中堅国と新興国の躍進で勢力図が塗り替わるアジアサッカー概況
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アジアカップで鮮明になったレベルの向上
今年1月12日~2月10日に行われたサッカーのAFCアジアカップ2023は、開催国のカタールが決勝でヨルダンを3-1で下し、2連覇を達成して幕を閉じた。
1年前のワールドカップ開催国であり、アジアの強豪の一角を占めるカタールが決勝に進んだことは驚くにあたらないが、FIFAランキングは84位(本大会抽選当時)に過ぎず、過去の最高成績がベスト8のヨルダンの躍進は大きなセンセーションを巻き起こした。
だが、ヨルダンの活躍はフロックではない。グループリーグで韓国と引き分けた後、ラウンド16ではイラク、準決勝では再び対戦した韓国に2-0と完勝しての、堂々の決勝進出であった。決勝でも先制点となった不運なPKをカタールに与えなければ、試合はどちらに転んでいてもおかしくはなかった。
この大会からアジアカップは、それまでの16カ国から24カ国に本大会出場国を拡大した。
ヨーロッパや南米、アフリカなどに比べ、アジアは強豪国と中堅国、新興国の力の差が大きい。
日本、韓国、サウジアラビア、イラン、オーストラリアの5強──W杯常連国と、それに続くカタール、イラク、中国、ウズベキスタン、UAE、クウェート、オマーン、バーレーン、タイ、ベトナムなどの第2グループ、さらにその下のインドなど第3グループといった明確なヒエラルキーが存在する。W杯予選のような総合的なサッカー国力が問われる戦いの場で、1試合での番狂わせはあっても、その力関係が逆転することはほとんどなかった。
ところが、である。カタールで起こったのは、中堅国、新興国のボトムアップだった。
中東勢では戦火に見舞われるパレスチナやシリアが初めてグループリーグを突破した。中央アジアからは初出場のタジキスタンがラウンド16に進み、キルギスもグループリーグで存在感を放った。これまでタイとベトナムが抜きん出ていた東南アジアでは、インドネシアがベトナムを破って初めてノックアウトステージに進出し、韓国と引き分けたマレーシアもあと一歩のところまで迫った。4カ国の力関係は完全に拮抗した。
前評判の高かった日本をはじめとする5強が、本来の力を発揮し切れないまま互いに潰し合ったこととも相まって、大会では息の抜けない好ゲームが続いた。一方的な展開の大量得点の試合はひとつもなく、いわゆる消化試合もなかった。リーグ最終戦でもどこもモチベーションは高く、最後まで見る者を飽きさせなかった。
カタールW杯でアジアサッカーは大きく変貌を遂げた。そしてアジアカップも、これまでとは一線を画する新しい大会になった。日本の準々決勝敗退に打ちひしがれながらも、筆者がドーハで感じたのはそんな驚きであり、喜びであった。
サッカー大会に適した国、カタール
そもそもこの大会は、中国で行われるはずだった。ところが新型コロナのため中国での開催が困難となり、カタール開催が決まったのが2022年10月のことだった。翌年2月28日にカタールサッカー協会は、大会日程をW杯から13カ月後の2024年1月12日~2月10日にすると発表した。
カタールにはW杯で培った大会組織運営のノウハウと整備された環境があった。
アジアカップで使用した9のスタジアムのうち、7つはW杯でも会場となったスタジアムであり、メディアセンターもW杯地元組織委員会のものをそのまま使った。試合当日料金フリーの地下鉄やシャトルバスなどの交通の利便性はそのままに、W杯では高騰したホテルの宿泊料金も、アジアカップ期間中は通常料金のままだった。しかもW杯同様に、すべての試合を同じホテルに泊まりながら日帰りで見ることができる。
もともとカタールにはホスピタリティの高さがある。サポーターに快適で、メディアも何のストレスもなく仕事ができるアジアカップは2011年のカタール大会以来であり、快適さはさらにブラッシュアップされていた。
その結果、大会を通して150万8000人ものサポーターがスタジアムを訪れた。地元カタール国民はもちろん、アラブの周辺諸国からの来訪者、さらにはこの地域に住む東南アジア諸国の人々など多種多様で、これまで最多だった2004年中国大会の104万人を大きく上回った。1試合平均2万9565人も史上最多である。
その中国大会を除き、これまでのアジアカップは開催国の試合や準決勝・決勝以外スタンドはほとんどガラガラ、閑古鳥が鳴いているのが実情だった。カタールは違った。サポーターがスタンドで醸し出す熱気が、ピッチ上の選手のモチベーションに油を注ぎ、背中を後押ししたのは間違いなかった。
