核のごみ処分地選定:自治体の手上げ方式は「限界」の声。国内初、北海道で文献調査の報告書
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次の段階へ 寿都は住民投票
核のごみ(高レベル放射性廃棄物)をめぐり、国は地下300メートルに貯蔵する最終的な処分場を国内で1カ所造る計画を掲げている。国と電力会社によるNUMOが2002年から候補地を公募してきた。地質的な特徴は関係なく、調査を行うかどうかは各自治体に任されており、寿都町と神恵内村の調査は2020年11月に始まった。
文献調査を終えた寿都町は札幌から140キロ、北海道南西部に位置する。かつてニシン漁で栄え、現在も海の恵みを受ける人口約2600人の町だ。「だし風」と呼ばれる強風を利用し、全国の自治体で初めて風力発電を導入した先進的な取り組みでも知られる。
もうひとつの神恵内村は、積丹半島西部にある漁業の人口800人弱の街で、ウニ、ホタテ、イカなどが特産。2町村は車で約1時間の距離にあり、間には北海道唯一の原発を抱える泊村がある。いずれも人口減が進み、将来の展望をどう描くかが最大の課題だ。
処分場選定までには、データや論文を調べる今回の文献調査、ボーリングなどで地下の状況を調べる第2段階の概要調査、地下坑道などを掘り詳細に調べる最終段階の精密調査の手続きを踏む。文献調査に応じると20億円、概要調査は70億円の交付金が自治体に配られる仕組みだ。
第1段階を終えた今回の報告書で、寿都町は全域、神恵内村は南端部の一部が、次の概要調査の候補地になるとした。寿都町の片岡春雄町長は、住民投票を経て次の段階に進むか判断する方針を表明。神恵内村の高橋昌幸村長は住民投票を選択肢のひとつとして検討するとしている。
「こんなに叩かれるのか」
寿都町の片岡町長は報告書が公開される直前のインタビューで、文献調査の経緯を振り返り、複雑な心境を吐露した。この間、町民の間に核のごみ問題を自分ごととして考える人が増えた一方で、町や町長自身への風当たりが予想以上に強かったからだ。「私は、停滞する国内の核のごみの議論に一石を投じようと手を挙げた。核廃棄物は国内のどこかに処分しなくてはならず、本来はどの地域も真面目に考えなくてはいけない。それに手を挙げた小さな自治体が、なぜこんなにも叩かれなくてはならないのか」
SNSで「北海道の恥」
片岡町長の「複雑な心境」は、地域に寄せられた激しい批判が影響している。「北海道の恥さらし」「寿都の特産物はもう買わない」「狂気の沙汰だ」などとインターネットやSNSへの書き込みが相次ぎ、役場には抗議の電話やファクスもあった。
寿都観光物産協会の会長で、ネットで寿都の魅力を発信している西村なぎささんは、調査開始当初、寿都関連のSNSに誹謗中傷のような書き込みがあふれる様子に背筋が寒くなった。「核のごみの問題が起きる前は応援の声が多かったのに、一転して、『寿都は最悪』という書き込みばかりになった」と振り返る。
北海道の鈴木直道知事は当初、「札束で頬をたたくやり方だ」と国やNUMOを批判。調査について「現時点で反対」の立場を示した。北海道は、核のごみの地層処分を研究する「幌延深地層研究センター」建設に関し、2000年に核のごみの持ち込みを「受け入れ難い」とする条例を制定しているためだ。寿都と神恵内の周辺の4町村は、調査開始に対して「核抜き条例」を制定し、核のごみの持ち込みに反対を表明するなど、両町村への「包囲網」の動きもあった。メディアからも批判的な論評が相次いだ。
町民に賛否、しこりも
文献調査は、一時的な批判だけでなく、中長期的に見ても地域に少なからぬ影響を及ぼした。
「核のごみがわが街に処分されるかもしれない」。住民は、否応なしに核のごみの問題に向き合うことになった。地域では、住民向けの「対話の場」が17回、説明会や勉強会も開かれた。青森県六ヶ所村の核廃棄物再処理工場用の施設などを訪れ、核のごみの処理方法について学んだ住民もいる。
寿都町の対話の場に参加してきた電気店の社長、田中則之さんは「以前は他人事のように考えていた核のごみを、調査受け入れを機に自分たちの問題として考え、人口減が続く地域の将来についても議論するようになった。私たちは原発の恩恵を受けている。ごみ処分場について調査したり、話し合ったりすること自体を否定すべきではない」と、この4年間を前向きに評価する。
一方で、調査に反対する人たちの動きもある。町議の越前谷由樹さんは「調査中止」を掲げて2021年の町長選に出馬。片岡町長に敗れたものの「核のごみの処分場ができれば故郷の将来に禍根を残し、これまでの街づくりを進められなくなる。調査開始に踏み切る前に町民への十分な説明と合意が必要だった」と指摘する。
町内の複数の住民は、意見の相違による対立を避けようとする意識が強くなり、「気軽に語り合えない状態になってしまった」と口にした。越前谷さんは「核のごみの問題を考えることは大切なことだが、町内にしこりが生じたのは確か」と語る。
核のごみは、危険性が無くなるまで10万年かかるとされ、日本だけでなく、どの国も処分地を巡り長期間の議論を続けている。日本の選定プロセスは、国や電力会社が前面に出ず、自治体に判断の多くを任せているのが特徴。交付金を配り、人口が少ない小規模自治体の手挙げを誘っている。できるだけ地域の意志を大事にするという前提だが、専門家の一人は「原発建設の際に各地で激しい反対運動があったことも踏まえ、国への反発のリスクを避ける目的もあるだろう」とみる。
