改正入管法を問い直す:「人の支配」から「法の支配」へ、「納得感」のある入管行政を
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入管の裁量に「白紙委任」
現行の「出入国管理及び難民認定法」(入管法)の前身は、まだGHQ(連合軍総司令部)の統治下にあった1951年にポツダム政令として制定された「出入国管理令」だ。戦前は「日本人」、戦後に「外国人」とされた朝鮮半島の出身者をいかに「管理」し、スムーズに半島に送還するかが主眼だった。
「戦後のシステムがいまだにアップデートされていない」と、木下氏は指摘する。「管理令制定から70年余りの間に、外国人を巡る状況はガラリと変わっています。にもかかわらず、“在日”の人たちをどう処遇するかという発想で作られた基本的骨組みが、ほとんど変わってこなかった」
「今回の法改正でも、大きな前進はありません。このままでは、正規滞在者にも不利益が大きい」
木下氏から見た根本的問題はどこにあるのか。
「入管にあまりにも広範な裁量権が与えられていることです。裁量を全否定するわけではないが、“白紙委任” は問題です。行政庁に、事実上、外国人をいかように処分してもいいというフリーハンドの裁量を与えている。そして、その判断をチェックする機能、制度が欠如しています」
「マクリーン事件」判決の「お墨付き」
入管の巨大な裁量権を後押ししているのは、1978年の「マクリーン事件」最高裁判決だ。
70年代、英語教師として在留していた米国人男性が、ベトナム反戦運動などの政治活動を行ったことから、在留期間更新が不許可となり、訴訟を起こしてその是非を争った。最高裁判決は、憲法上の政治活動の自由は基本的に外国人にも保障されるが、その人権を行使したことにより、法務大臣の裁量で在留を不許可としても、違憲の問題は生じないとした。
「この判決は、入管に強大な裁量権行使のお墨付きを与えました。しかし、少なくとも当時、在留可否の最終的な決断を下すのは法務大臣でした。国会、国民に対して責任を負う国務大臣であり、何か問題が生じれば、総理大臣から罷免される立場です」
「重責を担う大臣が、熟考の末、原告の政治活動が日本の国益に沿わないと判断して在留更新を認めなかったというなら、まだ理屈が通ります。しかし、現在、最終判断をするのは法務大臣ではありません。それが最大の問題なのです」
地方官僚の恣意的判断
現在、出入国在留管理庁長官をトップとする本庁の下に、全国8カ所の地方出入国在留管理局(地方局)がある。在留資格に関して、巨大な裁量権を行使しているのは、8人の地方入管局長だ。
「2001年の入管法改正によって、法務大臣の権限の大半が地方入管局長に委任されたのです。国務大臣の法務大臣と、一官僚の地方局長では、立場が違うと議論した形跡は全くありません。入管の処分・決定に関わるほとんど全ての事案の最終判断を、入管の出先機関の長が行っている。これは怖いことです」
「同じようなケースでも、A局では許可、B局では不許可ということはよくあります。地方局長個人のキャラクターを反映しやすいシステムなのです」
「しかも、難民認定手続きを除き、外国人の出入国に関する処分は、正規・不正規を問わず行政不服審査法から除外され、不服の申し立てができない制度です。納得できないなら訴訟を起こすしかない。しかし、マクリーン事件判決のお墨付きがあるので、裁判で原告が勝訴する見込みはほぼありません」
「厳しい審査を否定するわけではありません。裁量が恣意(しい)的になる危険性を大きくはらむシステムであることが問題なのです。入管職員の個人的主観、正義感によって外国人の人生が大きく左右されてしまう。そんな状況を放置しておいていいものでしょうか」
ハンガーストライキによる餓死事件
2004年から08年、「不法滞在者5年半減計画」が実施された。この間、建前上は、厳格な上陸審査、摘発の推進などを実施して、半減目標をほぼ達成したことになっている。だが実際は、法務大臣(=地方入管局長)の裁量で、積極的に在留特別許可(在特)を付与したことが大きな要因だった。
半減計画が終了すると、在特率(在特希望者に在特が付与された割合)は下がり続け、全国の入管収容施設でハンガーストライキが頻発するようになる。さらに東京五輪開催を視野に、2016年以降、「安心・安全な社会の実現」というスローガンのもと、仮放免の運用が一気に厳格化していった。
