「緊密な日米新時代の構築に向けて」元米国大使マイケル・アマコスト

政治・外交

冷戦末期に駐日米大使を務め、「ミスター外圧」の異名で知られたマイケル・アマコスト氏が、変革期にある日米関係の現状について「さまざまな面で非常に良好」としたうえで、将来展望を語った。

マイケル・アマコスト Michael ARMACOST

1969 年にホワイトハウス特別研究員として国務省に入省後、24年間に渡り政府要職を歴任。1982~84 年まで駐フィリピン大使、1984~89 年まで政治担当国務次官。1989~93 年まで駐日米国大使を務めた。退官後は 1995~2002 年までブルッキングス研究所の理事長。2002年からはスタンフォード大学 ショレンスタイン・アジア太平洋研究センターで特別上席研究員。現在アジア財団の理事長も務める。主著に『友か敵か(Friends or Rivals?)』(邦訳・読売新聞社、1996 年) 等のほか、大統領功労賞を含む多くの受賞歴があり、日本では2007 年に旭日大綬章を受章している。

湾岸戦争では日本の「目に見える」大胆な国際貢献を迫り、日米構造協議では大規模公共投資や各種規制の緩和を求めて「ミスター外圧」と呼ばれたマイケル・アマコスト元駐日米国大使。2012年5月に笹川平和財団の講演会で来日し、20年ぶりに沖縄基地も訪問したアマコスト氏に、安全保障やTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)問題も含めた日米両国の今後のパートナーシップに関する考えを聞いた。

「内向き」でも日米関係は良好

——笹川平和財団の講演会で、内政問題を優先する傾向にある日本と米国の現状に触れられました。この日米の「内向き」の傾向が、両国関係にどんな影響を与えているとお考えですか。

そんなに大きな影響を与えているとは思いません。米国が内向きなのには二つ理由があります。まず、米国は大統領選の真最中なので、有権者の興味のある国内問題を優先する傾向があるということ。つまり経済回復が弱く、失業率も依然として高いという問題の解決が優先されます。しかも財政赤字が膨らみ、外交にまわせる資金が厳しい状況になっている。さらに、コストのかかるアフガニスタンでの戦争にもまだ関わっています。

それでも、最近はアジアとの関係を重視しています。日本との関係はさまざまな側面で非常に良好です。「トモダチ作戦」(※1)の成功、中国の自己主張の強い外交と急速な防衛力の増強もその要因です。

政治主導への転換は時間がかかる

——今の日本の「政治不在」をどう捉えていますか。

米国の国内政治もかなり機能不全の状態なので、私はその質問に答えるにはふさわしい相手ではないでしょう。政治が複雑で両極化している今の米国は、民主主義がうまく機能しているモデルには程遠いですから。

日本は、官僚依存から政治主導へ変わろうとする大きな過渡期にあります。これまで安全保障の分野では、両政府の高級官僚レベルでの話し合いが多大な影響力を行使してきました。米国では、政権が代わると、多くの官僚も入れ替わります。(バラク・オバマが大統領に就任、日本では民主党政権が誕生した)2009年、一時的にせよ、官僚たちが脇に追いやられたことは、大きな影響がありました。ですが、政治主導への変化には当然時間がかかります。官僚文化を変え、政治家の政策課題を解決する能力が改善されなければ、政治主導にはならないのですから。ただ、両国関係の一番困難な時期は終わったと考えています。

一方で、米国大統領と日本の首相が長期的に親密な関係を築くことが両国関係にいい影響を与えるのは確かです。両政府の政治家、官僚が、何か問題が生じたときに何とか解決しようと行動に移す必要に迫られるからです。中曽根―レーガン時代、小泉―ブッシュ時代がその好例でした。お互いを気に入っていて、両国関係の改善に努めたいという姿勢が政府内によく伝わっていました。頻繁に政権が交代すると、そういった関係の構築が難しくなります。

小泉首相時代のテロ対策特措法が転換点

約20年ぶりに沖縄を訪問。(写真=笹川平和財団)

——20年ぶりに沖縄基地を訪問したと聞きました。最近、海兵隊9000人をグアムなどに移転するという合意がなされましたが、基地問題も含めて、日米同盟の深化はあまり進んでいないように思えます。この点はどうお考えですか。

