1杯2万円も!? : 「小さくても確かな幸せ」を求めて育まれる台湾のコーヒー文化

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「台湾といえばウーロン茶」と思うなかれ。いま台湾は「Coffee Island(珈琲島)」となるべく、ものすごいスピードで変化している。街中にひしめくおしゃれなコーヒーショップの中には、1杯2万円を超える高級店も現れた。世界に通用するバリスタも続々誕生。コーヒーに熱中する台湾人の思いと、台湾コーヒーをめぐる日本との歴史的関わりを探ってみた。

大人気の台湾国際珈琲展

2023年11月、台北の南港展覧館で開催中の「台湾国際珈琲展」を訪れた。平日にもかかわらず、地下鉄やバス、タクシーで乗りつけた人々が続々と会場に流れ込んでいく。台湾最大のコーヒーに関する展示会で、期間中はバリスタや焙煎士が競い合うWCE(World Coffee Events)も開かれ、会場は人々の熱気とコーヒーの芳醇(ほうじゅん)な香りに包まれていた。

「阿里山コーヒーです。試飲どうぞ」「あと残り3箱です」「咖啡冰淇淋(コーヒーアイス)はいかがですか」

元気な声が飛び交い、通路を歩くのもやっとの状態は、まるで夜市や市場に迷い込んだようだ。

「台湾国際珈琲展」でにぎわう阿里山コーヒーのブース
「台湾国際珈琲展」でにぎわう阿里山コーヒーのブース

試飲用の小さな紙コップを片手に、わずかなスペースを見つけては、コーヒーを飲み比べて楽しんでいる。海外からの出展者とコーヒーのうんちくを語り合っている人も少なくない。両手一杯に抱えきれない豆を買い占めている人もいる。

あぜんとする私の脳裏に浮かんだ疑問──台湾人ってこんなにコーヒーが好きだったっけ?

展示会は2023年で23回目だ。主催する展昭国際企業によれば、出展者も参加者の数もうなぎ上りだそうだ。台湾産コーヒーが集まる一角があった。人気の産地は雲林・古坑、嘉義・阿里山、台東、屏東など台北から離れた中南部が多い。屏東のブースで出会った台湾人の夫婦は「台湾の中でも産地によって全く違う。台湾コーヒーの実力はどんどん上がっています」と語る。

ためしに数種類を試飲してみると、酸味の強いものやコクのあるもの、苦味が強いものなど、それぞれに個性がある。

「台湾国際珈琲展」での台湾プレミアムコーヒーを提供するブース
「台湾国際珈琲展」での台湾プレミアムコーヒーを提供するブース

ICO(国際コーヒー機関)の調査では2021年の台湾のコーヒー消費量は28.5億杯、1人当たり年間約122杯も飲んでいる計算だ。2018年以降、台湾人のコーヒー消費量は毎年1.6%成長しており、国民の4割が1日に1杯以上のコーヒーを楽しむ。

1杯2万円のぜいたくコーヒーが出現

少女時代を台湾で過ごした私は、サイフォンのコーヒーなどホテルのロビーでしか見たことがなかった。成人してから訪れた台湾でも、街のあちこちにあるティースタンドで、お茶にフルーツやタピオカ、愛玉、仙草などをトッピングし、自分流にカスタマイズしたものを気軽に楽しむのが定番。茶藝館で茶葉を選び、小さな茶壷と茶杯を使い、丁寧にお茶を入れて楽しむ「工夫茶」もあり、お茶の文化が浸透していた。

ところが、最近の台湾では、コーヒー専門の“カフェ”の増殖が止まらない。

コンビニエンスストアでのひきたてコーヒーは当たり前。日本でもおなじみのスターバックスを筆頭に、Louisa Coffee(路易沙珈琲)やHWC Roasters(黒沃珈琲) 、Cama café(cama現烘珈琲専門店)、85度Cといったチェーン店に加えて、個人経営店も多い。路地裏には必ずといっていいほど小さなカフェがある。わずか数人しか入れないカフェから完全予約制のカフェ、伝統市場に併設するカフェ、日本家屋をリノベーションしたカフェなど、ユニークなカフェが次々と登場し、とうとう1杯5000元(日本円で約2万3000円)のコーヒーを提供するカフェ「Simple Kaffa The Coffee One」も誕生した。