W杯においてのカタールは、北アフリカ諸国やアラブ勢以外のアジア諸国にとって慣れ親しんだ国であり、ヨーロッパや南米、ブラックアフリカのようなアウェー感覚はなかった。モロッコの大躍進(アラブ勢、アフリカ勢を通じての初のベスト4進出)や、カタールを除くアジア5カ国がグループリーグでいずれも勝利を挙げ、うち3カ国(日本と韓国、オーストラリア)がラウンド16に進んだのは、開催国がカタール以外ではあり得なかった。
アジアカップでは同じ恩恵をアラブ諸国のみが受けた。日韓など東アジア諸国やオーストラリア、また同じ中東でも非アラブのイランにとっては、カタールは決してホームではなかった。
さらにはモロッコがW杯でスペインとポルトガルを破って準決勝に進んだことが、アラブ諸国に大きな自信を与えていた。アジアカップで決勝進出という歴史的快挙を成し遂げた、ヨルダン代表監督のフセイン・アムタはモロッコ人である。
フィリップ・トルシエのアジアサッカー評
「サッカーは以前よりもクリーンになった」とフィリップ・トルシエは言う。
ベトナム代表監督として大会に参加し、グループリーグ初戦の日本戦では独自のコレクティブなプレースタイルで日本を混乱に陥れたトルシエは、目標のラウンド16進出は果たせなかったものの、その手腕は日本でも改めて評価された。アジアサッカーの進化について、彼は独自の見解を示した。
「日本や韓国は選手の多くがヨーロッパのクラブに所属しており、国内リーグが続く中、所属するクラブを離れ、代表に合流してアジアカップを戦う。コンディション調整もモチベーション維持も簡単ではない。だが、決勝に進んだカタール、ヨルダン両国とも、選手のほとんどが地元のクラブに所属している。カタールは国内クラブ所属の選手ばかりだし、ヨルダンにしても1人(モンペリエ所属のムサ・アルタリミ)を除き、国外といってもUAEやカタールなどアラブ諸国でプレーしている選手でほぼ地元といえる。それはひとつのアドバンテージだ。チームの統一感は保たれ、内部に軋轢(あつれき)が生じることがない。選手を集めて集中的な強化もできる。それが日本や韓国との違いだ」
そして彼は、カタールが提供した環境を高く評価する。
「スタジアムのピッチの状態や練習場の状態、全体の組織運営や選手のセキュリティ、メディアの仕切りなどのレベルが向上し、大会は以前よりよく組織化された。そうしたすべてが、安心してサッカーに集中できる雰囲気を作り出した。環境が整ったことで、自己表現の実現とよりよいサッカーの実践が可能になった。いわゆる弱小チームも、外国人監督のもとプレーを構築しようとする状況が出来上がった」
優れた環境の中で、モチベーションの高い選手が観衆の熱気に後押しされながら120%の力を発揮し、監督の戦術・戦略を実践する。それが可能であったのは、選手の戦術理解力とフィジカル能力が向上したからであり、監督——その多くが外国人であった——もまた、彼らの能力が100%発揮できる戦い方を追求した。そこから生まれた熱量に、日本も韓国も圧倒された。
根底には近年、加速が進むサッカーのグローバル化がある。アジアの多くの地域でヨーロッパのトップレベルの試合が日常的に見られるようになり、得られる情報量も圧倒的に増えた。また、人的な交流も盛んになり、例えば日本人選手や指導者もアジアに活躍の場を求め、日本もアジアの選手を受け入れた。今大会の東南アジアでいえば、タイは日本人監督、インドネシアとマレーシアは韓国人監督、ベトナムのトルシエも元日本代表監督であった。
こんなことがあった。イラクがヨルダンに敗れたラウンド16の試合後の記者会見で、イラクの記者たちはスペイン人のヘスス・カサス監督に敗因を根掘り葉掘り聞き出そうとした。それまでの会見では片言の英語で対応していた監督も、この時は正確を期すために通訳を通じてスペイン語で応じた。
だが、「(イラクメディアの取材には応じないのに)試合前日にスペインテレビ局のロングインタビューに応えていたのが敗因ではないか?」という質問が幾度となく繰り返されるに及び、忍耐強く対応していた監督も最後は嫌気がさして「シ(そうだ)」と答えてしまった。これにはイラクメディアが激怒し、20人以上が一斉に席を立つと監督に罵声を浴びせながら会見場から出て行ってしまったのだった。
決して容認できる行為ではない。だが、彼らはそれだけ本気であり、熱意と期待で代表を後押ししていた。それはイラク国民も同じであり、さらに言えば他の国々にも同じ熱気があった。
そうした熱やエネルギーが、カタールという理想的な環境を得て(イラクメディアはさておき)適切な方向に放たれた。その事実こそが、アジアサッカー躍進の実態であり正体なのである。
バナー写真:アジアカップ決勝を戦うカタール代表(赤)とヨルダン代表(白)。敗れたものの、ヨルダンにとって決勝進出は史上初の快挙だった(2024年2月10日、カタール・ルサイル) ロイター
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