「国は腰が引けている」
「一石を投じる」とした寿都、神恵内の後、他の地域で調査を決めたのは原発が立地する佐賀県玄海町だけ。候補地を集めるため、経産省とNUMOは全国100以上の地域で説明の場を開くなどしてきたが、効果は見えていない。
寿都、神恵内両町村の調査に入る前の2007年には高知県東洋町が応募したが、町民の反対で撤回。長崎県対馬市は昨年、議会から調査開始の請願があったが、市長が拒否した。住民の一定の反発が起きる可能性はどの自治体でも想定され、調査開始の大きな壁になっている。
片岡町長は、4年間の経験を踏まえ、現行制度の不備を訴える。「私は調査に手を挙げた町長として、責任を取らざるを得ない。だが、国は『国が解決に向けて前面に出る』と言いながら、実際には腰が引けている。一方、地方自治体の首長は選挙を抱えており、調査に手を挙げるのは難しい。このままでは核のごみの処分地を探していく取り組みは進まないのではないか。もっと国が前に出て、全国的な議論を促す必要がある」。具体的には、国が主導して全国10カ所程度の適地を選び、その中で希望する自治体が調査の是非を判断する新たな仕組みが必要だとする。
文献調査受け入れによる各20億円の交付金について、寿都町は看護師住宅の建設や施設維持、神恵内村は漁港施設の整備などに使った。片岡町長は「ありがたく使わせてもらうが、町が受けた批判を思うと20億円程度では割に合わない」とも語る。
「調査は必要。他の地域に広がらず残念」
神恵内村には調査に反対する村民が少なく、対立は目立たない。高橋村長は報告書発表前の取材に「原発に隣接する地域として、核のごみを受け入れる適地かどうか、まず調査が必要だ。しっかり調査し、受け入れの是非を将来世代が判断できる状態にしておきたい」と語った。ただ、他地域に調査を受け入れる自治体が広がらない現状には、「残念だ。国がある程度適地を絞って、そこで議論をスタートしなければ、議論は進まないのではないか」と、片岡町長と同様に制度の限界も口にした。
調査は、地元自治体または知事が反対すれば、次の段階には進まない。
北海道の鈴木知事は報告書公開を受け、22日の記者会見で「概要調査に移行しようとする場合には、現時点で反対の意見を述べる」と改めて発言した。ただ、最終的な表明には、道議会などの意見も踏まえる考えも示すなどあいまいさを残しているものの、道はNUMOに対し全道、全国で核のごみの処分に関する説明会を求めるなど厳しい態度を示し続けている。道庁関係者は「今の制度を続けても、広域的な面から判断する知事は前向きになりにくい。それは北海道だけではなく他の地域でも同じはず。別のやり方が必要だ」と現制度に批判的だ。
寿都町の周辺地層には断層帯が横たわり、神恵内村の近くには火山がある。一帯にはもろくて崩れやすい岩石も分布し、核のごみの処分地には向いていないという専門家の指摘も少なくない。
先進地フィンランドは
核のゴミの処分地問題で最も先行する国は、フィンランドだ。NUMOの資料などによると、原子力企業が、全国約100カ所を調査候補地域として選定したうえで調査に応じる自治体を募った。2000年に南西部のオルキルオト島の最終処分場(オンカロ)の活用が決まり、20年代半ばの操業開始を目指し整備が進む。地元住民には積極的な情報開示や、小規模な対話集会を繰り返し、最終的には地元住民の多くが受け入れに賛成したという。
日本全国の原発の使用済み核燃料は計1万9000トン。再処理の過程で出る廃液をガラスと混ぜて固めた「ガラス固化体」は2530本。再処理していない廃棄物を含めるとガラス固化体は2万7000本相当ある。国が計画する最終処分施設では、4万本以上を処分する想定だ。
日本のかつての計画では、33~37年ごろには最終処分を開始するとしたが、現段階では全く見通せていない。
脱膠着へ専門家も「対応を」
複数の専門家も、現行制度の限界を指摘し、新たな仕組みの構築を急ぐよう求める。
国の原子力委員会の元委員長代理で、長崎大学の鈴木達治郎教授(原子力工学)は、「核のごみの処分地は原発の将来に関わらず必ずどこかに探さなくてはならず、寿都、神恵内、玄海の3町村での調査は意義があること」とする一方、「地方自治体の手上げで処分地を探す方式は、小さな自治体の首長への負担が重すぎる」と指摘。その上で、原発政策に中立的な機関が50~100カ所の候補地を選んで、自治体に申し込んで十分な議論を踏まえつつ適地を絞っていく方式など、新たな選定方式を提言する。
日本学術会議で核のごみ問題についての提言をまとめた東京工業大学の今田高俊名誉教授(社会システム論)は、核のごみの危険性が無くなる10万年先をイメージした議論の必要性を指摘。「将来世代が過去を振り返った時に今の議論をどう思うのかを考えるべきだ。小さな地域の議論に任せたり、発電事業者が説明や説得をして進めたりするのではなく、国、事業者、第三者による国民的な議論の場をつくって、方向を決めてほしい」と語る。
※クレジット無しの写真は筆者撮影
バナー写真:核のごみの文献調査を行った北海道寿都町。風車が林立する再生エネルギーの街でもある