大谷翔平、山本由伸…巨額投資でメジャーリーグの盟主をもくろむドジャースの野望
スポーツ 国際・海外 経済・ビジネス- English
- 日本語
- 简体字
- 繁體字
- Français
- Español
- العربية
- Русский
10年総額7億ドルが意味する古豪の本気
メジャーリーグにおいて、潤沢な資金力の有無と勝利への渇望は必ずしも一致しないのかもしれない。
たとえ経済的な制約があっても、限られた資金で強豪球団を築き上げるケースは少なくない。その一方で、資金力があっても補強や育成で後れを取る球団も数多い。近年のメジャーでは、世界一に到達したとしても、その後、主軸選手の年俸高騰により有力選手を続々と「バーゲンセール」でトレードし、あっという間に弱体化する傾向が頻繁に見られるようになった。
実際、1998年から3連覇したヤンキース以来、昨季までワールドシリーズを連覇したチームはない。それほど、最高峰レベルの戦力を維持することは簡単ではない。裏を返せばどのチームにもチャンスがある、「混戦」「戦国時代」であるとも言える。
そんな状況で、これまで「西海岸の強豪」として知られたロサンゼルス・ドシャースは、常勝軍団としての基盤を強固にし、本当の意味でのメジャーの盟主となるために、巨額な資金を惜しむことなく投資。大きな一歩を踏み出した。その象徴が、エンゼルスからFA(フリーエージェント)になっていた大谷翔平の獲得だった。
2013年以来、過去11年間で7連覇を含む地区優勝10回。20年には世界一に登り詰めたドジャースは、23年のシーズン終了後、オフの話題を独占するほど大規模な補強に踏み切った。
FA市場解禁後の大谷翔平の争奪戦では、事前の予想通り複数球団との間で激しい攻防を繰り広げた。交渉中には大谷が搭乗したと憶測されるプライベートジェットのフライト経路がSNS上で追跡されるなど、根拠のない不確定情報が飛び交う異例の事態となった。
大谷の代理人側が各球団やメディアに対して情報統制を徹底する一方で、ドジャースのデーブ・ロバーツ監督は昨年12月のウインターミーティング中、堂々と「大谷の獲得はトッププライオリティーだ」と明言した。
ドジャースは大谷が花巻東高を卒業する13年に獲得に動いただけでなく、大谷が日本ハムからポスティング(海外FA権取得前にメジャーリーグへ移籍できる制度)で移籍を志した17年オフにも最終面談に残り、有力候補に挙げられた。
当時はエース左腕のクレイトン・カーショーらが交渉に同席するなど、最大級の誠意を示したものの、ナ・リーグにはDH制がなかったこともあり、大谷はア・リーグのエンゼルスと契約した。ただ、大谷の心の中に、ドジャースへの好印象は明確に残っていた。
今回のFAでは最終的に大谷自身がドジャース入団を決断し、空前の移籍騒動は決着した。
契約内容はプロスポーツ史上最高額となる10年総額7億ドル。しかも、33年までの10年間は年俸200万ドルで、その後は2043年まで毎年6800万ドルを「後払い」で受け取る特殊な契約となった。
異例とも言える「後払い」は大谷自身の提案で、ドジャースにとって今後10年間は選手の総年俸が抑えられるため、よりフレキシブルな資金運用が可能となる。大谷の願いは、ドジャースが来季以降も安定した戦力補強を継続し、常にワールドチャンピオンへの最短距離を維持することだった。
年俸総額の97%を「後払い」にするという大谷からの要望を、アンドリュー・フリードマン編成本部長は「翔平にとってとても重要なことだった」と、真正面から受け止めた。さらに、契約期間中の10年間で、オーナーグループのマーク・ウォルター氏、またはフリードマン編成本部長が退職した場合は大谷が契約破棄できる条項が盛り込まれるなど、経営、編成、選手が文字通り「同じ船」に乗って戦い抜く方向性が定まった。
一致したのは「勝利へのこだわり」
昨年12月14日、本拠地ドジャースタジアムで行われた入団会見で初めてドジャーブルーの背番号「17」に袖を通した大谷は、メジャー移籍後の6年間は届かなかったポストシーズン、さらに世界一を渇望する胸中をあらためて明かした。今年7月5日で30歳。「野球選手として、あとどれくらいできるかというのは、正直、だれにも分からない」と、これまで触れることの少なかった現役生活の将来を見据えたうえで、さらに言葉を続けた。
