徐々に大きくしていった。

東日本大震災を契機に、寄付が広がり、税制も整えられて、社会が寄付に対して前向きになっているという。今年4月のチャリティー・ディナーも早々に完売した。

「人権活動でファンドレイズできる国は、アジアで日本以外にほとんどありません。例えば、中国ではHRWのスタッフはおおっぴらに外を歩くことさえできない状況です。当然、オフィスも持てず、潜伏しながら行動せざるを得ません。国によっては脅迫にさらされながら活動しなくてはならない。アジアでは数少ない民主主義国の日本では、人権を守れと叫んで無視はされても、攻撃されることはありませんから」

世間ではまだ認知すらされていない児童養護施設の問題を筆頭に、日々「難題に直面している」という土井氏だが、仕事の面白さはまさにそこにあるそうだ。

「どうやって政府を動かすか。私たちの闘いのツールはコミュニケーションしかありません。事実を調査・確認したうえで、政策提言をする。世論を動かして事態を変革するには、抵抗勢力もあって簡単ではありません。でも、不可能と思えることを知力、策略、情報力を駆使して政府に働きかけるプロセス自体が面白く、やりがいを感じています」

ニッポンドットコム編集部(文:板倉 君枝/撮影:大谷 清英)

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