「Simple Kaffa The Coffee One」のメニュートップには5000元のコーヒーがあった
「Simple Kaffa The Coffee One」のメニュートップには5000元のコーヒーがあった

同店は、2016年に世界バリスタ選手権で優勝した呉則霖さんが「あなたが求める1杯」をコンセプトに開いた超高級コーヒーを提供する店で、日本統治時代の刑務所をリノベーションした施設群「榕錦時光生活園区」の一隅に店を構える。外観はれんがの外壁に、瓦屋根の木造平屋。天井を撤去し、梁や柱、筋交いを生かした開放的な空間に、カウンター席とテーブル席が配置されている。ガラス張りにすだれをあしらっているせいか、どことなく和風で落ち着く。完全予約制なので、店内が混雑することはない。選んだのはグアテマラのエル・インヘト農園産のウォッシュトモカ。ひと組ずつに専属のバリスタが付き、コーヒー豆の特徴を説明しながら、目の前で豆をひき、時間と温度を正確に管理しながらドリップして出来上がるぜいたくな1杯だ。

「Simple Kaffa The Coffee One」でこの日選んだコーヒー豆はグアテマラのエル・インヘト農園産のウォッシュトモカ
「Simple Kaffa The Coffee One」でこの日選んだコーヒー豆はグアテマラのエル・インヘト農園産のウォッシュトモカ

スペシャリティコーヒーを存分に堪能しながら、バリスタの女性に聞くと、ここ5年くらい、特にコーヒーを楽しむ若者が増えたという。彼女も、いずれは自分の店を持ちたいと夢を語った。

超高級コーヒーを味わう筆者
超高級コーヒーを味わう筆者

若い人にとって、自分の店を持ち、こだわりの1杯を売りながら人生をコーヒーとともに送ることが夢なのだという。

日本統治時代に発展した台湾のコーヒー栽培

台湾のコーヒーの歴史をひもとくと、日本との関わりが深いことが分かる。

『台湾珈琲誌』(作・文可璽/麦田出版)によれば、1870年代の文献にすでに「珈琲」に関する記述が見られた。おそらくこの時期に、台湾に初めてコーヒーが持ち込まれたのだろう。日本統治時代に入り、台湾総督府は熱帯植物の栽培を積極的に推し進め、コーヒーも重視され、今の花蓮、嘉義、台南、高雄、屏東、台東などで本格的なコーヒー栽培が開始した。

リベリカ種、ロブスタ種、アラビカ種のコーヒー3原種のうち、特にアラビカ種がよく育った。総督府奨励の下、日本からの移民や台湾人も積極的に栽培を進め、メキメキと生産量を伸ばし、日本に輸出され、明治天皇や大正天皇への献上品にもなった。終戦後、日本人が去り、コーヒーの生産量は急減したものの、米国の援助を受け、1960年代に収穫量は再びピークを迎えた。その後、ブラジルコーヒーの台頭に伴い、国際価格は下落。台湾でのコーヒー栽培は氷河期へと突入した。

現在のブームのきっかけとなったのは、1999年の台湾大地震。被害が深刻だった台湾中部で、台湾政府と地方自治体が協力して農家のコーヒー栽培を奨励し、コーヒー農園が誕生した。元々コーヒーの産地だった雲林・古坑の住民はいち早くこの波に乗り、2003年に台湾初の「珈琲節(コーヒーフェスティバル)」を開催し、古坑コーヒーの名前を不動のものとした。現在の主要産地も、基本的には日本統治時代にコーヒー農園があった場所であり、荒れ地となったコーヒー農園を復活させている人も多い。台湾の人々にとって、台湾産のコーヒーを楽しむことは、単なる海外の高級豆を喜ぶ表面的なブームではなく、「失われた台湾の誇り」を取り戻すことでもある。

