中居正広氏「性暴力」巡るフジテレビ問題から放送業界が学ぶべきこと

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田淵 俊彦 【Profile】

フジテレビが元タレント中居正広氏の性加害への対応について、第三者委から人権意識の低さを厳しく批判された。桜美林大学芸術文化学群教授で元テレビ東京プロデューサーの田淵俊彦氏は、今回の問題を教訓に放送業界全体の人権尊重と旧弊改善が急務だと指摘する。

第三者委、フジの対応を「二次加害」と指摘

元タレント中居正広氏の女性とのトラブルを巡る一連の問題で、フジテレビと親会社フジ・メディア・ホールディングス(FMH)の第三者委員会は3月31日、調査報告書を公表した。フジのアナウンサーだった女性を「業務の延長線上で、中居氏から性暴力による重大な人権侵害の被害を受けた」と認定。同社が事態を把握したにもかかわらず、被害者救済を優先せず、中居氏の出演を継続したことを二次加害と指摘し、社内の人権意識の低さやまん延するハラスメントを厳しく批判した。

フジの清水賢治社長は同日の記者会見で女性に謝罪し、関係者の処分と人権ロードマップ策定を含む改革を表明した。また、フジとFMHは報告書公表に先立つ3月27日、日枝久・取締役相談役の退任を含む経営陣の大幅な交代を発表し、企業風土の刷新を図る姿勢を示した。ただ、FMHの大株主であるアクティビスト・ファンド(物言う株主)からは、取締役の総入れ替えなど抜本的な変革を求める声が上がっており、フジ再建の行方は不透明なままだ。

今後、世間やメディアの注目は6月の株主総会に向けたFMHとファンドとの攻防に集まるだろう。しかし、放送業界は今回のフジ問題から教訓を学ぶことを決して忘れてはならない。

コンプラからレピュテーションリスクへ

近年、テレビ局で重視される概念は、従来の「コンプライアンス」から、ネガティブな評判による信用やブランド価値の低下リスクを意味する「レピュテーションリスク」の対応へと変化している。この背景には、インターネットやSNSの普及に伴う市民の意識の変容がある。テレビ局員やスタッフが業務の内外で非常識な行動を取れば、すぐにX(旧Twitter)などで拡散される。単に法令を順守するだけでなく、より高い倫理的・社会的責任を負うことが求められるようになった。

筆者もこうした変化をドラマ制作現場で経験したことがある。コロナ禍の最中、スタッフの「鼻出しマスク」に対し、撮影現場の地域住民から「こんなタイミングに、けしからん」というクレームの電話が入った。するとすぐに上層部から「レピュテーションリスクが高まるので気をつけるように」という注意勧告が降りてきたのだ。

当時はまだ一般的でなかった言葉だが、その後テレビ局、特に民放はこのリスクに敏感になった。それはまず株価を気にしてのことだった。だが、今回のフジ問題でレピュテーションリスクに注意しないと投資家だけでなく、CMスポンサーからもそっぽを向かれ、経営そのものが揺らぐことが明らかになった。経済界で国連の定める「ビジネスと人権」に関する指導原則への対応が進む中、テレビ局にはメディアである以前に、企業として人権を尊重する責任が生じている。

また、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資が広まり、企業統治において活動や意思決定の透明性を社会に示す必要性も高まっている。フジは今回の問題で中居氏がトラブルを起こしてから約1年半にわたり、事態を事実上隠蔽(いんぺい)したが、そうした透明性の欠如は現代の市民感覚から大きく乖離(かいり)するものになった。

中途半端な反省で終わらせるな

筆者が放送業界に入った1980年代後半、テレビは「メディアの雄」として特別視され、局員は「特権階級」のように振舞っていたが、今はそういうわけにはいかない。2019年に広告収入でインターネットに抜かれ、メディアとしての価値だけでなく、企業としてのブランド価値も失った。第三者委の報告書が指摘するように、人権やジェンダーを巡る旧態依然とした習慣はフジ固有の問題ではなく、他の局にも多かれ少なかれ存在する。業界全体でこの事実を受け止めて変革していかなければ、国民・視聴者からの信頼はさらに低下するだろう。

