
給食考(後編) 食育─多様な食を通じて「生きる力」を育てる
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行財政改革が促した「ローカル化」
1991年のバブル経済の崩壊後、日本経済は長期にわたって低迷した。国は歳出縮減のため行財政改革に着手し、学校給食も「聖域」とはされなかった。学校給食への安定的な物資供給を目的に定められていた物資制度について、段階的に縮小していくことが97年の閣議で決定された。2000年3月に学校給食用米穀の値引き措置が廃止されるなど、戦後続いてきた国による一元的な学校給食用物資の供給体制に終止符が打たれる。これ以後、給食用食材の供給は各都道府県の特色、実情を反映した体制へ変わっていった。
埼玉県では1998年度から、県教育委員会の主導で「ふるさとの味の恵みを学校給食に」をスローガンとする取り組みが始まった。「地域の農水産物をその地元で消費しよう」という、いわゆる「地産地消」の運動を受けたものだった。当時の給食現場を知る教諭は「なかなか取り組みの理念を理解してもらえず、直接農家に出向いて説得し、食材の提供を依頼するところから始めた」と振り返るように、当初は苦労も多かったようだ。
コメが生産され、米飯として給食に提供されるまでの過程を学ぶ子供たち(学校給食歴史館提供)
富山県射水市では、地元の漁業協同組合が「地元の子供たちにふるさとの特産物ベニズワイガニを食べさせたい」と発案した給食が実現している。組合長自らが、高級食材であるベニズワイガニの生態や漁法、食べ方などを子供たちに語って聞かせたりして、地元食材を味わいながら学ぶように工夫が凝らされた。
「食育」の登場
放課後の塾通いで子供たちの帰宅が夜遅くなったり、共働き世帯が増えたりして、家族そろっての食事が難しくなって久しい。また、ファストフード店やコンビエンスストアの増加で、安価かつ気軽に食事が摂れるようになった。さまざまな理由によって食生活を取り巻く環境が急激に変化し、子供の「食の乱れ」を引き起こしているとする指摘も出始める。
政府は給食を通じて状況の改善を図るにあたり、「食育」という概念を登場させた。食に関する知識と、望ましい食習慣を子供たちが身につけ、健全な食生活をおくる力を養うこととされる。皮切りとなったのが、学校現場において食の指導に当たる栄養教諭の制度で、2005年4月に導入された。同年7月には、食育の普及と改善を目的とする食育基本法が施行され、08年6月には「学校における食育の推進」を新たに明記した改正学校給食法が成立した。こうして給食を「生きた教材」とする食育の環境が整えられた。
給食を通じた食育の重要な視点としては、次の6点を挙げることができる。
- 食事を摂ることの重要性
- 心身の健康への影響
- 適切な食品を選択する力
- 感謝の心の育み
- 社会性の醸成
- 食文化への理解
これら6項目を鍵として、生涯にわたって通用する「『食べる力』=『生きる力』」を育むことが、食育の主眼となっている。地場産食材の積極的な活用、国際化に対応したメニューの考案といった多様化の試みは、いずれもこの文脈においてのものだ。
日韓サッカーワールドカップ開催時に、カメルーン代表のキャンプ地となった大分県中津江村で提供された給食を再現。カメルーン料理のメニューが並ぶ(学校給食歴史館提供)
国際的スポーツイベントがあった年には、バラエティーに富んだメニューが各地の学校に登場した。02年の日韓共催サッカーワールドカップ、19年のラグビーワールドカップ日本大会、21年の東京オリンピック…。参加チームのキャンプ地となった地方自治体では、各国、各地域の多様な料理が学校給食向けにアレンジして提供された。
このほか、各地方自治体が友好提携などを結ぶ海外の都市のメニューを企画することもある。大まかな特徴としては、南北アメリカは豆とトマト、唐辛子の組み合わせ、ヨーロッパはジャガイモと肉、チーズと、日本の普段の食事とは大きな違いがある。海外旅行の機会が多くなった今でも、なかなか訪れることのない国・地域もあり、楽しみながら世界の食文化を学べる給食の教育効果は非常に大きいといえるだろう。
