世界はまだ、真の「カツカレー」を知らない。その発祥から、進化し続ける“ネオ”な注目店まで解説!
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カツカレーが“パン食文化圏”で圧倒的に支持されるワケ
カレー細胞さんによれば、とろりと濃厚なルーをライスにかける「日本式カレー」は、もともとアジア諸国で人気を博していたという。例えば『バーモントカレー』で知られるハウス食品は、1997年の上海進出を皮切りに、台湾や韓国で事業を伸長させてきた。
「やはりコメ食文化の国は、日本式カレーとの親和性が高い」とカレー細胞さんは分析する。
「カレーチェーン『CoCo壱番屋』の海外店舗も、タイや中国、韓国、台湾に集中しています。ちなみに東南アジアの店舗で人気のトッピングはサケの照り焼きだそうで、カレーが“和食”として捉えられていることが分かります」
一方、英国をはじめとした欧米諸国、つまり“パンが主食”の文化圏で圧倒的に支持されているのが「カツカレー」だ。
「英国でのブームの火付け役となったのは、カジュアルな日本食レストランチェーン『Wagamama』です。この店のカツカレー、衝撃のビジュアルなんですよ。カツの上にライスを“トッピング”して、そこにルーをかけているんです。肉食かつパン食文化の欧米人にとって、カツカレーは“カレーソースがかかったカツを楽しむ料理”。ライスは添え物に過ぎません。事実、英国や米国でカツカレーを頼むと『ライスをポテトに変更しますか?』と聞かれますから」
カツの肉もイスラム教徒に配慮して豚ではなく鶏を使うなど、欧米の文化に合わせて独自の変容を遂げていったカツカレー。すしや天ぷらにはない手軽さも相まって、アニメなどを通じてジャパニーズ・カルチャーに関心を抱いた若者世代から爆発的な人気を獲得していく。
ワインと抜群に合う、元祖にして究極の一皿/東京「銀座スイス」
「今や英国では『カツカレーは国民食である』とまで言われています。ただ日本人としては、カツ・カレー・ライスの三位一体を味わう“本来のカツカレー”も海外の方に知ってほしい。まず訪れるべきは、発祥の店である老舗洋食店『銀座スイス』でしょう。カツカレーの誕生日は1948年8月14日。プロ野球選手で元巨人軍の千葉茂氏が『カツレツとカレーを一緒に煮込んで出してくれ』と頼んだことが始まりです。現在も『千葉さんのカツレツカレー』と銘打った逸品を提供していて、これが素晴らしくおいしい。ワインにマッチする軽やかな味わいで、カツカレーは本来、こんなにも上品な料理だったのかと驚くこと請け合いです」
スパイスブームを経て誕生した“ネオ・カツカレー”
「始まりの味」を知った後は、「最新鋭のジャパニーズ・カツカレー」を食してほしいとカレー細胞さんは熱弁をふるう。
「実は日本では2000年代に、カツカレーを筆頭としたザ・王道メニューから“離脱”する、スパイスカレームーブメントが起こりました。万人に好まれる味付けとは真逆を行く、ホールスパイスなどをふんだんに使った、刺激的でマニアックなメニューが次々と生み出されていったのです。しかし、2020年に入ったあたりから“原点回帰”が始まります。王道を否定するのではなく、スパイス使いなど新たな技術を加えながら、カツカレーのアップデートを試みるシェフたちが現れるのです。彼らの挑戦が結実した逸品を、私は”ネオ・カツカレー”と呼んでいます。単にカレーライスにカツを乗せた足し算の発想ではなく、カツ・カレー・ライスのどれもが引き立つよう、バランスを細かく調整しているのも特長です」
圧巻かつ繊細なラムカツとだしカレーの出会い/大阪・福島「シャンカラ堂」
カレー細胞さんが「これを食べずしてネオ・カツカレーを語ることなかれ」と言い切る筆頭が、大阪「シャンカラ堂」の『ラムカツカレー』だ。