コーヒー栽培に適した土地は、北緯25度から南緯25までの範囲──通称コーヒーベルトと呼ばれる地域だ。台湾島の最北端が北限ギリギリなので、ほぼすっぽりコーヒーベルトに入る。理論上、標高や雨量、日当たりなどの条件が整えば、どこでもコーヒー栽培は可能だ。

ところが、台湾には700以上ものコーヒー農園があるものの、品質管理問題や従事者不足から収穫量は少なく、自給率は3%未満に止まっている。コスト高のため、取り扱う店もごく一部に限られているが、台湾で唯一、台湾産のみを扱うユニークなカフェ「森高砂珈琲館」が乾物や漢方薬の問屋街として有名な迪化街にある。

クラシカルな雰囲気の店内には、台湾各地で産出されたコーヒー豆がずらりと並んでいる。産地別のメニューはどれも1杯約400元。日本円で2000円弱と決して安くはないが、来客は後を絶たず、カウンターでは店員が忙しく豆をひき、ハンドドリップで次から次へとコーヒーが入れられていく。台湾産の豆を扱う最大のメリットは、契約農園から収穫したての豆が届き、新鮮なコーヒーを提供できるところ。

女性スタッフは「新鮮な豆の香りと味に勝るものはありません」と、目を輝かせて教えてくれた。

「森高砂珈琲館」では台湾産のコーヒー豆を扱っている
「森高砂珈琲館」では台湾産のコーヒー豆を扱っている

注文した嘉義のコーヒーは薄い茶色だが、フワッと花のような甘い香りが立ち上がり、すっきりとしていてとにかく飲みやすい。輸入豆よりおいしく感じられた。台湾コーヒーがもっと手軽にどこでも飲めるようになることを期待したい。

文化としても定着したコーヒー

台湾で現在ほどカフェブームが盛り上がっていなかった2007年、いち早く台北に店を構えた「RUFOUS」を訪ねた。入り口すぐ横のガラス張りのスペースに立派な焙煎(ばいせん)機が設置されていた。やや暗めの照明で質素な感じの店は、レトロ喫茶のような雰囲気だ。店主の小楊さんこと楊博智さんは焙煎職人でもある。自家焙煎をしていない店が、小楊さんの豆を求めて殺到するほど腕前は確かで、台北カフェのパイオニア的存在として知られている。

「RUFOUS」でコーヒーを入れる店主の楊博智さん
「RUFOUS」でコーヒーを入れる店主の楊博智さん

「昔に比べて最近の台湾人は、コーヒーの味を楽しむようになり、文化としてコーヒーが定着してきたと思います」

今のカフェブームを見て小楊さんはうれしそうに話してくれた。

店内には常連と思わしき人が多く、1杯のコーヒーを片手に、小楊さんと軽くあいさつを交わしながら時を過ごす人を多く見かけた。コーヒーは飲むだけではなく、ゆったりとした生活や仕事の息抜きなど、ライフスタイルとも深く関わっている。

台湾人はオリジナルを創意工夫で「台湾式」に発展させるのが得意。試験管に入れたコーヒーを氷水に浸してアイスコーヒーにしたり、中国茶を飲むような茶杯でホットコーヒを提供したりと、日本では見かけない方法でコーヒーが運ばれてくる。近い将来、きっと日本人が思いもつかない台湾らしいコーヒー文化が育つに違いない。

「森高砂珈琲館」では試験管に入れたコーヒーを氷水に浸してアイスコーヒーにする
「森高砂珈琲館」では試験管に入れたコーヒーを氷水に浸してアイスコーヒーにする

台湾の経済は半導体の好景気もあって成長を続け、1人当たりのGDPも日本や韓国を追い抜くほどになった。一方で、いまのコーヒーブームは、村上春樹の小説の「小確幸(小さいけれど確かな幸せ)」という言葉が若者たちのキーワードになるように、お金もうけのための人生よりも、確かな幸せを1杯のコーヒーから受け止める感性が広がったことの証明だと私は考えている。

写真は全て筆者が撮影・提供

バナー写真:乾物や漢方薬の問屋街として知られる台北迪化街にある森高砂珈琲館

台湾 コーヒー 日本統治時代 阿里山