ユネスコ無形文化遺産になった日本の「伝統的酒造り」:世界中を酔わせるための課題とは

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麹(こうじ)を使ってコメや麦といった原料を発酵させる日本の「伝統的酒造り」が2024年12月4日(日本時間5日)、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された。世界的な和食ブームを受けて日本の酒類は輸出が好調だが、国内市場は減少傾向にある。伝統を後世につなげ、日本の酒が世界中を酔わせ続ける課題を探る。

麹が育んできた食文化

文化庁によると、「伝統的酒造り」とは杜氏(とうじ)・蔵人らが麹菌を用い、長年の経験に基づき築き上げてきた酒造り技術のことで、500年以上前に原型が確立したと言われている。日本各地の気候風土に応じて発展し、日本酒、焼酎、泡盛、みりんなどの製造に受け継がれてきた。また、祭事や婚礼といった日本の社会文化的行事に酒が不可欠な役割を果たしており、伝統的酒造りはそれを根底で支える技術となっている。

広義の「麹」はアスペルギルス、ムコール、リゾップスなどに属するカビを用いて穀物などに菌糸を繁殖させたもので、日本をはじめとする東アジアの発酵文化に欠かせない。その歴史は非常に古く、数千年に渡ると言われている。わが国の伝統的酒造りの特徴は,伝統的なアスペルギルス属の「麹菌」を用いた発酵にある。麹菌は米などに含まれるでんぷんを糖に分解し、その糖を酵母がアルコール発酵させる。麹菌と酵母の共同作用により、アミノ酸や有機酸、香気成分が生成され、酒に香味やコクを与える。特に日本酒では「米のうまみ」を引き出す重要な役割を麹菌が果たしている。麹菌の種類や使い方によって、酒の味わいは大きく変化する。例えば、主に伝統的に黄麹菌を使ってきた日本酒ではすっきりとした飲み口から濃厚なものまで幅広い味わいが楽しめる一方で,主に焼酎や泡盛の醸造で使用される白麹菌や黒麹菌で日本酒を醸造すると、独特の酸味や香ばしさが特徴となってくる。

麹菌は日本酒、焼酎、泡盛、みりんなどのアルコール製品だけでなく、日本の伝統的な発酵食品であるみそやしょうゆの製造にも古くから使われており,今日ではみそやしょうゆで用いられる麹菌を使った発酵食品が海外の料理人に注目されるようになった。海外では近年、麹菌を用いた発酵食品の健康効果にも関心が高まっており、料理への応用が世界的にますます注目を集めている。また、欧米の一部のクラフトブリュワリーでは、麹菌を使った「発酵ビール」や「ライスワイン」が開発されるなど、麹菌は世界的にさまざまな分野で活用されている。

国内の伝統的な酒の生産量は大幅に減少

日本国内の酒を取り巻く状況を見ると、少子高齢化や人口減少といった人口動態の変化、消費者の低価格志向、ライフスタイルの変化や嗜好の多様化などにより、酒市場は全体として縮小傾向にある。特に日本酒や焼酎、泡盛などの伝統的な酒は、ビールやウイスキー、リキュールなどのいわゆる新ジャンルアルコール飲料の拡大により、消費者の選択肢が増え、伝統的な酒の生産量は大幅に減少している。例えば日本酒は、生産のピークだった1973年に比べ、現在の生産量は3割以下に落ち込み、国内市場が大きく縮小している。さらに日本酒の生産量を種類別に見ると、普通酒は減少傾向にある一方で、純米酒や純米吟醸酒など高付加価値の商品の需要が高まっている。

日本酒と焼酎の販売量の推移

和食ブーム背景に輸出は好調

他方で日本産酒類の輸出は、日本酒やウイスキーなど日本産酒類の国際的な評価の高まりを背景に、年々増加している。輸出額を品目別に見ると、ウイスキーが最も多く、次いで清酒、リキュール、ビール、ジン・ウオッカ、焼酎、ワインと続いている。輸出額が上位の国・地域は、中国が322億円、次いで米国237億円、韓国143億円となっている(国税庁「酒のしおり2024年6月」)。

