『OUT』から『路上のX』へ:桐野夏生が「出口が見えない」少女たちを描いた理由

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過酷な状況と闘う女性たちを描いてきた桐野夏生さんは、『路上のX』で「JKビジネス」に搾取されている少女たちをリアルに描いた。「このままでは終われない」と続編も予定しているという。いま若い女性たちを描くことにこだわるのはなぜかを聞いた。

桐野 夏生 KIRINO Natsuo

作家。1951年生まれ。93年『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞、98年『OUT』で日本推理作家協会賞、99年『柔らかな頬』で直木賞、2003年『グロテスク』で泉鏡花文学賞、04年『残虐記』で柴田錬三郎賞、08年『東京島』で谷崎潤一郎賞など、主要な文学賞を多数受賞。15年紫綬褒章受賞。最新作は『とめどなく囁く』(幻冬舎、2019年)

社会の闇、心の闇

作家を目指したきっかけの一つも、就職活動や職場で実感した女性差別による居心地の悪さだった。20代で結婚したが、“主婦”の自分にも違和感があったと言う。30歳を迎えてからロマンス小説や10代向けの小説を書き始め、ようやく創作なら自分の力が発揮できると感じる。1993年女性私立探偵村野ミロが主役のハードボイルド小説『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞を受賞。ミロのシリーズは何冊か書いて好評を博したが、作家としての評価を決定付けたのは、97年『OUT』だ。パートで働く平凡な主婦たちが、夫を殺してしまった同僚のためにその死体を処理したことから、死体解体を請け負う羽目になるというショッキングな設定が評判となった。2004年には英語版が刊行され、米ミステリー界で最も権威のある米エドガー賞の候補にもなった。

追い詰められた女たちを描いた『OUT』を契機に、社会問題をモチーフにした作品により比重を置くようになっていく。殺人や誘拐、失踪事件などが起き、いくつかの謎も絡ませながら最後まで緊張の糸を緩ませない。娯楽ミステリー小説とは一線を画して社会の闇、人間の心の闇を描きだす作風だ。

「一時期、ミステリー作家と呼ばれることが嫌で、もう(物語の中で)犯人探しはやめようと思ったんです。問題を抱えている人や、自分のせいではない、のっぴきならない状況に追い込まれて格闘している人を描くことの方が面白い。そうすると、どうしても社会のひずみを描くことになるし、虐げられている人、メインストリームから外れている人を描けば、必然的に女性の物語が多くなる。現代女性が直面している問題は複雑でデリケートなので、表層的な捉え方にならないように気を付けています」

トンネルの先に光はあるか

「連合赤軍事件」「東電OL殺人事件」など、実際の出来事にインスパイアされ、想像力を駆使して作品を構築することも多い。「いつも、ちょっと“怖い”と思いながら書いています。(実際の事件に着想を得た)虚構が現実にどういう影響を及ぼすか、どんな波紋を呼ぶか分からないので…」

『路上のX』の一つ前の作品、『バラカ』は東日本大震災の2カ月後に連載が始まった。当初は震災とは関係のない物語の予定だったが、書き始めたのは福島第1原発の4号機まで全て爆発した日本を舞台にしたディストピア小説だった。「(原発を巡る状況が)現在進行形だったので、ひどい間違いを書いてはいないかと不安でした。でも、震災後に何事もなかったかのようなフィクションは書けなかった」

『路上のX』連載中は、少女たちの未来がイメージできないまま「出口が見えない、暗黒のトンネルを行くようなもの」だと感じていたと言う。「書き終わっても達成感がなく、続編を書いてもいいですかと自分から申し出ました。これで終わっていいのかなという気がして…」

果たしてトンネルの向こうに出口を見いだせるだろうか。闇の中に一筋でも希望の光がさすことを、一読者として願わずにはいられない。

いまの若い女性たちの生きづらさは、自分が若い頃とは比較にならないと語る桐野夏生さん(2019年7月 東京都内)
いまの若い女性たちの生きづらさは、自分が若い頃とは比較にならないと語る桐野夏生さん(2019年7月 東京都内)

取材・文=板倉 君枝/撮影=土師野 幸徳(ニッポンドットコム編集部)

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