山崎貴監督『ゴジラ-1.0』と映像制作会社「白組」から見る日本のVFX(視覚効果)・コンテンツ制作の現在地

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ゴジラ生誕70周年記念作品、山崎貴監督の『ゴジラ-1.0』。日本で製作された実写ゴジラ映画として通算30作目の本作は、海外では庵野秀明監督の『シン・ゴジラ』(2016年)をしのぐヒットとなり、3月に米アカデミー賞(視覚効果賞)に輝いた。改めてこの快挙を生んだ背景と、日本のVFX、映像コンテンツ制作の展望を探る。

もう10年近く前のことだが、人気マンガ『寄生獣』を実写映画化した山崎貴監督にインタビューした際、国際マーケットにおけるコンテンツとしての日本映画には、冷めた見方をしていた。

「コンテンツをインターナショナルに育てようという気はそれほどない。海外を意識しすぎると足元をすくわれる」と語り、「アジア人が主役を演じている以上、実写映画でハリウッドのブロックバスターと張り合おうとするのは無理」だと言い切ったのだ。

山崎監督は謙虚すぎたのかもしれない。2023年12月、『ゴジラ-1.0』が北米で公開されると、邦画実写の歴代1位のヒットとなり、全世界興行収入は1億ドルを突破したと報じられた。

監督として視覚効果賞を受賞したのは1969年、『2001年宇宙の旅』のスタンリー・キューブリックのみだ。山崎監督は55年ぶり、史上2人目の受賞監督となった。

「限られた資源」で最大限の効果

専門家から見て、本作のVFX(visual effects)はどれほど優れているのだろうか。

「ゴジラが銀座・有楽町を破壊するシーンは、重低音による音響も加わって、迫力満点でした」と言うのは、VFX評論家(元立命館大学教授)の田村秀行氏だ。「ゴジラの巨大な足から逃げまどう群衆の表現もリアリティーがありました。日本のVFXはハリウッドと大差がありますが、山崎監督は(自らが所属する映像制作会社)白組を率いて健闘し、見劣りしないレベルに仕上げました」

(C)2023 TOHO CO., LTD.
(C)2023 TOHO CO., LTD.

(C)2023 TOHO CO., LTD.
(C)2023 TOHO CO., LTD.

『ゴジラ-1.0』の製作費 は10〜15億円で、ハリウッド大作の10分の1未満などと報じられ、「低予算」が話題になった。限られた予算の中で、戦闘機や船を人力で揺らすなどのアナログ的手法とデジタル技術を組み合わせる工夫で、迫力のある見せ場を作った。

白組のVFXは、少数精鋭の35人が東京・調布スタジオの大部屋で作業をする。スタッフの規模もハリウッドとは桁違いだが、山崎監督が直接その場で指示を出したり、一緒に検討したりできるので、時間・コストの短縮につながる。ゴジラが上げる水しぶきや波の動きのシミュレーションで注目された25歳のVFXアーティスト・野島達司氏も、監督と直接やり取りしながら、クオリティーを高めていったという。

「予算が増えたからといって、作品がもっと良くなるとは限らない」と田村氏は指摘する。「山崎監督は、限られた資源を上手に使って、しっかりしたドラマとVFXの絶妙なバランスをとることに長けています」

米アカデミー賞受賞後の「白組」チーム。左から高橋正紀(3DCGディレクター)、山崎貴監督、渋谷紀世子(VFXディレクター)、野島達司(エフェクトアーティスト / コンポジター)=2024年3月、米ロサンゼルス=WireImage/ゲッティ/共同通信イメージズ 
米アカデミー賞受賞後の「白組」チーム。左から高橋正紀(3DCGディレクター)、山崎貴監督、渋谷紀世子(VFXディレクター)、野島達司(エフェクトアーティスト / コンポジター)=2024年3月、米ロサンゼルス=WireImage/ゲッティ/共同通信イメージズ 

