小西美穂(日本テレビ・キャスター):「50歳にして大学院に入学した理由」:犬山紙子対談 第6回
社会 ジェンダー・性- English
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時事問題のテーマを体系的に学びたいという欲求
犬山 大学院ご修了おめでとうございます。
小西 ありがとうございます。
犬山 そもそもなぜこのタイミングで大学院に行こうと思われたのですか?
小西 毎日ニュースの解説をしていますが、ニュースは日々流れていくもので、私はその時々に気の利いたことを言っているだけではないかと不安になってきたのです。もっと時間をかけて掘り下げたい、学問として体系的に学ぶことで自分に自信をつけたいと思ったのがきっかけです。
犬山 実際に行動に移すパワーがすごいですね。大学院で多くのことを学ばれたと思いますが、小西さんには「ジェンダーと政治」というテーマがあったと伺っています。
小西 政治部の記者や討論番組の司会を長く務める中で、ずっと問題意識を持っていました。集団的自衛権やアベノミクスなど、日本の進路を占う重要な政策がテーマでありながら、政治家も専門家もゲストはみんな男性で、女性は司会の私だけ。現在の衆議院議員の男女比は、男性9:女性1で、国政をこういう構成で決めるのはおかしいのではないかと。こうした問題を体系的に、そしてジャーナリズムとしてどう報じたらいいのかを学びたくて、ジャーナリズムコースを選びました。
犬山 なるほど、日々の問題意識があって専攻に至ったというわけですね。
なぜ「ジェンダーと政治」をテーマにしたのか
小西 それに加えて、「ジェンダーと政治」を専門領域にするために法学部の学生がとる「ジェンダー論」も聴講しました。ジェンダーとは何かという基礎はもちろん、スポーツとジェンダー、映画の中のジェンダーといった各論まで。ジェンダーは身近な所にすごく関わっているので、それらを体系的に学びました。ただ政治とジェンダーについては、多くの研究論文があり、「日本はなぜ先進国なのに女性議員が少ないのか」などは海外での研究対象になっているほどです。
犬山 それぐらい日本は他国と比べて少ないんですね。
小西 その中で私がオリジナリティーを出せる修士論文は何かと考えた時に、思い付いたのが女性の政治リーダー。とはいえ日本には女性の総理はいませんから、女性知事に着目しました。ちなみに、戦後に選ばれた知事は353人いるのですが、女性知事は何人いたと思いますか?
犬山 難しいですね……。
小西 7人です。
犬山 7人!? 少ないとは思っていましたが、そこまでとは……。
小西 それぐらい知事職は男性のほぼ独占状態で、女性が就任するのは難しい。ある知事経験者の女性は選挙区で「議員はいいけれど、知事は女性は嫌だ」と言われたそうです。
犬山 東京に住んで都知事の小池百合子さんの動向などに接していると、もう少し多いのかなと思っていました。
小西 現職では東京の小池知事と、山形県の吉村美栄子知事の2人だけ。吉村知事は4期目。しかも4期目の選挙の対立候補は女性の元山形県議。女性同士の対決でした。これは国内では初めてのことです。
犬山 山形県、進んでる!
小西 新型コロナウイルスの感染拡大によって、各知事がどういう視点で、どういう政策をとるのかに注目が集まるようになりましたが、知事の能力には男か女かは関係ないという認識がもっと広まってもいいのではないかと思います。
犬山 本当にそう思います。
女性知事を研究テーマに
小西 もう一つ、知事になった後にどういう政治運営をするのか、前任の男性知事と女性知事を比較するデータ分析を行いました。どうなったと思いますか?
犬山 子育て関連に予算を増やしたり……。いや、逆に「女性知事だからってなめられてはいけない」とすごく保守的に振る舞ってしまう……?
小西 犬山さん、すごく洞察力がありますね。結局、変わらなかったんです。
犬山 え?