「2022年にオープンした店で、オーナーシェフの小峯充靖さんは、和食店、トンカツ店、カレー店で修業を積んだ、いわばカツカレー3大要素のプロフェッショナルです。大ぶりのラムカツが鎮座するビジュアルに圧倒されますが、味わいはとても繊細です。ごく薄い衣のサクサクッと小気味いい歯ざわり、桃色の断面からあふれ出すジューシーな肉汁、そこへ鯛の頭から取っただしやインドスパイスをきかせたサラサラのカレールーと、粒だったお米が品よく混ざり合う……。カツカレーは胃に重たい、という先入観を見事に吹き飛ばすバランスで、スルスルと完食できてしまいます」
カツカレーの最適解を追い求めて。“一期一会の美味”に驚愕!/東京・八丁堀「wacca」
続いては東京・八丁堀の話題店「Japanese Spice Curry wacca」だ。イタリアン出身のシェフ・三浦智輝さんはレシピを常にブラッシュアップしているため、メニューの内容も価格も日によって変動する。“一期一会”のカツカレー体験を堪能できるのだ。
「昨年、私が主催するイベントで初めてカツカレーを提供してもらったのですが、これが衝撃のうまさでした。日本のカレーはドロッと濃厚な口当たりで、カツの食感や味わいを覆い隠してしまいがち。そこで三浦さんは、ルーをとことんシャバシャバに仕上げたのです。おかげでブランド豚・東京Xを使ったカツのうまみがしっかりと舌に伝わってくる。ルーを支えるかつお昆布だしの風味も相まって、“揚げ出しトンカツ”を食べているような感覚に酔いしれました。ココナッツミルクを“使わない”グリーンカツカレーも最高ですよ。八方だしや野菜からなる、ごくミニマムなレシピと、揚げ油を使わずにフランス料理の調理法『アロゼ』で火入れしたトンカツのマリアージュ……。世界各国のカルチャーが一皿に凝縮されています」
石垣島のスパイスと洋食シェフ渾身のハンバーグが融合/東京・市ヶ谷「PAIKAJI」
最後は2024年8月、沖縄の石垣島から東京・市ヶ谷へはるばるやって来た新店「スパイス欧風カレー PAIKAJI」だ。
「PAIKAJI=沖縄八重山地方の方言で、『南風』という名のとおり、亜熱帯の香りを感じるカツカレーなんです。石垣島に自生する素材をふんだんに使っていて、島こしょう・ピパーツのスモーキーな刺激、島パイナップルのフルーティーな甘味がたまりません(仕入れの都合で海外産の場合もあり)。看板メニューの『PAIKAJIカレー』は、100人中99人が“大好き”になってしまう傑作。ルーは欧風で、石垣島でビストロを営んでいた洋食シェフ・戸塚勝敏さん渾身(こんしん)の洋風だしが下地となっています。化学調味料を一切使わず、4日間かけて作り上げる澄みきった味わいです。カツにも洋食ならではのテクニックが詰まっていて、なんとハンバーグを揚げているんです。これがもう、べらぼうにうまい。ザクッとナイフを入れると、赤身が残ったレアな断面からじゅわ~っと肉汁があふれ出して、カレーやライスに染み込んでいく。世のメンチカツとは一線を画するクオリティーです。昭和の時代に洋食屋から誕生したカツカレーが、令和の今、洋食の技によって、さらに自由に発展している。今後のネオ・カツカレーの可能性をも期待させてくれる一皿です」
古びぬ「元祖の味」から、常に進化し続ける「ネオな逸品」まで、カツカレーには「“日本ならではの何でもありな食文化”が詰まっています」とカレー細胞さんは熱く語る。洋食、だし、スパイス、全国各地の食材。歴史の中で培われてきたさまざまな要素が混然一体となって、スプーンの上で輝いている。“日本でしか食べられない”珠玉の一皿に、あなたもきっと、目を見開くはずだ。
バナー写真:カレー細胞さんをして「これを食べずしてネオ・カツカレーを語ることなかれ」と言わしめる大阪「シャンカラ堂」のラムカツカレー(同店提供)