「優先順位は一番上。勝つことが今の僕にとって一番大事なことだと思うし、優勝に欠かせなかったと言われる存在になれるよう全力で頑張りたい」
大谷の入団決定後、フリードマン編成部長は襟を正すように表情を引き締めた。
「今後、いかなる場面でもいい選手を補強していくつもりだ」
その言葉通り、タンパベイ・レイズから時速100マイル(160.9キロ)の快速球を持つ先発右腕タイラー・グラスノーを交換トレードで獲得。さらに、5年総額1億3500万ドルで契約を延長した。その際、正式契約直後の大谷が、ビデオメッセージに出演し、「あなたのために本塁打を打つ」とアシスト役を買って出るなど、グラウンド外でも大谷の存在感は際立ち始めた。
オリックス・バファローズからポスティング制度を利用してメジャー移籍を目指していた山本由伸投手との直接交渉には、大谷だけでなく、ムーキー・ベッツ、フレディ・フリーマン、ウィル・スミスの4選手が同席し、共に食事をしながら山本に猛プッシュをかけた。
その結果、山本とはメジャーの投手史上最高額となる12年総額3億2500万ドルで合意した。昨年12月27日にドジャースタジアムで行われた入団会見で、山本は決断に至る理由を明快な言葉で表現した。
「自分の中で勝ち続けたい気持ちが強いというところが、優先順位に置いていた決断の理由でした。大谷さんがもし仮に他のチームを選んだとしても、もしかしたら僕はドジャースを選んでいたかなと思います」
強調したのは勝利へのこだわり。それはまるで大谷の言葉をなぞるかのようだった。
空前の大補強を終えたことで、ドジャースへの期待度は一段と高まった。オッズメーカーによる今年のワールドシリーズの予想でも、ドジャースは圧倒的な1番人気に挙げられている。それでもロバーツ監督は、大谷の加入が実現した感慨を「我々が夢見てきたこと」と興奮した口調で表現した。「常勝」を義務付けられ、世界一への重圧が双肩にのしかかることも覚悟の上だった。
「最大限に期待されるのは分かっている。ただ、ドジャース野球の歴史にとってグレートな日となった。我々はスポーツ界の中心にいるのだから」
世界中から注目され、常にプレッシャーを感じられることは、最高レベルのプロ集団を率いるロバーツ監督にとって本望だった。
「ここにいることが好きだし、我々はただ勝ちたいだけなんだ」
巨額投資が「今季」だったわけ
大谷の加入は長い公式戦、そしてプレーオフを勝ち抜くためだけでない。爆発的な人気を集める大谷がほぼ毎試合「DH」として出場するだけに、昨季までも好調だった観客動員はさらに大幅増が見込まれる。すでに発売されている本拠地ドジャースタジアムでのチケットは入手困難な状況となっており、高騰化が進んで早くもプラチナペーパーとなった。
このほか広告料、グッズの売り上げなどの大幅増加も見込まれており、関西大の宮本勝浩名誉教授の試算によると、大谷の移籍による24年の経済効果は約533億5200万円が見込まれる。大谷が今後10年間プレーすることを考慮すれば、球団の資産価値も世界トップクラスとなるに違いない。その意味でも、大谷を獲得するタイミングは選手として絶頂期を迎えた昨オフがベストだった。
今やドジャースにとって、プレーオフに進出することは単なる目標ではない。プレーオフを勝ち抜かない限り、最後に笑顔では終われない。
交渉期間中、オーナー陣が残した言葉が大谷の胸に響いたという。
「『ドジャースが経験したこの10年間をまったく成功だとは思っていない』とおっしゃっていたので、それだけ勝ちたいという意思がみんな強いんだなというのは心に残ったと思います。やっぱり全員が勝ちに、同じ方向を向いていることが大事だと思う」
3月20日。韓国・ソウルで初開催された公式戦の開幕戦。ドジャースはパドレス相手に終盤、逆転勝ちを収め、好スタートを切った。日米を通じて初対決となったダルビッシュ有からの初安打をはじめ、2安打1打点と貢献した大谷は、すがすがしい笑顔で試合を振り返った。
「最初のスタートとして、まず勝てたのが良かった。最後まで粘り強くというか、諦めずに逆転できたのがチームとして良かったです」
目の前の試合結果に一喜一憂するつもりはない。
ただ、飽くなき野望を抱くドジャースの大黒柱として、大谷翔平が力強いストライドで走り始めたことは間違いない。
バナー写真:古巣エンゼルスとのオープン戦前にベンチで笑顔を見せる大谷翔平(2024年3月5日、アメリカ・アリゾナ) 時事