花盛りの芸術祭、現代アートは地域活性化の切り札になり得るか

旅と暮らし 美術・アート 文化 地域 政策・行政

現代美術をテーマにした芸術祭が近年、日本各地で数多く開かれるようになった。特に地方での芸術祭は、観光誘客など交流人口の増加、経済波及効果が期待されている。果たして芸術祭は、地域活性化の切り札なのか。成功の秘訣(ひけつ)を探った。

岡山に作品集結「地域の魅力可視化」

自然豊かな津山市や新見市、奈義町など岡山県北部の12市町村を舞台に「森の芸術祭 晴れの国・岡山」が、2024年11月24日まで58日間にわたって開かれた。初開催となった現代美術の祭典には、海外の美術家はブラジル出身のエルネスト・ネト、韓国のキムスージャらを揃え、国内からも写真家・映画監督の蜷川実花、建築家の妹島和世、写真家の川内倫子といったそうそうたるアーティストが参加した。一昨年に亡くなった坂本龍一と、ダムタイプの高谷史郎が共同制作した作品も展示された。

岡山県北部には過疎化に悩む自治体が多く、人口と産業が集中する岡山市や倉敷市といった南部と経済的な格差がある。県内の「南北問題」を是正すべく、美術の力を借りて地域資源を発信しようと、森の芸術祭が生まれたのだ。岡山駅と津山駅発着の公式バスツアーを設けたり、ローカル鉄道や循環バスの増便したり、旅行会社にツアー商品を作るよう活発に働きかけたりして、誘客を図った。

森の芸術祭で、屋内ゲートボール場内に展開されたレアンドロ・エルリッヒのインスタレーション「まっさかさまの自然」=2024年9月27日、岡山県奈義町(森田睦撮影)
森の芸術祭で、屋内ゲートボール場内に展開されたレアンドロ・エルリッヒのインスタレーション「まっさかさまの自然」=2024年9月27日、岡山県奈義町(森田睦撮影)

金沢21世紀美術館の目玉作品である「スイミング・プール」で知られるアルゼンチン出身のレアンドロ・エルリッヒは、模造の木を天井から逆さにつって、床に鏡を敷き詰めたインスタレーションを制作した。岡山県の自然豊かな山に触発されたという。森のように緑に囲まれた、仮設の展示空間の中央に架けられた橋を渡りながら下をのぞき込むと、鏡に映る木々がかすかに揺れているのが分かる。本物の池に架かった橋を渡っていると勘違いしてしまう。錯覚を用いて鑑賞者の常識を揺さぶる体験型の作品を多く手がけるエルリッヒならではと言える。

台湾のジェンチョン・リョウは、岡山県北部に生息する鳥「ヤマセミ」の巨大彫刻(高さ約6.5メートル)を屋外に設置した。金属の細い羽根板で形づくられた作品の中にコブシの木を植え、周囲の自然とのつながりを意識した。

森の芸術祭に出品したヤマセミをモチーフにした自身の作品「山に響くこだま」の前に立つジェンチョン・リョウ=2024年9月28日、岡山県鏡野町(森田睦撮影)
森の芸術祭に出品したヤマセミをモチーフにした自身の作品「山に響くこだま」の前に立つジェンチョン・リョウ=2024年9月28日、岡山県鏡野町(森田睦撮影)

蜷川のクリエーティブチームは、金田一耕助が活躍する横溝正史原作の人気作『八つ墓村』の映画やドラマで何度もロケ地になった洞窟「満奇洞」で、無数の彼岸花の造花を散らし、ライトアップして幻想的な風景を作り出した=バナー写真=。その他の会場にも、参加アーティストの興味深い作品がちりばめられていた。

また、芸術祭限定で地元食材を使った弁当や特産品の白桃をイメージしたパンなども販売し、食の魅力を発信する機会にもなっていた。

期間中の観覧者は52万人超。アートディレクターを務めた長谷川祐子(金沢21世紀美術館館長、東京藝術大学名誉教授)は「地震が少なく資源があるこの場所は一つの可能性。アートはそうした土地のストーリーを見つけ、私たちに見えるようにしてくれる。魅力を可視化するのにアーティストの力が有用になってくる」と、芸術祭の意義を強調する。

建築家の妹島和世(中央)が手がけた椅子に腰掛けてくつろぐ、森の芸術祭のアートディレクター・長谷川祐子(左)と参加作家のレアンドロ・エルリッヒ=2024年9月28日、岡山県真庭市(森田睦撮影)
建築家の妹島和世(中央)が手がけた椅子に腰掛けてくつろぐ、森の芸術祭のアートディレクター・長谷川祐子(左)と参加作家のレアンドロ・エルリッヒ=2024年9月28日、岡山県真庭市(森田睦撮影)