小西 私も驚きました。変わると思って論文を書こうと思っていたのに(笑)。つまり議員は選挙区の代表で専門性が問われますが、知事は行政府の長で全体を監督する立場なので、ゼネラリスト(広範囲にわたる知識を持つ人)が求められる。一方、男性でも女性の立場に立った女性政策を行う知事もいます。「女性知事だから女性政策をやる」というのは私の一種のバイアス(偏向した考え)だったと勉強になりました。
犬山 私にもそうしたバイアスがすごくありました。
小西 ただデータ上は同じなのですが、女性政策をやるつもりがなかったのか、やろうとしたけどできなかったのかを、女性知事経験者にインタビューしてみました。すると「やりたいと思ったけれど、知事は全般に関わらなければいけない。女性政策を前面に押し出すと、反発されて他の政策が通らなくなる」というジレンマがあることが分かったのです。
女性を待ち受ける3つのハードル
犬山 女性特有のハードルですね。
小西 そうです。修士論文の中では、構造的ハードル、心理的ハードル、政治的ハードルの3つに分けて論じました。心理的なハードルで分かりやすい例は、女性リーダーが会議などでリーダーシップを発揮すると「女なのに生意気だ」となる。逆に謙虚に優しく振る舞えば「やっぱり女性は駄目だ」となる。リーダーシップはジェンダー規範と深く結びついていて、根底には政治は男性がするものだという規範がある。
犬山 女性が意見を言うと「生意気だ」と思われることは、仕事でもありますよね。
小西 犬山さんがリーダーだったら、犬山さんの個性、犬山さんのリーダーシップがあって当然なのに、「犬山さんの」ではなくて「女性の」になってしまう。
犬山 男性だと個人として見てもらえるけれど、女性はまず女性という立場で見られてしまう。一方で男性でも柔和な方がトップに立つと「優柔不断だ」と、バッシングにあったりします。
小西 おっしゃる通り。トップダウンのリーダーシップを好まない男性も当然いるはずなのに、リーダーシップが男らしさと結びついているからそうなる。今回学んだのは、ジェンダーは一つの教養だということ。「昔は良かったけれど、今の時代はアウトだよ」と学び合うことが大切です。これを私は「半径3メートルのジェンダー」と言っています。
犬山 素敵な言葉ですね。
小西 例えば「あのCMどう思う?」でもいいし、ドラマの内容でもいい。周りの人とジェンダーについて話す機会を増やしていければいいですよね。身近な人の中にも誰かを見て「わ、オカマっぽい」とかポロッと言う人っていませんか? 身近な人であればあるほどショックが大きいし、どうやって指摘したらいいのか、困惑することがあります。
犬山 わかります! 本人は悪気がないんですよ。そういう世界、価値観で生きてきたから。
小西 そうそう! よく何を言ったら駄目なのかが分かるマニュアル的なものがほしいと言われることがあるのですが、根本的になぜこの表現はふさわしくないのか、どんなことで傷つく人が出るのかが想像できなければいけない。
メディアはあぐらをかいていてはダメ
犬山 そうですね。○か×かで判断して、ただの言葉狩りになってしまっては意味がない。ところでメディアに長く関わられる中で、世の中の変化を感じることはありますか?
小西 一つ目は若い人がテレビを見なくなったこと。二つ目はみんなが情報を発信できるようになったこと。それだけに誤っていたり、誰かを傷つけるような情報も出てきています。
犬山 裏取りやエビデンス(証拠)に基づいて、プロであるメディアが発信することの大切さは私も感じています。
小西 ただ、あぐらをかいていたら駄目です。情報はSNSの方が早いこともあるし、誰かの投稿に重要な情報が潜んでいることもある。若い人はテレビから離れていても、他の媒体で情報をキャッチしていますから、そこに有益と思われる情報を流していくことも今の時代には重要です。だからTikTokも勉強しました(笑)。
犬山 え? やってらっしゃるんですか!?
小西 いえ、アカウントを作って見ているだけです(笑)。ただこういう媒体で私にどんな貢献できるのかを考えたり、頭を柔らかくして、若い人に教えてもらうことは大事ですね。「昔はこうだった」とか成功体験に酔っている人には、若い人は教えてくれないですから。
犬山 確かに若い人に指摘してもらえる大人でい続けることは大事です。
小西 そうです。自分の領域を出て全く違うことに触れないと凝り固まる。それこそバイアスは年数がかさむと硬くなりがちですから。そういう意味でも、大学院という外の領域に出たことは私にとって大事なことでした。
犬山 私もどこかに出ないと。何がいいですかね。
小西 今はコロナでオンラインのウェビナー(インターネット上で行われるセミナー)がいっぱい出てきて、海外の方の話もただで聞ける時代。そういうものを活用して新しい領域に出るというのも手ですね。
犬山 そう考えると勉強したいことは結構あります。私は小西さんのように、マスコミの中にいる方が自発的に大学院でジェンダーを学ばれ、そしてこの先もマスコミに関わっていかれることに希望を感じています。今、マスコミも少しずつ変わってきているところだと感じるのですが、なかなか難しい部分もある。そんな中で小西さんの行動がいちコメンテーターとして、いち視聴者として、とても頼もしく感じるんです。それにこういう先輩が職場にいたら最高だな、とも思います。本当にお話を伺えて良かったです。ありがとうございました。
対談まとめ:林田順子 写真:上平庸文