トヨタ、ホンダ、マツダ…「信頼のニッポン」の自動車メーカー5社が不正問題を起こした背景とは?
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不正問題の発端
今年6月3日に報じられた国内自動車メーカー5社による型式指定申請における不正問題は、国内外に大きな波紋を巻き起こした。
国交省の発表によれば、不正を報告したのはトヨタ自動車、ホンダ、マツダ、ヤマハ発動機、スズキの5社で、その対象は計38車種。うち3メーカーの計6車種が出荷停止に追い込まれた。内訳はトヨタ自動車3車種、マツダ2車種、ヤマハ発動機1車種で、ホンダとスズキの該当車はいずれも生産終了後のため出荷停止の対象とならなかった。
自動車メーカーが関連する不正問題がこれまでになかったわけではないが、これほど多くの企業から多数の事案が発覚したのは、おそらく史上初のことだろう。まして、日本企業は不正にくみしない真面目な姿勢で世界的に高い評価を受けてきた。それだけに、「なぜ日本メーカーが?」という疑問の声が各国から噴出したのは当然といえる。
では、このような大規模な不正問題はどうして起きたのだろうか?
ことの発端は、2022年以降、日野自動車、豊田自動織機、ダイハツなどで型式指定申請などに関する不正が次々と明らかになったことにある。これを受けて型式認証を管轄する国交省は、国内の自動車メーカーや装置メーカーなど計85社に不正行為に関する調査報告の実施を指示。各メーカーが過去にさかのぼって調査した結果、冒頭で述べたとおり5社が不正を報告したのである。
各メーカーが調査した件数は実に膨大で、トヨタ自動車だけでも10年間でおよそ7000件に上る。しかも、1件1件の型式認証には数十とも数百ともいわれる試験項目が含まれているので、その合計は少なく見積もっても数万、場合によっては数十万項目にも達する。それら全てを調査し、あぶり出された不正の数が、トヨタ自動車でいえば7車種6事案だったのだ。
国交省がこれほど大規模な調査を指示しなければ、一度に複数のメーカーが不正行為を公表することはなかっただろう。場合によっては、それらの多くは闇に葬られ、表沙汰にならなかった恐れもある。今回の「不正問題が大量に発覚」した背景には、このような事情があったことを、まずは認識すべきだろう。
トヨタ自動車は7月5日にそれまで「調査中」としていた認証プロセスの調査を完了し、「新たな事案は確認されませんでした」と発表した。だが、今度は国交省から「さらに7車種で不正があった」と指摘されたため、トヨタ自動車はミニバン「ノア」「ヴォクシー」の出荷を停止。さらに7月31日には国交省からトヨタ自動車に対し、ガバナンス改革を求める是正命令が下される事態となった。一度は収まったかに見えた火種が再燃した格好だ。
煩雑すぎる申請手続き
それにしても、少なくない数の自動車メーカーが不正に手を染めていたのは事実である。その理由を取材すべく、私は複数社に取材を申し入れたが、返ってきた答えは「わからない」「調査中」というものばかりだった。
彼らが不正行為の理由を明確に説明できなかったのは、ひとつには自動車の型式指定申請という作業があまりに膨大で、しかも手続きに手間がかかる点にある。事実、不正行為に関する記者会見に臨んだトヨタ自動車の豊田章男会長は「(型式指定申請は極めて複雑かつ多岐にわたる作業なので)私も含め、この全体像を把握している人は、たぶん自動車業界にひとりもいないと思います」という趣旨の発言をしたほどである。
さらに深く踏み込んで取材すると、申請プロセスにおける国交省の対応に、自動車メーカーが不満を抱いているようにも感じられた。申請の過程でなにか不備があっても、国交省は不備と判断した理由を明示しないなど、認証作業を円滑に行おうとしない姿勢が見られるというのだ。
とはいえ、自動車メーカーからすれば国交省は所轄の監督省庁であって、機嫌を損ねるわけにはいかない。まして、不正問題を公表する段階でこれらの事情を指摘すれば、自動車メーカー側が「言い訳をしている」とも受けとめられかねない。そういったこともあって、自動車メーカーは国交省に対する不満を口にできない側面もあったようだ。