先駆けは2000年の新潟「大地の芸術祭」

世界の現代美術の芸術祭では、イタリアのヴェネチア・ビエンナーレ(1895~)、ドイツ・カッセルのドクメンタ(1955~)、ブラジルのサンパウロ・ビエンナーレ(1951~)などが広く知られているが、日本の先駆けは新潟県の越後妻有(つまり)地区で2000年に始まった3年に1度の「大地の芸術祭」だろう。過疎や高齢化といった課題に直面している、日本有数の豪雪地帯の自治体は、アートによって地域の魅力を引き出し、交流人口の拡大を図ろうと計画した。

大地の芸術祭に出品された、家がチューインガムを膨らましているように見えるマ・ヤンソンの作品「野辺の泡」=2024年7月12日、新潟県十日町市(森田睦撮影)
大地の芸術祭に出品された、家がチューインガムを膨らましているように見えるマ・ヤンソンの作品「野辺の泡」=2024年7月12日、新潟県十日町市(森田睦撮影)

現代美術を鑑賞しながら、大自然を満喫し、さらに郷土の文化や料理も楽しめる。そうした新しい試みが受け、来場者数は回を重ねるごとに増えていった。初回が16万2800人に対し、2022年は57万4138人にまで伸ばしている。

大地の芸術祭の来場者数と参加集落数

「大地の芸術祭」に続き、各地に芸術祭が次々と誕生した。札幌国際芸術祭、山形ビエンナーレ、リボーンアート・フェスティバル(宮城県)、中之条ビレンナーレ(群馬県)、さいたま国際芸術祭(旧さいたまトリエンナーレ)、奥能登国際芸術祭(石川県)、岡山芸術交流、やんばるアートフェスティバル(沖縄県)……。

各地に次々…「瀬戸内」は最大の成功例

最も成功している例の一つとして、瀬戸内海の島々で3年ごとに開催される「瀬戸内国際芸術祭」が挙げられる。直島(香川県)に地中美術館などを建設した福武總一郎(ベネッセホールディングス名誉顧問)らが音頭を取って、2010年に始まった。ジェームズ・タレル(米国)、クリスチャン・ボルタンスキー(フランス)、オラファー・エリアソン(デンマーク/アイスランド)といった海外の現代美術の巨匠や、草間彌生、横尾忠則、杉本博司、内藤礼、名和晃平らの国内のビッグネームから新進気鋭の作品が会場エリアに数多く集積されている。安藤忠雄やSANAA、三分一博志といった建築家の作品もあり、普段から作品群を堪能するため多くの観覧者が訪れる。

直島に常設されている草間彌生の『赤かぼちゃ』=2010年9月28日、香川県直島町(森田睦撮影)
直島に常設されている草間彌生の『赤かぼちゃ』=2010年9月28日、香川県直島町(森田睦撮影)

李禹煥(リウファン)美術館や豊島美術館などの施設も続々と整備され、恒久的に設置されている作品も増え、今や会期中でなくても国内外から多くの人が訪れる「現代美術の聖地」になっている。展覧会やイベントで来日した海外の美術関係者をアテンドするギャラリースタッフから「必ずと言っていいほど直島を観光にリクエストしてくる」と、聞かされることがしばしばあり、海外の注目度も高い。

大竹伸朗が手がけた実際に入浴ができる美術施設「直島銭湯『I♥湯』」。現在も営業している=2010年9月28日、香川県直島町(森田睦撮影)
大竹伸朗が手がけた実際に入浴ができる美術施設「直島銭湯『I♥湯』」。現在も営業している=2010年9月28日、香川県直島町(森田睦撮影)

2016年の瀬戸内国際芸術祭の期間中に多くの外国人観光客が訪れた。写真中央奥の白い屋根は、棚田の風景に溶け込むように設計された豊島美術館=香川県土庄町(時事)
2016年の瀬戸内国際芸術祭の期間中に多くの外国人観光客が訪れた。写真中央奥の白い屋根は、棚田の風景に溶け込むように設計された豊島美術館=香川県土庄町(時事)

瀬戸内国際芸術祭の実行委員会によると、新型コロナウイルスの感染拡大前の2019年の来場者数は100万人を超え、経済波及効果は180億円、新型コロナウイルス感染症の影響があった22年でも103億円にのぼるという。