ハリウッドでは、マーベル・スタジオの「アベンジャーズ」シリーズの興行的不振が報じられるなど、VFX大作に食傷気味の兆候が見える。

「そんな中で、VFXだけを売り物にせず、ドラマ重視だったことが評価されたのではないでしょうか。疑似家族とその仲間を描いた家族ドラマとしてよく出来ていた。また、東宝が早くから北米でプロモーションを展開していたことも、受賞の背景にあるのでは」と田村氏は考察する。

「特撮」にこだわった『シン・ゴジラ』

『ゴジラ』を生んだ円谷英二の「特撮」とは、スーツアクター、ミニチュアセットなどを活用した撮影だ。「円谷監督の特撮映画は、厳しい肉体労働や徒弟制度を軸とするシステムから生み出されました。その中で目指す到達点は、“本物”に見せることです」。そう解説するのは、公野勉(くの・つとむ)文京学院大学教授だ。円谷プロダクション・円谷映像でプロデューサーを務めたバックグラウンドを持つ。

公野勉教授。特撮映画制作から配給までを教える(撮影:nippon.com)
公野勉教授。特撮映画制作から配給までを教える(撮影:nippon.com)

「今なら、CGを使えば何でも可能なので、現場でのトライアル・アンド・エラーは無駄だという考え方があると思います。しかし、特撮本来の魅力は、偶然性(現場での予想外の出来事)も取り込みながら、本物に見せる工程にあります」

8年前の『シン・ゴジラ』(庵野秀明氏=総監督・脚本/樋口真嗣監督=特技監督)は、CGを活用しながらも、ミニチュア特撮や本物の火薬を使用するなど「特撮」の継承にこだわっていた。ゴジラ自体は最終的にフルCGになったが、当初は特撮とCGのハイブリッドを試みたという。

「『ゴジラ-1.0』 では、(幻の戦闘機と呼ばれる)『震電』など実物大模型やミニチュアセットを使っています。しかし、山崎監督が意識したのは特撮かCGかではなく、さまざまな創意工夫で、観客を引き付ける映像の力強さを生み出すことです」

こだわりすぎない「バランス感覚」

山崎監督が特殊撮影の道を進むきっかけは、中学生の時に見た『未知との遭遇』『スター・ウォーズ』(ともに日本公開は1978年)だった。1986年、白組に加わり、ミニチュアセット制作、CG、撮影、合成などを行う調布スタジオでミニチュア担当として働く。目指していたのは日本型「特撮」ではなく、ハリウッド型VFXだった。

「山崎さんは、スティーブン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカスの映画をリアルタイムで見て育った世代です。若き無名の監督たちがアイデアだけでスタジオから資金を引き出し、新しい技術を創出しながら、世界中の観客が楽しめる作品を生み出した。そうしたVFX映画へのあこがれが原点にあります」(公野教授)

CM制作を数多く手掛けながら、伊丹十三監督『大病人』(1993年)、『静かな生活』(95年)などでデジタル合成を担当。監督デビューしたのは2000年、少年たちのひと夏の冒険を描くSFファンタジー『ジュブナイル』だ。社内公募で提案した壮大なSF『鵺/NUE』が、資金面で実現が難しかったため、改めて、自ら予算規模を縮小して出した企画だった。昭和30年代の東京を再現した3作目『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年)の大ヒットで、人気監督の地位を確立した。

公野教授は、2016年、山崎氏をはじめとする白組の主要スタッフのインタビューをまとめた『白組読本』を刊行している。

「山崎さんは、伊丹作品の現場で、何度もテストピースを撮らされ、鍛えられたそうです。伊丹監督は映像に妥協しないタイプの人だった。自分も伊丹さんみたいにこだわりたかったけれど、なかなかできないと語っていました」