私が大使だったころは冷戦時代で、日米関係には多少距離がありました。当時は合同司令部も、基地の共同使用もほとんどなかった。つまり、冷戦時代には、日本は基地を提供、米国は戦略的な保障を提供するという枠組みだったのです。制服組の交流もたいしてなかった。

小泉首相の特別措置法(※2)のもとで、日本は戦闘目的以外で、自衛隊の海外派遣が可能になりました。イラクでの人道支援、国家再建のため、そしてインド洋へ海上作戦のために部隊を派遣することができたのです。こうしたことが日米関係に大きな変化をもたらしました。日米同盟はよりバランスのとれた形になったと言えます。日本、日本の近隣諸国だけでなく、遠隔地でも同盟は機能を果たすことができるようになり、自衛隊と米軍の交流もより活発になりました。私の大使時代とは異なる、大きな変化です。

「トモダチ作戦」の遂行でも、自衛隊、米軍は緊密に協力しました。今後も、日米は国際的な緊急援助活動で、もっと協力できるはずです。

また、従来から海上自衛隊、米国海軍の協力関係は他の分野よりも比較的強固でした。現在の中国の海軍力増強問題への対応でも、緊密な協力ができるでしょう。

中国の軍事力増強への懸念

——中国の軍事力をどう評価していますか。

第一に、非常に低いベースから驚くべき勢いで近代化をはかってきたと思います。20年も国防予算が二けたのペースで伸び続ければ、多くの装備を調達できるのは当然でしょう。

第二に、以前よりも我々の国益に影響を与えています。冷戦時代はソ連を封じ込めるために北方の国境地帯に兵力を配備していたが、冷戦後は沿岸部、島しょ部に兵力を向けることができるようになった。そして現在は遠洋まで派遣できるような海軍力の増強をはかっています。中国はグローバルな貿易、グローバルな資源外交をはかっています。米国の第7艦隊に自国の資源防衛を任せたくはないというわけです。

第三に、中国は2010年、自己主張の強い外交を展開しました。南シナ海でより広範な領有権を主張、北朝鮮の韓国に対する軍事的挑発に対しても、北朝鮮を擁護し、日本に対しては尖閣諸島をめぐって強硬な姿勢を見せました。これに加えて軍事能力の増強があるので、厄介です。

ただし、軍事能力の増強を過大評価するべきではありません。そもそも非常に低いベースからの増強ですから。また、米国には日本、オーストラリア、韓国などの強力な同盟国の存在がありますが、中国にはありません。米国はイラクとアフガニスタンでの長期化したコストのかかる戦争から手を引いてアジア太平洋地域に焦点を移しつつあります。中国は軍事力を増強していても、権益の拡大を目指し、また権益を守るために精一杯です。こうした状況は我々のほうに有利に働いていると思います。

国内にも大きな問題を多く抱えており、強国に周辺を囲まれています。周辺国が中国の権益を侵害すると、警告を発するし、中国の動きに対する警戒心を増している周辺国は、中国をけん制するために我々の存在を必要としています。中国が抱えている問題と我々の問題を交換したいとは思いませんね。

LNG輸出は早期に実現を

——今後の日米の経済連携に関しては、どんなお考えですか。

福島原発事故を経験した日本にとってエネルギー源の多様化が必須だということは明らかです。米国では(シェール)ガスの生産がブームで、値段も安く、輸出に積極的な生産者もいます。日本は重要な同盟国で、LNG(液化天然ガス)へのニーズがあり、米国はそれに応えられるので、ぜひ輸出を実現すべきです。ただ、法的認可に時間がかかりますし、政治がからむ可能性もあります。環境保護派の人々が(シェールガス掘削法の)ハイドロリック・フラクチャリング(水圧破砕法)技術に懸念を持っているからです。大統領にとっては大事な有権者層です。厄介かもしれませんが、それでも年末までには、輸出するために必要な条件を満たすことができるのではないかと思っています。米国も貿易赤字を減らすことができるし、日本は石油よりCOの排出が少ない代替エネルギーのLNGを得ることができるのですから、早期の実現を願っています。