伝統的な酒の中で、日本酒の輸出はウイスキーに次ぐ輸出額第2位と好調で、2013年に約100億円だったが、2023年には4倍の約400億円にまで拡大している。この背景には、2013年12月に「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことが一因にある。農林水産省の推計によると、海外の日本食レストランは、2006年には約2万4000店だったのが、15年には約8万9000店、23年には18万7000店にまで増加している。「和食」のユネスコ無形文化遺産への登録により、海外から和食が注目され、日本食レストランが世界中で増加したのである。これに合わせて日本酒の輸出も伸びたことを考えると、「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産への登録で、日本の伝統的な麹菌によるアルコール発酵技術がこれまで以上に注目され、海外での日本酒をはじめとする伝統的なアルコール飲料の消費拡大が期待される。

日本酒輸出実績の推移

海外で人気の“sake”も定義は曖昧

さらに日本酒に関して言えば、海外市場での“sake”が徐々に拡大する中、海外でsakeを生産する酒蔵の数も年々増えている。現在、最も多い北米にはおよそ40、世界中には60に及ぶ酒蔵があるとされている。日本以外では、日本酒を“sake”と総称するが、もともと「酒(sake)」は日本ではアルコール飲料全般を表す指す言葉である。海外では日本酒やそれに類似した酒類全般を「sake(サケ)」と呼び、sakeに関する明確な定義は存在しない。そのため、海外では清酒に果汁などのフレーバーを加えたものもsakeと呼ばれるなど、定義が曖昧だ。

国内においても近年、従来の酒税法で定義される清酒とは異なる新しいジャンルの「クラフトサケ」が登場している。「クラフトサケ」の酒蔵が集まって「クラフトサケブリュワリー協会」という任意団体を立ち上げた。そして、クラフトサケを「日本酒(清酒)の製造技術をベースとして、米を原料としながら従来の『日本酒』では法的に採用できないプロセスを取り入れた、新しいジャンルの酒」と定義し、法的に清酒とは異なるカテゴリーを作り出している(酒税法で日本酒は「米、米こうじ(麹)及び水」を発酵させたものと定められており、副原料とともに発酵させると「その他の醸造酒」になる)。この背景には酒税法において「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要がある」を理由に、現在では清酒製造免許の新規交付を認めていないことにある。

このように「日本酒」の海外での一般的呼称である“sake”には、世界的定義、共通認識がなく、米国で多く生産されるフレーバーサケといった、日本では「清酒」の法的な定義に当てはまらない酒類も現地消費者には「サケ」として認識されている。また、国内では新たなジャンルの「クラフトサケ」を造る醸造所が年々増えている。

定義と世界観の明確化でブランド確立を

ボルドーワイン、ブルゴーニュワイン、シャンパーニュ、ドイツビール、スコッチウイスキーなど、世界に名だたる酒を見てみると、厳しい規制がブランドを築き上げた歴史がある。中・長期的な視点で、日本の伝統的な酒を世界的なブランドとして確立するためには、厳しい規制の下で「世界酒」としての地位を確立する必要性がある。あるいは日本の伝統的な酒が世界中で飲まれ、多様化していく過程で、これまでの世界的に知られる酒とは異なる道をたどる可能性があるかもしれない。いずれにしても、日本の伝統的な酒を「世界酒」として確立するためには、その定義を明確にし、世界観をどう創り上げていくのか戦略的で体系的な議論が必要で、すでにその議論がなされるべき時期に来ていると言える。こうした観点からも、今回のユネスコ無形文化遺産への登録は、日本の伝統的な酒が世界酒の仲間入りを果たすための大きな一歩であると確信している。

バナー写真:日本酒の醸造に使う酵母を作るため、蒸した酒米をかき混ぜる職人=2024年11月25日、東京都福生市の石川酒造(ロイター)

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