『サンクチュアリ』の向こう側へ──世界の頂きを目指す、4人の“女子力士”たち

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2023年10月7・8日、「世界相撲選手権大会」が東京都立川市の立飛アリーナで開催される。プロの力士がぶつかり合う大相撲とは異なり、アマチュアスポーツとしての国際大会だ。新型コロナの影響で開催は4年ぶり。久々の大舞台に闘志を燃やしている選手は、男子だけではない。「女だって、強くなりたい!」──女人禁制とされる大相撲の“聖域”からはみ出し、新たな道を切り開かんとする4人の女傑に迫った。

弱点は、ありません:ジュニア女子重量級・阿部なな

「お願いしまぁす!」

土俵に上がった時から、彼女の気迫は他を圧倒していた。

阿部なな、中学3年生。全国制覇を12度成し遂げた、新潟が誇る“最強相撲少女”だ。筆者がその取組を間近で見たのは、今年元日のこと。史上初の「元日女子相撲日本一決定戦」──女子相撲の魅力を広く発信しようと選手らが企画した、女子による、女子のための大会だ。

阿部の名がアナウンスされると、会場の空気が変わった。威勢よく一礼し、太ももを手のひらで打ち鳴らす。「はっけよい!」行司が叫び、息をのんだ次の瞬間には、もう決着がついていた。「格が違うよ」隣の観客が漏らした声に、思わずうなずいた。

この選手権で「中学生の部・初代女王」に輝いたのを皮切りに、5月、7月の全国大会でも中学生の部で優勝。向かうところ敵なしだ。

2023年7月16日開催「全日本女子相撲 岐阜大会」の中学生部門・重量級で優勝。得意の押し出しで全勝した 本人提供
2023年7月16日開催「全日本女子相撲 岐阜大会」の中学生部門・重量級で優勝。得意の押し出しで全勝した 本人提供

「妹は恥ずかしがり屋で、いつも私の陰に隠れていたんです。でも土俵に上がったら、スーパーヒーローになっちゃった」

そう振り返るのは、2歳年上の姉・さくらだ。小学生の頃、何気なく参加した「わんぱく相撲大会」に妹がくっついてきたのが、阿部姉妹と相撲の出逢いだった。さくらは大会経験者に勝てず予選で敗退したが、妹は初取組とは思えぬ勢いで敵を圧倒。優勝をもぎ取った。

「小学4年生で初めて全国大会で優勝して……。それからずっと世界一が夢でした」と阿部は語る。国内屈指の実力者でありながら、これまで年齢の壁やコロナに阻まれ、世界で闘うチャンスが巡ってこなかった。今年は念願の初出場だ。

「得意な押し相撲をもっともっと力強くして、勝てたらいいなぁと思います」

取材はひどく緊張するといい、土俵では朗々と響く声も別人のように小さい。しかし克服したい弱点を問うと、「ありません!」。そう頼もしく答えた。

阿部が目指すのは「相撲一本で食べていく」こと。だが現状、女子にその道はない。妹のセコンドとして二人三脚で走り続けてきたさくらは「がんばっている女の子が、性別のせいで悔しい思いをするなんておかしい」と言葉に熱を込める。

「女の子がなりふり構わず、頭からガンガンぶつかっていく姿ってすごくカッコいい。みんな本気で、みんな全力。全然、大相撲と変わらないです。この魅力を知ってもらえれば、大相撲みたいにファンが大勢集まる競技にきっとできる。そうしたら、ななの望む道が開けるんじゃないかって。不確定な未来だけど、そう信じたいです」

2023年5月14日、日本代表への内定がかかった「全日本相撲個人体重別選手権大会」で見事に白星をあげた。世界選手権への出場が無事に決まり、さくら(左)の目にも涙が 本人提供
2023年5月14日、日本代表への内定がかかった「全日本相撲個人体重別選手権大会」で見事に白星をあげた。世界選手権への出場が無事に決まり、姉のさくら(左)の目にも涙が 本人提供

