栗原菜緒(ナオランジェリー代表)「女性の尊厳をランジェリーで美しく包み、守りたい」:犬山紙子対談 第3回
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外務省の実態に幻滅して下着の世界へ
犬山 栗原さんにご出演をお願いしたのは、「女性の誇りや尊厳を美しく包み守る」というブランドのコンセプトにとても共感したからなんです。
栗原 すごくうれしいです。
犬山 栗原さんは元々は外務省に勤務されていたんですね。
栗原 きっかけは高校1年の時に読んだ「南京大虐殺」。私は衝撃を受けて、「日本はどうなっているんですか!」と職員室に駆け込んだら、先生から「これは一つの見解です。もっといろいろな説があるから、ひと通り自分で勉強したうえで意見を持ちなさい」と言われました。
犬山 すごくいい先生ですね。
栗原 そこからすごく政治に興味が湧いて、外務省国際法局に入りました。ところが入って知ったのは「官僚社会ってヤバイな」ということ(笑)。国民の陳情を聞いて政治家が提案してきたことをつぶすのは官僚なんです。しかも偉くなるほど人間関係などのしがらみが増えてきて、忖度(そんたく)で決定されていく。これを40年やるの? と思ったら、ここにはいられないと思いました。
犬山 それはつらいですね……。
栗原 そこで夢がぷつっと切れてしまい、外務省を辞めました。ランジェリー好きの私は補正下着屋さんでアルバイトを始めたのですが、私が好きなのはアートのように美しい、インポートランジェリーの世界観なのだと気づいたんです。
犬山 真逆ですね。
栗原 そうですね。だから1セット10万円もするような補正下着をお客さんに売るのが心苦しかった。では、どのメーカーなら自信を持って売れるのかと探してみたら、日本には自分の好きなブランドがないと気づいて、だったら自分で作ってしまおうと考えました。
犬山 「ないから作っちゃおう」という行動力が本当にカッコいい。
栗原 私は「思いは足に出る」という言葉がすごく好きなんです。「自分が生きていてもいいと思えるような、何かしらの価値を生み出したい」という強い気持ちが行動につながったのだと思います。
花柄のブラジャーが女性としての誇りを与えてくれた
犬山 そもそも、なぜそんなにランジェリーがお好きなんですか?
栗原 少し長くなるのですが、一つは私が育ったのが「ザ・家長制」という家だったこと。祖母が1番の権力者で、運動も勉強もできて、イケメンの兄に家族全員の関心が向いていた。一方で何かがなくなったら私のせい、ご飯の時間も私だけご飯をよそってもらえなかったり……。自分にとって家の中は戦場で、居場所がないとずっと思っていました。嫁いで来た母も立場は同じで、それってやはり女だからなんですね。
犬山 そんな……。
栗原 もう一つは幼稚園、小学校、中学校と3回性的被害にあったことです。だから女であるからこそ傷ついてきたという気持ちがすごくあった。
犬山 3度も……本当に辛い。私も幼稚園の時に性的被害に、中学生の時も電車通学で何度も痴漢にあっています。非力で反撃できなさそうな相手を狙う、弱者とみなされるとそういう目に遭ってしまうことに激しく怒りがあります。
栗原 私も痴漢にあう回数がものすごく多くて。高校生の時に1回捕まえたことがあります。
犬山 すごく勇気がありますね。相手が何をしてくるかわからないので私は何もできずじまいでした。
栗原 でも、そこで待っていたのはびっくりする現実でした。婦警さんから「初犯だから許してあげて。だいたいあんたもスカート短くしているからいけないんだよ」って怒られた。
犬山 婦警さんが!? 最低ですね。
栗原 大人が守ってくれない、大人がそれを認めてしまうのはすごく怖いことだと思いました。
犬山 勇気を出したのに、守ってくれるはずの大人に、逆に責められるようなことを言われたら、再度傷つきますよね。傷つくし、その先大人を頼ろうと思えなくなるのも深刻です。性的被害や痴漢にあったとき、私はまだ成熟していない少女でしたが、プライベートゾーンに対して誇りを持てなくなりましたし、大切なものだとも思えない。当時はひたすら混乱していました。誰にも言えず、混乱した気持ちを落ち着けようと痴漢を正当化しようともしていました。今考えると、あれは自分の性に対して主体性を奪われたような感覚。本来はそんな時に「相談しよう」と思える環境があり、「あなたは悪くない」と声をかけ、メンタルケアにつなげる対応が必要でした。
栗原 すごくわかります。そんな私が中学2年の時にブルーの花柄のブラジャーを買ってもらったんです。スーパーで売っているような普通のブラジャーなのですが、身に着けた自分を見た時に、初めて自分をきれいだと思えた。ありのままの自分と向き合い、自分の体を美しいと思った時に、ずっと女であることに傷ついてきたけれど、女性でよかったと感じられた。
下着に添えたメッセージに込めた思い
犬山 他者の目線は介在することなく、自分の評価軸で美しいと思える。
栗原 そうです。そこから私は下着が好きになって。冒頭のブランドのコンセプトも自分の経験から来ています。
