観光地・過疎地の新交通として注目を浴びる「グリーンスローモビリティ」
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世界遺産のまち日光に映える小粋な「10輪駆動車」
グリスロにはゴルフカートタイプとバスタイプがある。10人乗り以下の車両は普通自動車免許で運転でき、操作も比較的容易で、小回りが利くため狭い道でも通行しやすい。国土交通省と環境省は、地域が抱えるさまざまな交通課題の解決と、低炭素型モビリティの実現を同時にできる次世代交通サービスとして注目し、導入推進に向け実証調査や車両購入費補助など自治体への支援を行っている。
国土交通省が掲げるグリスロの特長は以下の5つ。
- Green(グリーン):電気で走るから地球環境にやさしい
- Slow(スロー):ゆっくり走るから街並みを楽しめる
- Safety(セーフティ):低速なので安全
- Small(スモール):小型なので狭い道でも問題なし
- Open(オープン):窓ガラスがないので開放的。車内の換気にも優れる
これらの特長を生かし、グリスロを新たな観光資源として活用しているのが栃木県日光市だ。東武バス日光と共同で、世界遺産エリア~西町エリアを周遊する21人乗りの“ミニバス”を運行している。
ベースとなる車両は群馬県桐生市のシンクトゥギャザー社が開発・製造した「eCOM-10」(全長4,995mm・全幅2,000mm・全高2,425mm)。全10輪(5軸)駆動で、1個1個のタイヤが小さいため床が低く(最低地上高150mm)乗り降りしやすいのが特徴で、フル充電(約9時間)で約100キロ走れるという。
日光市がグリスロの実証実験を始めたのは2020年11月。そこには「世界遺産のまち」ならではの悩みがあった。
江戸幕府初代将軍・徳川家康が祭られている日光東照宮や3代将軍家光の墓所のある日光山輪王寺(りんのうじ)、そして「日光の氏神様」と称される日光二荒山(ふたらさん)神社――これら二社一寺と称される歴史的建造物と、9つの国宝と94の国重要文化財を擁し、世界遺産「日光の社寺」として知られる。だが、世界遺産エリア以外にも日光市内には観光資源が数多くある。
代表的なのが世界遺産エリアの西側に位置する西町地域。日光田母沢(たもざわ)御用邸記念公園や憾満ヶ淵(かんまんがふち、化け地蔵)、日光真光(しんこう)教会、金谷ホテル歴史館といった貴重な文化財が点在している。
「ところが、世界遺産を訪れる観光客の多くは西町地域まで足を延ばさず、そのまま東武日光駅、JR日光駅に移動してしまう。一方で、西町地域は道幅が狭いため路線バスの乗り入れが難しく、交通手段の確保が課題となっていた」と日光市観光課の植木航平さんは語る。
この課題に、日光市と東武バス日光が共同で取り組み、誕生したのが「日光グリーンスローモビリティ」。観光客の回遊性を高め、日光での滞在時間をもっと増やしてもらうのが狙いだ。東照宮から徒歩5分ほどの輪王寺を発着点とし、世界遺産エリアと西町地域の各観光名所を結ぶ。実証実験を経て22年4月に本格運行が始まり、同7月には、東武日光駅・JR日光駅と大猷院(たいゆういん)・日光二荒山神社を結ぶ駅間(延伸)ルートも新設された。
2年目となる今季は、4月26日~11月23日の毎日、西町ルートを1日7周、駅間ルートを2往復する。運賃(西町ルートは大人200円、子ども100円。駅間ルートは通常の路線バスの運賃)の支払いは、現金のほか交通系ICカード、PayPay決済にも対応している。(日光市HP参照)
「東武バスさんの便利なツアー用フリーパスを利用して、特に平日は、車内に外国人観光客の姿が目立ちます。観光客のニーズに合わせて運行期間や時間帯、本数などを見直し、この先10年、20年と持続可能なモビリティに育てていきたい」と植木さんは話す。
潜伏キリシタンの聖地を巡る移動手段にも
こうした観光型グリスロは、日光市のほかにも各地で導入や実証実験が進められている。
東京都豊島区でも「eCOM-10」を使用して池袋駅周辺の4つの公園や主要施設を巡る「IKEBUS(イケバス)」を2019年11月から運行。レトロモダンな外観・内装は、JR九州の豪華寝台列車「ななつ星 in 九州」など数多くの交通車両をデザインした水戸岡鋭治氏が手掛けた。
一方、静岡県沼津市では2020年3月、伊豆箱根バスが民間事業者の路線バスとしては国内で初めて、沼津駅―沼津港間で運行をスタート。岡山県高梁(たかはし)市では、国重要文化財・備中松山城の城下町として発展した町並みを楽しんでもらおうと、4月~11月の主に土・日曜・祝日に、文化財などを約30分で巡るグリスロを30分間隔で運行している。
長崎県佐世保市黒島町では、黒島観光協会が世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の一つ、「黒島の集落」を巡る移動手段として21年12月に導入。今年1月にはソーラーパネルと蓄電器付きの車庫も完成した。
緑色の凝灰岩「大谷石(おおやいし)」の産地として知られる宇都宮市大谷町では、同地区の観光施設の入館・体験料、飲食店などで使えるお得なクーポン、各施設間をグリスロで周遊できるサービスをセットにしたワンデイパスポートを販売し、町おこしにつなげている。
無人自動運転移動サービスもスタート
グリスロの活躍の場は観光地ばかりではない。過疎地における地域住民の足としても期待されている。
中でも注目は、福井県永平寺町で5月28日から始まった、全国で初めての「レベル4自動運転移動サービス」。高度な自動運転機能を持つグリスロだ。
自動運転レベル4とは、遠隔監視の下、特定のルートで運行することなどを条件に、すべての運転操作をAIなどのシステムが行うもの。
永平寺町では、ヤマハ発動機製の7人乗り電動カートをベース車両に、遠隔監視用などのカメラや通信アンテナ、電磁誘導線センサー、超音波ソナーを搭載。経済産業省や国土交通省とも連携して実証実験を重ね、営業運行にこぎつけた。えちぜん鉄道永平寺口駅裏から曹洞宗大本山永平寺の門前までの遊歩道(公道)2キロを最高時速12キロで走る(利用料金は大人100円、中学生以下50円)。
無人自動運転による移動サービスは、とりわけ交通空白地域に暮らす高齢者ら交通弱者にとって利便性が高いだけに、永平寺町の取り組みが注視される。
国土交通省では25年度をめどに、全国50カ所程度で自動運転移動サービスの実現を目指しており、今後ますますグリスロの需要は高まりそうだ。
バナー写真:日光市西町地域の公道を周遊するグリーンスローモビリティ。背景の建物は日光真光教会。宣教師で設計者のJ.M.ガーディナーによって1916年に建てられたゴシック式建築。コンサートや結婚式にも利用されている 日光市提供