TPP参加は日本にもメリット「大」

——TPP交渉に関しては、どんな見通しを持っていますか。

TPPでは、まだ日本以外の8か国と交渉している段階ですが、前進はしているようです。質の高い、より包括的な協定というアプローチには賛同します。相手国は良好な関係にある国ばかりですが、日本が参加しないTPPには重みがありません。ぜひ交渉参加を阻む問題を打開してほしいと願っています。

政治家には当然、優先課題があります。日本では野田首相が消費税問題を最優先していますし、米国では大統領選が進行中です。そして、オバマ大統領の民主党にとって、労働組合は重要な集票組織ですから、大統領選の前に交渉が大きく進捗するとは思いません。つまり、まだ時間的余裕があるということです。日本がTPPに参加することが重要だと私は思っています。こうした協定のいい面は、産業界がもっと競争にさらされてイノベーションに駆り立てられ、モノの値段が下がって、消費者に便宜を与えることです。インフレも抑制できます。つまり、国内的に大きなメリットを生むということです。そのことが、日本のTPP参加へのインセンティブになるはずです。米国政府も、煮え切らない態度の自動車業界にうまく対処してほしいと思います。

日本が早く交渉に参加すれば、それだけルール作りにより大きな影響を与えることができます。いったんルールが確立すると、遅れて参加した国は、すでに決められたルールに従うしかなく、影響力を行使できません。

国際災害援助を共同プロジェクトに

——「トモダチ作戦」の後、日本の対米市民感情は良くなっていると感じます。最近の対日、対米感情について、どんな印象をお持ちですか。

今回の大震災の被害規模が大きく、大変ショッキングでしたが、世界は日本人が示した英雄的勇気に賞賛の念を持ちました。略奪行為もなく、秩序、礼節が保たれだのですから。米国人も大きな感銘を受け、援助できることを光栄に感じていたはずです。自衛隊と米国軍の協力も素晴らしかった。日本の方々も、被災者を援助する米国にいい印象を持たれたと思います。

この10年間、アジア地域ではあまりにも頻繁に自然災害が発生しています。東南アジアの津波、中国とパキスタンの地震、そして昨年の日本の津波です。こうした災害に協力して対処できたので、次にこの地域で災害が起きた場合は、日米で共同プロジェクトとして取り組めば、災害援助でもっと大きな貢献ができるはずです。

教育交流が優先課題だ

——草の根の日米交流に尽力した「日本国際交流センター」の理事長・山本正さんが4月に亡くなりました。日米のパイプとなる人材育成に関してはどうお考えですか?

タダシとは40年来の家族同然の友人でした。比類のない方でした。

スタンフォードで教鞭(きょうべん)を執っていますが、日本からの留学生が減っていることを非常に残念に思っています。震災後、(米国の)アジア財団の理事長として被災地を援助するために500万から600万ドルを短期間で集め、主に赤十字を通じて配布しました。こうした市民団体、NGO間の関係はうまくいっている一方で、お互いの留学生の数、学生交流は減少しているのが実情です。日米間の課題は多いですが、特に教育交流の分野に懸念を抱いています。というのも、人的交流の構築は10年、15年、20年後の両国関係に影響するからです。教育交流が不活発になると、両国関係の大切なものが失われるのではと危惧しています。

米国は中国に目をとらわれがちで日本は内向きになっています。この二つの要因が組み合わさって、文化、教育面での交流から活力が失われていることは憂慮すべきです。(ジョン・)ルース大使もこの事態に危機感を持ち、改善に努めています。両国政府はもちろん、民間レベルでも優先課題として取り組むことが必要です。

聞き手=原野 城治(一般財団法人ニッポンドットコム代表理事)
撮影=川本 聖哉

(※1) ^ 東日本大震災における米軍の支援。在日米軍司令部によれば,米軍は,人員約 24,500 名,艦船 24 隻,航空機 189 機を投入(最大時)した大規模な活動(「トモダチ作戦」)を実施した。また、食料品等約 280 トン並びに水約 770 万リットル、燃料約 4.5 万リットルを配布(貨物約 3,100 トンを輸送)した。

(※2) ^ 2001年の「テロ対策特別措置法」および2003年の「イラク人道復興支援特別措置法」

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