「金20個」日本のパリ五輪総括:外国人コーチとの幸せな邂逅(かいこう)と「お家芸」が直面する危機
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メダル数が証明する日本の多様性
パリ五輪は日本にとって大きな成功を収めた大会となった。
金メダル20個獲得は海外開催の五輪では史上最多。金メダル40個ずつのアメリカ、中国に次いで3番目の数字だった。それに銀12個と銅13個を加えて総数は45個、メダルを獲得した競技は16に及び、日本のスポーツの多様性が証明された(2021年東京五輪では金27個、銀14個、銅17個)。
五輪過去4大会の金メダル数
パリ2024 |
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20個 3位 |
レスリング8 柔道3 体操3 スケートボード2 フェンシング2 ブレイキン1 陸上1 |
東京2021 |
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27個 3位 |
柔道9 レスリング5 スケートボード3 体操2 競泳2 卓球1 空手1 ボクシング1 フェンシング1 野球1 ソフトボール1 |
リオ2016 |
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12個 6位 |
レスリング4 柔道3 競泳2 体操2 バドミントン1 |
ロンドン2012 |
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7個 11位 |
レスリング4 柔道1 体操1 ボクシング1 |
※順位は国・地域別
出所:文部科学省などの資料より
金メダリストのなかでも存在感を放ったのは、陸上競技女子やり投げで前評判通りの実力を発揮した北口榛花(はるか)だ。マラソン以外の陸上競技の種目で、日本の女子選手が金メダルを獲得するのは史上初である。
北口は1998年、北海道生まれ。小学生からバドミントン、水泳に親しみ、いずれも全国大会の出場経験を持つ。やり投げを始めたのは高校入学後で、アッという間に頭角を現し2年生でインターハイを制した。
2016年に日本大学に進学したが、北口の探究心は無尽蔵だった。19年、ヨーロッパ遠征中にチェコ人のデービッド・セケラックのコーチングに興味を持ち、英文でメールを出して独力で師事にこぎ着けた。この行動力こそ金メダルの源泉であり、これまでの日本人には見られなかった資質だと言える。
以前の取材で、北口はチェコでのトレーニングについて話をしてくれた。
「チェコ語には日本語にはないやり投げ用語があります。本場でトレーニングするということは、日本にはない方法や発想を手に入れられるということだと思います」
外国人コーチの功績と戸惑い
この言葉で思い至るのはバレーボール男子日本代表だ。パリ五輪開幕前には世界ランキングが2位まで上昇し、1972年ミュンヘン大会以来のメダル獲得に期待が高まっていた。結果は準々決勝敗退となったが、日本に久しぶりにバレーボールの熱狂が戻った。
その一因となったのが、フランス人のフィリップ・ブラン監督の招聘だった。各国での指導経験を持つブランは2017年から日本での指導を始め、データ分析をもとにして最前線の理論をインストール。それが選手たちのスキルとうまくブレンドされて、日本は強豪国と対等に渡り合えるようになった。
ただし就任当初、ブランは日本人との接し方に戸惑いを覚えたという。
「選手それぞれと面談をして、『私は君にこういうプレーを求めている』とリクエストを出したんです。選手たちはみんな『ハイ』と答えていたんですが、まったくプレーが変わらない。最初は通訳が正しくないのかと思いました。私もあきれて、3度目の面談の時には『私の方から説明はたっぷりしたから、今度は私がいったい何を求めているのか、あなたの言葉で説明してください』と言ったら、みんなびっくりしていました(笑)。日本の選手たちは心の中では『ノー』と思っていても、指導者の前では『ハイ』と言える。そうした社会になっています。これは私にとって大きな学びでした」
こうした過程を経てコミュニケーションは良好となり、国際競争力も飛躍的に向上していった。2021年の東京五輪で準々決勝に進出できたのは、ブラン監督のアイデアを選手たちが理解し、実行できるようになっていたからだ。
ブランの成功の理由には石川祐希(ゆうき)や髙橋藍(らん)など人材に恵まれたこともあるが、パリ五輪で一定の成果を収めた競技には、海外の指導者を招いて強化に取り組んだものが多い。