19年、長崎県の大村収容所(=大村入国管理センター)で、仮放免を求めハンガーストライキ中のナイジェリア人男性が餓死する。先進国の日本で起きた餓死事件は、衝撃的なニュースとして国内外のメディアが大きく報じた。
「サニーさん」と呼ばれていたこの男性は、収容されてから亡くなるまでの3年7カ月の間、4回仮放免を申請したが、認められなかった。
「かつて、長崎の収容所から多くの朝鮮半島出身者を船で国費送還しました。現在は、退去強制令書が発付されると、大多数の人たちが自主的に、自費で本国に帰っています。それ以外の人たちは、入管法上、速やかに国費送還することになっています。自主的な帰国を申し出ない人を『送還忌避者』として、無期限に収容することは合理的ではありません」
餓死事件は入管の「闇」に内外の関心を集めることになり、入管法改正議論につながった。
「全件収容主義」との決別はまだ
木下氏によれば、「全件収容主義」(退去強制対象者を基本的に全員収容する)を前提とした退去強制システムは、前述の「出入国管理令」(1951年)の時代からほとんど変わっていない。当時は送還忌避者の増加や難民の受け入れは想定外だった(日本の難民条約批准は1981年)。
「コスト(税金)がかかるし、国際的批判も浴び、国益を損ねています」
今回の法改正による争点の一つは、「監理措置」の導入だ。オーバーステイの人などを収容せず、弁護士、親族や支援者などを想定した「監理人」の監督の下で生活する措置である。そもそも監理人のなり手がいるのかという問題もあるが、「結局は監理措置に処すかどうか決めるのも入管であり、収容するかしないかは相変わらず入管の裁量に委ねられている」と木下氏は言う。「その意味では『全件収容主義』と決別したわけではないのです」
裁量を広げようとしている?
2006年公表の在特付与のガイドラインは、日本人との婚姻や家族関係などの事情を考慮する要素として示した。だが、あくまでも単なる目安にすぎず、結局は地方局長の「胸三寸」だった。
「法改正で、在特の考慮事項を条文にしたのは一歩前進です。ただ、考慮事項をどのような基準で判断していくのかについては、明示していません」
木下氏が危惧するのは、「内外の諸情勢及び本邦における不法滞在者に与える影響その他を考慮するものとする」という一文だ。
「『内外の諸情勢』『不法滞在者に与える影響』など、いかようにも解釈できてしまう。入管の裁量を強化しようとしているのではないかと、個人的に一番懸念している点です」
また、在特を認めない理由の提示が義務化されたことも、「進歩」ではあるが、提示される理由があいまいで具体性に欠けていれば、判断の透明化にはつながらないと指摘する。
不服申し立てのシステムを
「入管制度を論じる際、難民や非正規滞在者の問題が中心になりがちですが、正規滞在者にもさまざまな不利益が生じる可能性があります」と木下氏は警鐘を鳴らす。「例えば、マクリーン事件のように、在留の更新が認められないリスクを常に抱えているわけです」
「今回の改正で、在特、仮放免、監理措置に関して、不利益な処分をしたときには理由を通知する義務がようやく法定化されました。一方で、正規滞在者に対しての通知義務は法制化されていません」
「正規、非正規を問わず、不服申し立てができない制度は改めるべきです。問題はあるにせよ、少なくとも難民認定の手続きでは難民審査参与員による2次審査がありますが、他の在留手続きにはそれがない。入管の判断を第三者が客観的にチェックする仕組みを導入し、不服申し立ての審査も行う体制が理想です」
「在留要件のハードルを下げろ、などと言いたいわけではありません。対象者が処分に納得できる説明を提供してほしいのです。外国人は行政手続法や行政不服審査法からも除外され、手続き的な正義の外側に置かれ続けてきました。今回の法改正でも、状況はほとんど変わっていません」
「それでも、私は楽観的です。かつてないほどの注目を集めているのですから、入管は変わらざるを得ないでしょう。改正入管法の運用を注視しつつ、建設的で冷静な議論を進めていくべきです」
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