フジの清水社長が3月31日の会見で示した改善策は、筆者には絵空事のようにしか聞こえなかったが、それらが本当に実行されたか確認するには時間が必要だ。一部の企業はフジでのCM再開を検討していると報じられたが、安易な取引再開は放送業界のためにも、スポンサー側にとってもよくないと警鐘を鳴らしたい。

筆者の取材によると、一部のテレビ局はフジで止められたCMが自分たちに回ってきてうれしい悲鳴を上げているという。だが、それらの局は今回のフジ問題をひとごととして済ませてはいけない。

業界内には「早くフジに復活してほしい」という待望論も出始めている。テレビ局の周辺には多くの関連業者や従事者が存在するからだ。俳優やタレントを抱える芸能事務所、番組制作会社、ロケの仕出し弁当屋に至るまで、みなテレビの仕事で生計を立てている。フジの地盤沈下は彼らの経営にも響いてくる。

しかし、今は試練の時だ。焦ってはいけない。中途半端な反省で終わらせれば、今回の教訓は生かされず、同様の問題が繰り返される可能性がある。旧ジャニーズ事務所の性加害問題とフジの問題は、テレビ局が有力取引先による人権侵害に適切に対応しなかった点で地続きであり、旧ジャニーズの時に放送業界が真摯(しんし)に向き合わなかったことが、今回の問題の根底にあると考えるべきだ。業界全体の変化を促すためにも、スポンサーはフジの改革の進捗(しんちょく)を見極めたうえでCM出稿を再開するべきだと心を鬼にして言いたい。

「ヒト」を大切にし、文化を支える誇りを取り戻せ

最後に今回のフジの問題を踏まえ、放送業界が教訓とすべき点をまとめておく。

  1. 「特権階級」意識の払拭(ふっしょく):放送業界は既に社会における特別な地位を失っており、「メディアの雄」ではないとの現実を認識する。
  2. 「企業」としての責任の自覚:メディアである前に企業であることを認識し、法令順守だけでなく、社会的な責任と人権尊重を重視する。
  3. 「ヒト」を大切にする経営:企業の最も重要な資源であるヒト(社員、関係者)を尊重する心を忘れない経営を行う。
  4. 旧態依然とした体質の改善:「忖度(そんたく)」「隠蔽」「横並び」といったテレビ業界特有の悪弊を徹底的に改善する。

これらの教訓を生かすために、まずフジ自身が一企業としての信頼を取り戻す必要がある。そして業界全体は、本来担うべき放送文化の役割を再考しなければならない。利益追求も重要であるが、「マネタイズ」(収益化)に偏重するだけでは、テレビ局の存在意義は失われる。かつてテレビが目指した「おもしろいもの」「視聴者を楽しませる番組」を作るという気概や、時代を映し出し、自国の文化を支えるという誇りを取り戻さなければならない。

今回のフジの一件は、テレビ局の構造的問題を社会に広く示した。隠されていた事実が白日の下にさらされたことは大きな意味を持つ。放送業界が抱えるさまざまな課題を解決できるか、真の正念場はこれからだ。

バナー写真:フジ・メディア・ホールディングスとフジテレビの本社=東京・台場(Kazuki Oishi/Sipa USA via Reuters Connect)

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    桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授。慶應義塾大学法学部を卒業後、テレビ東京に入社。SMAPなど旧ジャニーズ事務所のタレントが出演するバラエティー番組のADを経て、世界の秘境や国内の社会問題をテーマとするドキュメンタリーの制作、ドラマのプロデュースを手掛けた。2023年3月にテレビ東京を退社し、現職。著書に『混沌時代の新・テレビ論』(ポプラ新書)など。

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