イタリアの食文化を学ぶために提供された学校給食のメニュー(学校給食歴史館提供)
重くなる保護者負担
学校給食の調理方式は、大別して以下の3 通りがある。
- 単独調理場(自校)方式。学校に調理をする給食室があり、その学校分の調理を行う
- 共同調理場(センター)方式。複数の学校分をまとめて調理した上で学校に配送する
- その他。民間業者によるデリバリーなど
各方式とも、地域の実情に応じて実施されている。いずれにしても、学校給食を実施する上で安全確保は大前提であり、「学校給食衛生管理基準」に基づいて施設・設備の管理、食品の取り扱い、調理など、多くの項目にわたって衛生管理の徹底が図られている。思いもよらぬノロウイルス食中毒の発生などがありえるほか、近年は食物アレルギーを持つ子供たちが増加傾向にあるため、各種マニュアルの見直しや適切な管理体制の整備など、組織的な対応がなされている。
学校給食ではさまざまな種類のパンが提供される(学校給食歴史館提供)
続いて学校給食に関わる経費をおおまかにみると、公的負担と保護者負担の2つで支えられている。施設の設備費、修繕費、人件費、光熱水費は、学校設置者(地方自治体)の負担となっているが、食材費は保護者から「給食費」として徴収している。ロシアのウクライナ侵攻に伴う穀物の供給不安、原油や飼料の価格高止まり、世界的な異常気象、鳥インフルエンザのまん延など、生活に直結する問題は、当然ながら給食にも大きな影響を及ぼしている。ここ2~3年の食材費高騰は保護者が負担する給食費だけでは賄いきれないレベルに達し、昨年夏ごろから主食のコメの高騰が重くのしかかる。新たな支援策が必要なのはいうまでもない。
文部科学省の調査によると、学校給食は2023年5月現在、全国の小学校と中学校、29204校の児童・生徒(約917万人)に対して実施されている。ところが、21年に行われた内閣府の調査では、全国の公立小中学生の14%、およそ7人に1人が就学援助や生活保護による給食費支援を受けている。前編でも記したが、子供たちが家庭事情に左右されずに食事を取れるようにするのが、日本の給食の本来的理念である。それは、「飽食の時代」とされる現代でも変わらない。
無償化だけではなく…
文科省による別の全国調査では、23年9月時点で公立小中学校の給食を完全無償化している自治体は、全体の約30%にあたる547自治体だった。上記のような食材価格の高騰を受けて保護者の経済的負担を減らす目的や少子化対策などから、給食費無償化を実施する自治体は増えており、17年の調査から約7倍になった。
東京都の全自治体では、25年1月から公立小中学校の給食無償化が実現した。だが、「居住する自治体によって格差が生じるのは問題」「無償化は本来、国の責任で行われるべきものだ」とする意見も強く、国会での大きな論点となっている。ただ、日本独自の学校給食制度を維持、継続する上では、給食費負担に関してだけでなく、「子供たちにとって、より良い給食とは何か」という視点も重要だ。
私が館長を務める学校給食歴史館は、時代ごとの献立レプリカ、給食風景の写真を展示している。社会や経済の情勢、食糧事情を映し出す展示物は、当時の関係者らが多大な熱意と努力で困難を乗り越えてきたことで、現在の学校給食があるのだと教えてくれる。そこからは、子供たちの健やかな成長と明るい未来を願った人々の強い意志もひしひしと伝わってくる。
学校給食の歴史についての展示を見学する台湾・台北市の給食関係者ら(学校給食歴史館提供)
子供たちには、笑顔で今日の給食を「おいしい」と味わい、明日の給食を「楽しみ」と期待してほしい。そして、給食を通じて自らの命の大切さを学びつつ、食材の生産者や給食の作り手、ひいては社会や世界全体に思いを至らせるようになってほしい。学校給食の関係者の一人として、その実現にこれからも取り組んでいくつもりだ。
バナー写真:給食で提供されたベニズワイガニの殻の外し方を漁協の女性から教わる小学生ら=2024年10月8日(富山県射水市教育委員会提供)