団体で初めて金メダルを獲得したフェンシング男子フルーレは、東京大会の金メダリスト、フランス人のエルワン・ルペシューをコーチとして21年から招聘していた。
ルペシューは「実力はあるのに、自信がない」「練習時間が長い一方、強度が低い」といった日本の他の競技にも共通する弱点を早々に発見。それを克服することでフルーレを金メダルに導いた。
日本らしさに活路を見いだす「お家芸」
外国人コーチとの幸福な出会いにより成果を挙げた競技が目立った一方、伝統にのっとり、日本のコーチの指導によって結果を残した、体操、柔道、レスリングといった競技もある。いずれも日本の「お家芸」とされる競技だ。
1964年の東京大会で体操とレスリングは金メダル5個ずつを獲得し、柔道は4階級中3階級を制覇した。パリ五輪で体操と柔道は3個ずつ、レスリングは8個の金メダルを獲得。それぞれ、この60年間に浮き沈みを経験しつつも、独自の指導方針を貫いてきた結果だ。
体操は70年代からオールラウンダーの養成に力を入れており、今も一貫している。世界がパワー系のつり輪、パワーとバランスが求められるあん馬など、種目別のスペシャリスト育成に力を注ぐ中、日本はずっと6種目をこなす選手を育ててきた。内村航平、橋本大輝(だいき)、そして今回の岡慎之介と、4大会連続で個人総合王者が誕生しているのは偶然ではない。オールラウンダーかつ、つま先の美しさにまでこだわる日本の「完璧主義」が世界をリードしているのだ。
柔道は金メダルの数こそ東京大会の9個から3個へと減少したが、柔道発祥の国としての威厳は保っている。日本の柔道は単なる勝利ではなく、正しく、美しく勝つことを重視している。リオデジャネイロ五輪、東京五輪を連覇した大野将平はこう話す。
「相手を投げ、観客を魅了する。試合中だけでなく畳を降りる時の礼にいたるまで、五輪で柔道の手本を見せることにこだわっていました」
ただし、パリ五輪では日本が微妙な判定に泣いたケースもあり、「柔道」と国際競技の「JUDO」との乖離(かいり)をどう埋めるかが課題とされている。
興味深いのはレスリングだ。これまで日本はフリースタイルを得意としてきたが、今回はグレコローマンでも2個の金メダルを獲得した。赤石光生強化本部長はこう分析する。
「フリースタイルは日本で強化できると思っている。グレコローマンは海外で外国人と合宿をすることで、選手が技術を身につけた成果です」
止まらない競技人口減少
一方で、これらのお家芸とされる競技は、ジュニアの競技人口の減少という大きな課題に直面している。高校の部活動の登録人数を、2013年と2023年で比較してみよう。
体操男子部員
- 2013年/2455人
- 2023年/1689人
柔道男子部員
- 2013年/18719人
- 2023年/10825人
レスリング男子部員
- 2013年/2343人
- 2023年/1722人
日本は少子化という問題に直面しており、10年前と比べ、ほとんどの競技で10%程度、部員が減少している。ただし、柔道男子は40%以上の減少、もともと競技人口が少ない体操男子とレスリング男子にしても30%前後減少しているのは将来、大きな問題に発展する可能性がある。今後、世界を舞台に戦える人材がどれだけ出てくるのか不安で仕方がない。
競技力の維持という点では、体操で三つの金メダルを獲得した岡のケースが参考になる。岡は練習環境を考慮して15歳で高校を中退し、通信制高校に通いながら名門・徳洲会体操クラブに入部。以降はエリート教育を受けてきた。素質が認められた選手であれば、今後は岡のようなケースが増えるかもしれない。
柔道とレスリングでは2世選手が目立つ。柔道100キロ超級の斉藤立(たつる)の父、仁(ひとし)さんは1984年ロサンゼルス五輪、88年ソウル五輪の金メダリスト。パリ五輪でレスリング女子62キロ級の金メダルを獲得した元木咲良(さくら)の父・康年さんは、2000年シドニー五輪の代表だった。
全体的な競技人口が減少する中、小さいころから「ファミリー・スポーツ」として競技に親しんできた選手たちが、エリートとして活躍している例が目立つのが今の日本の現状だ。
競技人口の減少という問題に直面している現状を踏まえると、今後もお家芸を維持していくためには、2世選手に代表されるようにエリート教育に特化していく必要があるのかもしれない。そのうえで、日本だけでなく世界最先端のコーチング、あるいはレフェリングに対応していくことが求められる。老舗の暖簾(のれん)を守るには、あらゆる投資が必要なのである。
バナー写真:陸上女子やり投げで優勝し、セケラックコーチと喜びを分かち合う北口榛花=2024年8月10日、フランス・サンドニ(時事)