犬山 もし私が中学生の時に「あなたの体はすばらしい。自分で自分の尊厳を守っていこう」というコンセプトのランジェリーがあったら、心が安らかになったでしょう。下着一つ一つにもメッセージが添えられていますよね。「冷静さと余裕さを持って穏やかにいたい」「私の中の強い愛情を丁寧に大切に育てる」。こういう言葉に本当に心がときめきます。
栗原 気合を入れたり、何かに立ち向かう時にハートに近い位置にあるランジェリーにメッセージがあると気持ちが少し変わる気がして、メッセージをつけました。
犬山 メッセージ一つ一つに、身に着ける女性に向けての愛情や優しい眼差しを感じます。
ところで私は「こどものいのちはこどものもの」と言う児童虐待防止の活動をしているのですが、栗原さんは児童養護施設の子供たちにファーストブラを贈る社会活動をされていますよね。
栗原 厚生労働省の発表によると、児童養護施設にいる子供の約6割が虐待を受けた経験があるそうです。本当は養護施設の子供だけに限りたくはないのですが、今できるのはこの形なんですよね。
犬山 栗原さんがSNSに書かれていた文章も素敵で。「私のお仕事は女性の自尊心や誇りを包ませてもらうことです」から始まり、児童養護施設の方が言った「子供たちは本当に自由に使えるお金がなくて、この間も下着が高いから買えないと悩んでいた子がいた。何年も前に買ったボロボロの下着を何度も何度も着ていて、見ていると本当にかわいそうになる」と聞いて、私にできることがあるならと活動を始められたと書いてあります。
栗原 見てくださったんだ、うれしい。
祖先が命をつないできたからこの体がある
犬山 児童養護施設の子供たちからリアクションがあったりはしましたか?
栗原 実際に触れ合うことはあまりありません。どんな大人がいるかわからないから、子供たちが傷つけられてはと、不特定の大人に会わせたがらない施設がすごく多いのです。ただ先生方からは「すごく喜んでいました」と報告をいただいています。今は養護施設を退所した18歳以上の人たち(18歳になり、高校を卒業したら児童養護施設を退所しなければならない)にも支援をしたいと思っています。親がいない彼らは23歳までに自殺する子がすごく多いそうです。その子たちのための居場所づくりをしている方が埼玉県にいらっしゃって、そこにこまめに通っています。
犬山 コロナ禍、特に苦しんでいる青年たちが多いんですよね。職を奪われたり、体調を崩した時に頼る先のない人の心労ははかりしれません。その活動はすごく興味がありますので、今度ご一緒させていただきたいです。ところでランジェリーのお仕事をされていると、いろいろな体型の方と接していらっしゃると思いますが、日本はまだ「痩せたい」と美意識が画一的ですよね。
栗原 接客をしていると、どんな人でもみんなコンプレックスを持って悩んでいることを実感します。だけど大前提として忘れてはいけないことがある。それは今自分が生きているということは、さかのぼれないぐらいの先祖たちが命をつないで産み落としてくれたから。だったら「まず、感謝では?」と思うんですよ。
犬山 あぁ、なるほど。
栗原 みんなが懸命に命をつないできてくれたから、この体がある。それを否定するのはナンセンスじゃないかと。まずは視点を変える。そして自分は人の基準に合わせないと決めること。だって、ぽっちゃりな体型が似合う子っているじゃないですか。似合う体型や好きな体型は人それぞれ。ボディポジティブについてのムーブメントは今世界中で広がっています。
犬山 どんな体型でも、自分の体を愛おしく、誇りに思う権利があるんですよね。そして、他者にそれをとやかく言う権利はない。
自分の体を愛してくれる人が周りにいればいい
栗原 それと他のメーカーさんを否定するわけではありませんが、今までのブラジャーはどちらかというと「おっぱいは大きい方がいいんだよ」というプロモーションだったと思うんです。
犬山 谷間を作るような。
栗原 そうです。みんなが「その方がいいんだ」という刷り込みができてしまった。これからはそういったものを壊していきたい。
犬山 自分のしっくりくる形があり、谷間ができるものもあり。多様性ですよね。
栗原 谷間が好きな人はそれでいい。うちのお客様でコンプレックスに悩んでいた女性がいたんです。だけど旦那様が全部好き、それも含めて好きとずっと言ってくれて、コンプレックスじゃなくなったと話していて。そうやって自分の体を本当に愛してくれる人だけが周りにいればいいんじゃないかと。
犬山 例えばパートナーを持たない人はどうしたらいいですか?
栗原 ケアをするというのは大事ですね。胸やデリケートゾーンも含めてケアをきちんとしてあげると自分の体に愛着を持ち始めるようになります。
犬山 なるほど。コンプレックスがあると見て見ぬフリをして「もういいや」と蓋をしてしまうけれど、ちょっとずつ愛情をかけてケアをしていく。
栗原 現実の体が大きく変わることはありませんが、マインドが変わって、自分の体が可愛くなってくる。
犬山 女に生まれなきゃよかった、女に生まれたから今私はこんなに辛いと思っている方が正直いると思うのですが、愛情を持って体を育てて、美しいランジェリーをつければ「この形で生まれてきてよかった」と思えそうです。今日お話を伺って、ますますブランドのファンになりました。ありがとうございました。
対談まとめ:林田順子
写真:山口規子