“ラオウ”のごとく、強く優しく:無差別級・久野愛利

当代無敵──久野愛莉(ひさの・あいり、24歳)の二つ名だ。阿部ななも理想の選手として真っ先にその名を挙げた。

「すごく強くて、すごく優しいです」

「元日女子相撲日本一決定戦」では、各部門の入賞者が集う最終トーナメントを制し“初代日本一”に輝いた。圧巻の強さだが、相撲を始めたのは大学生からと随分遅い。

「もともと空手をやっていて、小学6年生の時に一度『わんぱく相撲大会』に出て準優勝したんです。中学に入るや否や、先輩から『取組を見て感動した。柔道部に入ってくれ』と猛アタックされまして」

中高と柔道を続けたが「いじめにあって……部活も高校も辞めました」。別の学校で柔道を再開したもののつらい記憶は消せなかった。引退が頭によぎり始めた頃、息抜きに勧められたのが相撲だった。

「2、3秒で勝負が決まるなど、柔道よりスピーディーでスリリング。土がつくか土俵を出たら負けと白黒はっきりしているのも面白いなと思いました」

初出場した大会で日本大学に才を見いだされ、本格的に女子相撲の道へ。空手で培った体幹、柔道で磨いたパワーに加え、センスも群を抜く。

「初戦はガチガチに緊張しますが、ギアが入ると体が勝手に動くんです。本能と言うか試合中の記憶がなくなるくらい」

「相撲の経験が浅い分、技を磨く余地がまだまだある。先輩方とぶつかってどんどん吸収していきたい」と意欲を見せる 本人提供
「相撲の経験が浅い分、技を磨く余地がまだまだある。先輩方とぶつかってどんどん吸収していきたい」と意欲を見せる 本人提供

全日本選手権を4連覇した久野を、周囲は「絶対的王者」と讃えた。しかし、負けたら騒がれる──そう考えると、ひとりでに動くはずの体が固まった。思うような相撲が、取れない。

「葛藤を抱えたまま、去年『ワールドゲームズ』に出場しました。初戦で優勝候補と当たり、組み合った瞬間、衝撃を受けたんです。強いだけじゃない、相撲を心から楽しんでいるのが伝わってきて」

「私も王者の重圧なんて考えず、世界の猛者と戦える興奮に身を委ねたい」。芽生えた想いは力に変わった。初戦は負けたものの、這い上がり重量級3位に入賞。強さを求めるのに男女は関係ない、そう久野は語る。

「『北斗の拳』のラオウのように、土俵では強く優しくカッコよくありたい。『SLAM DUNK』の三っちゃん(三井寿)も憧れです。彼と同じく膝を痛めたので、挫折から再起する姿に励まされました。私も諦めない背中を見せたい。誰かの勇気になれたらと願って戦っていますね、いつも」

現在は警備員として働きながら道場に通う。ハードな日々だが、最強を求める瞳は揺るがない。

「世界選手権では、全力で楽しんで、勝ちたい」

一片の悔いなく戦い切るため、彼女は今日も稽古に励む。

2022年7月に米・バーミングハム市で行われた「ワールドゲームズ2022」にて、モンゴル代表と対決。体格に恵まれた海外選手と渡り合えるよう、筋力アップにも励んでいる 本人提供
2022年7月に米・バーミングハム市で行われた「ワールドゲームズ2022」にて、モンゴル代表と対決。体格に恵まれた海外選手と渡り合えるよう、筋力アップにも励んでいる 本人提供

“私”のまま、何も捨てずに勝ってみせる:中量級・長谷川理央

オレンジのヘアカラー、似合いますね。そう伝えると「うれしいです。日本代表予選に懸けていたので、心機一転、明るくしました」とはにかんだ。長谷川理央(りお)、慶應義塾大学2年生。103年の歴史を誇る同塾の相撲部に、初の女子部員として名を刻んだ。

「『力士は黒髪でないと』とも言われますけど、染めたくらいで弱くなったら世話ないです。卓球のプロ選手が編み込みヘアで活躍しているように、私もおしゃれと強さを両立したい」

その決意を証明するがごとく、代表予選で全勝。幼少期から「天才」とうたわれ、中学生にして社会人選手を破り全国大会優勝を遂げた。大学でも全国を制覇し、2022年度は日本女子相撲連盟・最優秀選手と日本相撲連盟・優秀個人賞をダブル受賞と快進撃は止まらない。