伊丹監督は自らが設立したプロダクションで、製作費を全額出資して映画を作り続けた。その中には、興行的には失敗した作品もあった。山崎監督の場合、現場で自分がこだわりすぎれば、製作費が上がり、ヒットしなければ映画会社に損害を与えることになる。それよりも、自分の好みの問題なのか、観客のためにこだわるべき箇所なのかのバランスを見極め、予算を減らせるところは減らしながら、最終的に想定以上の作品を見せることを目指すべきだと考えるようになったという。

「伊丹監督の影響を受けつつも、自分にとっての正解は、映画会社や白組スタッフなど、いろいろな方面に気配りしながら力を合わせ、ヒット作を生むことだと方向性を定めたのでしょう」

「東宝は、現場にさまざまな要求を出していたと思いますが、山崎さんは予算、脚本、全てリーズナブルな形で飲み込みつつ、映像表現で最善を尽くしました。非常にバランス感覚がいい監督です。柔軟で、しかも大作を撮れる数少ない監督として、映画会社にとって貴重な存在です」

次世代の“山崎監督”は生まれるか

公野教授は、“山崎型”の新たなクリエーターが育っていると言う。つまり、「合意形成型でバランス感覚に優れ、資本(映画会社、スポンサー)の要望を上手にクリアして、さらに自分のクリエーティビティも十分に発揮できる」監督だ。

「(円谷プロダクション制作のテレビドラマ)『ウルトラマンブレーザー』の田口清隆監督(44歳)が一例です。ウルトラマンシリーズは、関連オモチャのマーチャンダイジングによる条件が多い。また、子供向けの番組なので、表現にさまざまなレギュレーションがあるでしょう。そうした制約の中でも、面白い作品を作ることができるタイプだと思います」

一方で、若き日の山崎監督のような夢と情熱を持って、映画制作を目指す若者は減ったと言う。

「VFX映画を見るのは好きだが、作りたくはない、という人が多い。映像制作は1チームで5、60人から300人ぐらい関わります。自分の都合を優先するわけにはいかないし、コミュニケーションをとりながら作業するのは面倒くさいと感じる傾向があります。今回の山崎チームの快挙は、若い世代の背中を押す良い刺激にはなるでしょう」

山崎監督の今後とゴジラの続編

「『ゴジラ-1.0』が米国でヒットしたといっても、興行収入は今春公開された『ゴジラxコング 新たなる帝国』の方がはるかに高い」と、VFX評論家の田村氏は指摘する。「そもそも、最初から公開館数や広告宣伝費に大差があるのです」

最近、山崎監督が米大手のタレントエージェンシー・CAA(クリエーティブ・アーティスツ・エージェンシー)と契約を交わしたと報じられた。今後、米国で映画を撮る可能性もあるが、田村氏は、監督が白組から完全に離れることはないだろうと言う。

「『ジュブナイル』以来、山崎作品にずっと注目し、監督に何度かインタビューもしました。自らの映画作りを通して、白組の技術力を向上させる一貫した意図があると感じます。山崎監督が世界に飛躍するには、ハリウッドで大作を撮るより、Netflix、Amazon Prime、Apple TVなどのルートでの世界発信の方が成功率は高いと思います。その際は、当然、白組も参加するでしょうね」

かつて、『風の谷のナウシカ』のように、「世界観から作りあげるファンタジーをいつかやりたい」と語っていた山崎監督(『白組読本』)。壮大な山崎ワールドを見てみたい気はするが、当面気になるのは、『ゴジラ-1.0』の続編だ。

「山崎監督は続編を撮ると思います。その場合、時代は、『-1.0』の物語が終わった1947年から数年後、初代ゴジラが登場する54年の前に設定するのではないでしょうか。山崎ゴジラは1946年米国の“核実験”で巨大化したとしています。これは原爆実験です。初代ゴジラは、54年3月の世界初の水爆実験で巨大化しました。ゴジラをどう生き返らせるのか、初代ゴジラの物語とリンクさせるのか。別の怪獣を登場させるのか。タイトルをどうするのか。いろいろ興味深いですね」

バナー写真:(C)2023 TOHO CO., LTD.

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