大山 遥(NPO法人チャイボラ代表): 「児童養護施設職員の人手不足を解消したい」: 犬山紙子対談 第7回
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児童養護施設で働く知人の衝撃的なひと言
犬山 私が初めて大山さんのことを知ったのは、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のツイッターのスペース(ツイッター・ユーザーと音声を通して交流ができる機能)がきっかけでした。児童養護施設に本を贈るプロジェクトを立ち上げた山内ゆなさんが、大山さんがスペースでお話をされるとツイートしていたので聞いてみたら、その話に私、一瞬で引き込まれてしまって。
大山 スペースで話をしていたら、突然犬山さんのアイコンが表示されて。メンバーと「これ本物かな?」とか言いながら、ダイレクトメッセージを送ったらすぐに返事が来て。そこから「LINEでやりとりしましょう」「今から電話できますよ」と。こんなにフレンドリーに連絡をいただけるのかとびっくりしました。
犬山 その後、私が主宰する「こどもギフト」とコラボレーションをしたりと、お付き合いが始まったのですが、大山さんは全てにおいて行動力の塊(かたまり)のような人で。最初はベネッセに入社されたんですよね。
大山 はい。塾を経営していた父は、発達障害などで他の塾で断られた子も、誰一人断らないような人でした。お金が払えない子には無償で教えたり、一緒に夕飯を食べたり、私はそんな寺子屋みたいな環境で育ったんです。その影響もあって、親子の愛情を感じられるような時間を生み出す仕事がしたいと、ベネッセに入社しました。
犬山 うちもベネッセの通信教育、やってました。
大山 ありがとうございます! そのとき教材は少しでも改訂が入ると、改訂前のものは破棄されることを知って。どこかで活用できないかと考え、児童養護施設で働く知人に寄付できないか、問い合わせてみたんです。私としては「そんなことしてもらえるんですか?」と当然喜ばれると思っていたのですが……。
犬山 違ったんですね。
大山 返ってきた答えは「欲しいのはモノじゃなくて人だよ」と。知人は新卒からずっとその施設に住み込みで働いていて、月に数日しかない休日も買い出しに充てるほど忙しい上に、幼児から高校生まで8人の子供を1人で見ていたんです。
知人の話を聞いて1週間後に辞表を提出
犬山 私、自分の子供一人育てるだけでもヒイヒイ言っていますよ!
大山 しかも施設によってばらつきはありますが、児童養護施設に入所する子供の約7割が虐待を受けていて、約5割が何らかの障害を持っているとも言われています(グレーゾーン含む)。トイレに行く習慣もないほど育児放棄された子がいたり、子供同士の喧嘩も頻繁に起こる所に教材が毎月送られてきても、誰が対応するの? と思うのは当然ですよね。いろいろな家庭を見てきたつもりでしたが、あまりにも知らないことが多くて衝撃を受けました。それで知人の話を聞いて1週間後に辞表を提出したんです。
犬山 その行動力がすごい。
大山 退職後、昼間は児童養護施設でアルバイトをして、夜は資格取得のため、夜間学校に通うことにしました。社会的養護の最初の授業で先生が「児童養護施設について聞いたことがある人」と尋ねたところ、手を挙げたのはたった4人。「説明できる人」に至ってはゼロ。
犬山 え〜!?
大山 子供の教育に興味がある人でも、それぐらいの認知レベルですから、一般的にはさらに認知度が低いかもしれません。ところが入学して4カ月後、11人のクラスメイトが「保育士ではなく、児童養護施設か乳児院で働きたい」と言い始めたんです。
犬山 おぉ〜! 全く知らなかったところからすごい変化ですね。
大山 ところが、その数カ月後には「やっぱり保育園や学童保育がいい」と進路を戻してしまったのです。なぜこんな現象が起こるのかと、158人の学生にインタビューをしました。
犬山 何が理由だったんですか?
大山 一番は施設側からの情報発信が極端に弱いことでした。今どきの学生はSNSで就活をする時代です。ところが、社会的養護施設に支給される国と自治体からの予算には、広報費という科目がない。そうなると求人広告を出すことは困難ですし、ホームページを開設していない施設もありました。学生からしたら、ネットで検索をしても、どこにあるのかも分からないし、施設の状況も見えない。そこに飛び込むのはハードルが高いですよね。興味のある学生ですら、施設とつながることが非常に難しい状況だったんです。
任意団体チャイボラを設立
犬山 ノウハウも、知識もないのは厳しいですね。
大山 ただ、児童養護施設には子供たちの個人情報を守らなくてはいけないという事情もあります。そこで、安全性を確保した上で、施設に興味がある学生を「チャイルドボランティア」という名前で施設につなごうと、任意団体チャイボラをスタートしました。
犬山 確かにボランティアと言われると行きやすいですよね。驚いたのは、社会的養護の施設に特化した職員確保の活動をされているのは、日本ではチャイボラさんだけだという点です。
大山 採用のマッチングについては、参入しようとした企業はあったようです。ただ、サービスを提供しても対価を得ることが難しいという理由で去っていったと、ある施設の職員さんから聞きました。
犬山 そうか、広報費がないんですもんね。
大山 ただ、広報費がなくてもできることはあると思っていました。そこで、いろいろ考えて提案をしたのですが、最初の頃は私が全く違うジャンルから来たこともあって提案を聞いてもらえないこともありました。
犬山 そこからどうやって信頼関係を構築していったのですか?
