国軍クーデター4年:邦人男性が見た内戦下のミャンマー

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古庄 哲夫 【Profile】

2021年にミャンマー国軍が全権を掌握した軍事クーデターから4年がたった。国軍と武装勢力の内戦は依然として激しさが続く中、ミャンマーに住む人々はどのように生活しているのか。現地在住の日本人、古庄哲夫さん(仮名)が現状を報告する。

世界が注目した「ラストフロンティア」

4年前の出来事は、まさに昨日のことのように鮮明に覚えている。それからのミャンマーは本当に地獄絵という言葉がふさわしい光景が広がっていた。情報収集をしようにもインターネット回線、電話回線が遮断され、全く入手できない。あの時の私は、世界から隔離されてしまったように感じた。

そもそも、私がミャンマーに来るきっかけになったのは2012年11月、当時のオバマ米大統領がミャンマーを訪れ、民主化指導者・アウンサンスーチー氏と固い握手を交わす映像をテレビで見たことだ。あの瞬間、ミャンマーがとてつもなく夢のある国になるのではないかと直感した。それをこの目で見たいと思った。そして、私はミャンマー入りを果たした。

13年7月に全日本空輸(ANA)が大型機を投入し、成田と最大都市のヤンゴンを結ぶ便を毎日就航させた。それまでビジネスジェット機が3日に1度の運行だったので、アクセスは格段に向上した。さらに日本のメディアが相次いでミャンマーを「ラスト(最後の)フロンティア」と命名して特集したこともあり、ビジネスチャンスを模索する日本人がこぞってやって来るようになった。ピーク時のミャンマー日本商工会議所(JCCM)の会員企業は400社を超え、ヤンゴン在住者と短期出張のビジネスパーソンを合わせると常に5000人の日本人がいたと言われる。かつてヤンゴン市内に1店舗だけだった日本食レストランも、民主化された16年時点で200店舗に急増した。どこも予約すら取れないくらいの繁盛ぶりだった。

政変後から続く低成長と高インフレ

しかし、クーデター以降は何もかもが一変した。新型コロナの終息に伴い、国内が少しずつ落ち着きを取り戻しているが、今も低成長・高インフレから抜け出せずにいる。外貨不足が深刻になり、預金口座からドルはともかくとして、ミャンマーの通貨・チャットでさえも自由に引き出せなくなった。ドル不足のために、異常な石油不足も経験した。ヤンゴン港に石油タンカーが停泊しているのに、外貨不足で燃料を引き取ることができず、連日、ガソリンスタンドには長蛇の列ができた。給油するまでに丸2日間並ぶこともあった。現在、ガソリン不足は一応解消されたが、高インフレが長引き、市民生活を圧迫していることに変わりはない。

私がミャンマーに来たころは、1ドル=1500チャット前後だったと記憶しているが、チャットの大量発行によって2024年の夏には一時、同7000チャットまで暴落。チャット安や自治悪化で貿易が混乱したために物価は2倍を超え、中でもガソリン価格はクーデター前の5倍に跳ね上がった。

軍政はドルの流出を防ぐべく、ドルの引き出しや輸入に関しても厳しく制限している。一般企業に対する輸入ライセンスは、ヤンゴン近郊のティラワ経済特区だけに発行されており、それ以外の企業には輸入が認められていない。日系大手自動車メーカーのディーラートップは、需要はあっても肝心な商品である車が手に入らず、お手上げだと嘆いている。これは外国企業だけでなく、海外と取引をしているミャンマー企業にもいえることで、外貨獲得の手段がない限り、この状況は続くだろう。

電気料金の大幅値上げで経済活動が停滞

さらに追い打ちをかけたのが、2024年6月に政府が「安定供給」を理由に突如、電気料金の値上げを通達したことだ。電気が使えるのは今でも2日に1度で8時間程度。それなのに料金だけは2.5倍になり、これでは何のための値上げだったのか、さっぱり分からない。電気料金の値上げは工場経営者にとって死活問題。発電機の燃料代が月に数万ドルにも膨らむため、当地の人件費が安いというメリットを相殺している。

日本企業の撤退も相次ぎ、JCCMの加入社は登録上、約300社とされているが、実際に稼働している企業はその半分と言われる。ヤンゴンには現在、約500人の日本人が残って経済活動をしているが、一時はもてはやされたかつてのミャンマーの姿は、みじんも感じられない。日本人に限らず、ミャンマーに残ったビジネスパーソンは、命懸けで仕事をしていると言っても過言ではない。30年以上住み続け、昔の軍政時代を知る友人も「これまでで最悪な状況」と嘆いている。

強制連行され、戦場に送り込まれる少年

私が住むヤンゴン市内は比較的安全ではあるが、ひとたびヤンゴンを離れると、場所によっては空爆で焼き尽くされ、住民全員が路上生活を強いられているのが現状だ。

軍政に対抗しようと、民衆が立ち上げた市民防衛隊(PDF)は、各地で激しい内戦を繰り広げ、軍側がかなり劣勢となっている。兵力不足も深刻で昨年6月、急きょ、徴兵制が通達された。若い男性が中心だが、女性も後方支援部隊として徴兵される例も出ている。徴兵制は当初、18歳以上の男女が対象で、実際は18〜45歳の男性に限られていた。しかし、聞くところによると、夜間に外出している14、15歳の少年に酒やたばこを強要して大人とみなし、無理やり連れ去って兵士に仕立ているという。武器の扱いを全く知らない若者がそのまま最前線へ送り込まれ、多くの命が犠牲になっている。徴兵制を逃れようと、日本を含む海外に避難する若者も増えている。

また、軍によって学校が爆撃されたり、通勤途中の教師が軍によって殺害されたりして、教師が通勤をボイコットしているため、多くの学校で授業再開のめどがたっていない。義務教育が受けられない子どもたちの行く末が心配だ。

「最新の開拓地」としての再生に期待

ミャンマー専門の外交官として計5回、27年間にわたって駐在した丸山市郎大使が昨年帰任してから、日本政府は現在もミャンマー大使を配置していない。邦人にとって、大使不在ほど心細いことはない。

「ラストフロンティア」から「ロスト(失われた)フロンティア」に成り下がってしまったミャンマーに果たしてこの先、明るい未来が再び訪れる日が来るのか、そして再び民主化される時代は来るのだろうか。ミャンマーに神のご加護と、いずれは「レイテスト(最新の)フロンティア」と呼ばれる日が来ることを願って止まない。

バナー写真:ヤンゴンで拘束されたミャンマーの民主化指導者・アウンサンスーチー氏の実家の門の外でジャーナリストに囲まれる警察官、2025年2月5日(AFP=時事)

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    アウンサンスーチー 民主化 ミャンマー軍事クーデター

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    海外市場調査を生業とする経営コンサルタント。

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