瀬戸内国際芸術祭の来場者と経済波及効果

少子高齢化や地場産業の衰退に悩む地方の自治体にとって、こうしたいくつかの成功例は希望となり、芸術祭はますます興味を持たれるようになっている。例えば、能登半島の突端(とったん)に位置する石川県珠洲市。かつては北前船の航路であり、漁業や製塩業、窯業などで栄えたが、1950年の約3万8000人をピークに人口は減少の一途をたどっている。原子力発電所やカジノの誘致で振興を図ろうとした時期もあったが、いずれも実らなかった。そして奥能登国際芸術祭の開催に至ったのだ。2024年1月の能登半島沖地震では、拠点施設などの被害もあり次回開催は見通せていないが、アートで生まれた人の輪が、地域の励ましにつながっている。

このように地域活性化の切り札と捉える自治体が多い。奥能登芸術祭のほか、大地の芸術祭、瀬戸内国際芸術祭、北アルプス国際芸術祭(長野県)の総合ディレクターを務める北川フラム(アートフロントギャラリー会長)には、日本各地、さらには中国や台湾など海外からも芸術祭の話が持ち込まれ、その数は優に100を超えるという。芸術祭がいかに地方創生や観光誘客の期待を背負っているかが分かる。

住民理解が芸術祭を盛り上げる

ただ、一朝一夕に果実を得られるわけではない。

地元住民の理解と協力が必要なのだが、美術になじみのない人にとってみれば、現代美術は「訳の分からないモノ」に映るだろう。当然、芸術祭開催への反発や反対も起こる。北川フラムは、大地の芸術祭を始める前に越後妻有に日参し、役場の職員とともに4年半で2000回以上の住民説明会を開き、理解を求めたという。そうして開催にこぎ着けても、最初はボランティアなどとして協力する住民は少なく、ツアーバスは「空気を運んでいる」とやゆされるほど。来場者も思うように伸びなかった。

回を重ねていくと、住民も芸術祭に慣れて、やっと協力してくれるようになった。アーティストたちも越後妻有に愛着を持ち、住民が受け入れる。大地の芸術祭では、そんな光景があちこちで見られるようになった。9回目の会期中の2024年7月に筆者が訪れた際、誇らしげに作品について説明する住民の姿を各所で目にした。地元に芸術祭を盛り上げる機運があれば、訪問者が増える。それがさらに機運を醸成するという好循環を生んでいる。会期を終えても設置され続ける作品が増え、美術館も整備され、地域に張るアートの根は深くなっていることを実感した。

2018年の大地の芸術祭に合わせてアート作品として改修され、より多くの人が訪れるようになった清津峡渓谷トンネル=24年7月13日、新潟県十日町市(森田睦撮影)
2018年の大地の芸術祭に合わせてアート作品として改修され、より多くの人が訪れるようになった清津峡渓谷トンネル=24年7月13日、新潟県十日町市(森田睦撮影)

一過性にしないために

岡山県の伊原木隆太知事は、自身が実行委員会の会長を務めた森の芸術祭について「交通の便が良くない地域だが、成功する可能性はあると思った」と話し、船で島々を往来する瀬戸内国際芸術祭の成功が開催の後押しになったと説明する。しかし、次回以降については「来場者数や評判、地元へのインパクトを見て、総合的に判断したい」と慎重だ。

森の芸術祭の開幕式。左から4人目が岡山県の伊原木隆太知事=2024年9月28日、岡山県津山市(森田睦撮影)
森の芸術祭の開幕式。左から4人目が岡山県の伊原木隆太知事=2024年9月28日、岡山県津山市(森田睦撮影)

実際に長く続かずに終わったものもある。茨城県北芸術祭(2016年)がその一例で、「持続的な地域の発展にとって真に効果的であったかどうか曖昧」として、わずか1回で幕を閉じた。知事が交代したことも影響していると言われている。

新潟市が2009年から3年に1度開催していた「水と土の芸術祭」も、18年の第4回で終了した。市議会では、推進する市長に対し、費用対効果を疑問視する質疑が投げかけられていた。市の財政悪化もあり、市長が替わるタイミングでの幕引きとなった。

芸術祭は、すぐに莫大(ばくだい)な経済波及効果を生み出す特効薬にはならない。打ち上げ花火のような一過性のイベントでもない。会期中の「ハレ(非日常)」の効果を、いかに開催期間以外の「ケ(日常)」に波及させながら、地域全体を巻き込んで育み、芸術祭を真の意味で「わが地域のモノ」にできるか。乱立時代の芸術祭の成否のカギは、そこにあると言える。

※敬称略

バナー写真:洞窟内に無数の彼岸花が咲く幻想的な風景を作り出した蜷川実花らによるインスタレーシ ョン=2024年9月28日、岡山県新見市(森田睦撮影)

瀬戸内 台湾 岡山 草間彌生 現代美術 現代アート 坂本龍一 芸術祭 越後妻有