大山 ある施設に「やり方次第で人は来ます!」と懇願して、施設見学会をやらせてもらったんです。前年度の実績は見学に来た人が4人という状況。そこで「1日で10倍の40人を呼びます」と言いました。自信はあったので、SNSやチラシで訴求をしたりして。結果は36人と未達でしたが、採用につながったことで、そこの施設長がいろいろな所で「あの子たちの言うことにもっと耳を傾けたほうがいい」と言ってくれるようになったんです。
犬山 大山さんはそこからずっと無償で続けているんですよね。
大山 無償どころか持ち出しですね。スタートした当初は、メンバーのみんなはまだ専門学校生で、昼間にアルバイトをしても時給1000円ちょっとしか稼げないのに、交通費や子供の遊ぶ物を作るために、毎月3000円、4000円とチャイボラに使ってくれました。3年間続けて、この4月からようやくメンバーに初めて少しだけお給料を払えるようになりました。
施設が抱える職員の疲弊問題
犬山 ところで今、子供を支える職員が抱える問題は何でしょう。
大山 今は徐々に落ち着いてきましたが、コロナによって、職員が疲弊した施設がたくさんありました。施設は24時間、365日休みがなくて、1つ屋根の下には何十人も子供が暮らしています。もし1人がコロナに感染したら、クラスターが起こってしまうかもしれません。現場はものすごい緊張感でした。それでいて、お互いにメンタルが弱っていることを分かっていても、職員同士でしんどいとは言い合えないような時もありました。
犬山 ワクチンもまだない時ですし。
大山 困難を乗り越えられた施設もありますが、離職者が相次いだ施設もありました。そこで職員が「しんどい」と愚痴をこぼせる場を作らなければいけないと思い、相談窓口アプリを開発して、2021年1月に開設しました。
犬山 確かに子供に対して「してあげたい」と思っているのに、余裕がなくてできない状況は、気持ち的にしんどいですよね。
大山 まさに職員が燃え尽きる瞬間ってそこなんです。思いがある職員ほど「もっとしてあげたいのに限界がある」という無力感に襲われます。私の周りでも熱い気持ちを持った素敵な職員が何人もこの業界を去りました。職員も辞めたくて辞めたわけではないのですが、子供たちに「いつ帰ってくるの?」と聞かれると……。
犬山 また、子供たちは喪失体験をすることになる。
大山 だから、私は団体が大きくなっても、現場はずっと辞めないつもりです。
犬山 ところで、私たちの間では、子供の虐待をなくそうと思ったら、親のケアが必要だという話によくなります。
大山 うちの団体でも「虐待する親=悪魔」じゃないと必ず言っています。お母さん自身がDV(家庭内暴力)を受けていたり、愛情はあっても、うまく子育てができなかったり……子供を施設に預ける経緯は家庭によってさまざまです。まめに連絡をしてきたり、面会に来る親御さんもたくさんいます。
犬山 虐待の報道を見て怒りの感情が湧くのは仕方ないと思いますが、ではなぜ起こったのか、何があれば虐待は防げたのか、その目線を持つことは大事ですよね。
クラウドファンディングで活動を全国に
大山 児童養護施設には、家族の再統合というミッションもあります。だけど世間が「あの家に生まれてかわいそう」とか「虐待するなんてひどい親だ」という目で見ると、子供はさらに傷つき、親子の再統合がしづらくなってしまいます。せっかくの可能性をつぶすようなことだけはしてほしくないですね。
犬山 ところで現在、大山さんはクラウドファンディングをされていますよね。
大山 東京都内にある児童養護施設のチャボナビ(チャイボラが運営する社会的養護総合情報サイト)への掲載率は約90%に達していますが、今後、この活動を全国に広めるための資金を募っています。ただ、お金だけでなく、クラウドファンディングを通じて、多くの人に社会的養護の現状を知ってもらうことも大切な要素の一つだと思っています。
犬山 私も引き続き応援していきますので、頑張ってください!
NPO法人 チャイボラ公式サイト
チャイボラのクラウドファンディング:「全国の児童養護施設などの職員不足の現状を解決したい!」(支援募集は2021年12月25日の午後11時まで)
対談まとめ:林田順子 撮影:上平庸文