自動車製造業はいうまでもなく、経済を活性化し、外貨を獲得する国にとっての主要な産業である。であれば、取り締まる側も上意下達で自分たちの主張を繰り返すだけでなく、時には取り締まられる側と同じ視点に立って、問題の本質を見つめ直す機会を設けてもよかったのではないか。聞くところによれば、欧米では行政と自動車メーカーの間に一定の協力関係があって、行政の側が産業の振興に尽力しているともいう。日本にそういう構造がなかったわけではないが、型式認証の面でもう少し「ともに考える姿勢」があってもよかったのではないか。
評価試験基準の原則
一部の自動車メディアなどを中心に「自動車メーカー同情論」のようなものが沸き起こっているが、そのなかにはやや的外れなものも含まれている。
彼らは「日本メーカーは自動車の安全性と真剣に向き合い、法律が定める規制値よりも厳しい条件で試験を行ってきた。それを不正と断じるのは行政の横暴だ」と主張する。
その一例として挙げられているのが、トヨタ自動車で発覚した後面衝突試験の問題である。
トヨタ自動車によると、後面衝突試験では重量1100キロ±20キロの評価用台車を被試験車に衝突させてその損傷度合いを評価しなければいけないのに対し、実際には1800キロの評価用台車を用いたという。これが不正であったことをトヨタ自動車は認めているが、一部メディアは「法律よりも厳しい基準で試験していながら不正と断じるとは何ごとか」といきり立つ。
率直にいって、1100キロと1800キロのどちらを用いることがより安全に寄与するのか、筆者には判断できない。ただし、「重量1100キロ±20キロの評価用台車を用いる」などといった規制値は日本が独自に定めたものではなく、その多くが国際協調の原則にのっとって定められている。つまり、世界の多くの国々で同じ基準が用いられているのだ。
世界中で同じ基準が用いられているから、自動車メーカーは自国で型式指定認証を取得すれば、輸出先で同じ手続きを踏まなくても製品を輸出できる。これが国際協調の原則である。こうした規制値の多くは国連の自動車基準調和世界フォーラム(UNECE/WP.29)での検討を経て、批准されている。
では、日本の自動車メーカーだけが独自の基準で評価試験を行っていたとしたら、どうだろう。「そんなものは信用できないので輸出はまかりならん」と相手国に判断されたとしても仕方ない。これは、全生産台数の7~9割を海外で販売する日本の自動車メーカーにとって致命的な事態である。
それでも日本の自動車メーカーが「1800キロの評価用台車を用いても安全は担保できる」と考えるのであれば、現状の「1100キロ±20キロ」から「1100キロ以上」に規制値を変更するよう、自動車基準調和世界フォーラムに提案すべきだった。そうすれば、1800キロの評価用台車を用いても不正とはならなかったことだろう。
いずれにせよ、自動車基準調和世界フォーラムで「1100キロ±20キロ」と定めた際には、その裏付けとなる合理的な理由があったことは間違いない。この点を無視して「1800キロの方が安全」と断言するのは短絡的と言わざるを得ない。
繰り返しになるが、この件についてトヨタ自動車は「不正があった」と認めている。したがって、今メディアで話題になっている「ここで頑張ろうという気になれないんですよ、いまの日本では」という言葉を豊田会長が本当に発したのだとしても、彼は「日本の基準値は不当に厳しい」と主張したかったわけではなく、もう少し別なところに論点があったはず。筆者自身は、前述した「行政との歪(いびつ)な関係」やモノの本質を捉えずに自動車メーカーを糾弾する一部メディアの姿勢などに、豊田会長がやるせない思いを抱いているものと推測している。
一部の国内メーカーが不正を行っていたのは紛れもない事実である。国際社会における日本の信頼を失墜させないためにも、関係した自動車メーカーには真相の究明と再発の防止に真摯(しんし)に取り組む姿勢が求められる。
バナー写真:「型式指定申請」を巡る不正に関し、記者会見するトヨタ自動車の豊田章男会長=2024年6月3日、東京都千代田区(時事)