2023年7月、慶應義塾大学の綱町道場にて。かつて兄が主将を務めていた相撲部で週4日の稽古に打ち込む。コーチや部員と談笑する場面も 筆者撮影
2023年7月、慶應義塾大学の綱町道場にて。かつて兄が主将を務めていた相撲部で週4日の稽古に打ち込む。コーチや部員と談笑する場面も 筆者撮影

「中学までは大人の意志で相撲をやっていました。趣味も遊びもなく厳しい稽古の日々でしたが、辞めると言ったら父に叱られそうで」

だが高校進学間際、父が突然亡くなった。相撲か別の道か。初めて選択肢を委ねられた時、その年に出場した「世界ジュニア女子相撲選手権大会」の記憶がよみがえった。

「団体優勝したものの個人では中量級3位と悔いが残りました。迷ったけれど、やっぱり次こそ世界一になりたい。自分の意志で相撲部のある高校に進みました」

しかし部員は長谷川ひとり。コロナ禍で対人稽古もままならないなか、「人一倍努力して、やっと人並みの成果が出せる」と無心でトレーニングに打ち込んだ。

「高1で世界ジュニア個人優勝を果たせたのは、誰にも縛られない相撲をとれるようになったから。私、女子相撲を“自分らしさ”を捨てずにいられる競技にしたいんです。稽古も試合もめちゃくちゃがんばるけど、勉強やメイクも手を抜きたくないし、大好きなアイドルだって追いかけたい。全部、全力でいいじゃんって」

幼少期は男子にやっかまれたが「今はまったく。むしろ『長谷川が部で一番カッコいい』と言ってくれる男子部員もいて、うれしいですね。本当に強い人ほど性別にこだわらないんです」 筆者撮影
幼少期は男子にやっかまれたが「今はまったく。むしろ『長谷川が部で一番カッコいい』と言ってくれる男子部員もいて、うれしいですね。本当に強い人ほど性別にこだわらないんです」 筆者撮影

長谷川は「大相撲の伝統は武道として重んじつつ、アマチュア相撲を純粋なスポーツとして発展させたい」と語る。「海外で相撲が熱狂しているのは、野球やサッカーと同列のスポーツだから。日本も国技だからとうかうかしていられません」

「男女一体で盛り上げたいですが、女子相撲の魅力でいえばギャップ。細身の選手も多いですし、ごく普通の女の子が髪を振り乱して突進して、思いきり投げ倒されて傷つく。痛々しいかもしれませんが、私はすごくグッときます。女子の見た目だからこそ興味を引き出せるし、気持ちなら男子に負けない。それは絶対、見る人に伝わると思います」

今はただ、自由人な相撲人でありたい:重量級・今日和

「理央は、わぁのめごこ(私のかわいい子)。しっかり者で、どっちが先輩か分からんですけど」

故郷の津軽弁が穏やかに響く。今日和(こん・ひより、25歳)、長谷川理央とは同じ道場で研さんを積んだ仲だ。

日本女子相撲界のパイオニアであり、世界女子相撲選手権大会では二度の準優勝を果たした。彼女の活躍を紹介しながら相撲界のジェンダー問題に切り込んだ、英国人監督によるドキュメンタリー映画『Little Miss Sumo』は、ロンドン映画祭ほか各国で上映され、2019年にはBBCの「今年の100人の女性」に選出。現在は愛知県の会社に籍を置き、相撲を取り続けている。

「ワールドゲームズ2022」では女子無差別級で銀メダルを獲得。今(左)は強豪・ウクライナの選手とともに表彰台に上がった 本人提供
「ワールドゲームズ2022」では女子無差別級で銀メダルを獲得。今(左)は強豪・ウクライナの選手とともに表彰台に上がった 本人提供

「青森の道場は『おなごは泣ぐもんでねぇ。しもやけになってからが稽古だ』とスパルタの極みで、ホントにしんどかった。それでも続けたのは、相撲をやっていなかったら行けなかった国、出会えなかった人だらけだからです。この10月も総合競技大会『コンバットゲームズ』に出場するためにサウジアラビアまで飛ぶんですよ」

夢は「相撲を世界に広める」こと。来年4月からの2年間は、JICAの海外協力隊としてアルゼンチンで相撲の普及に努める。

「『チャンピオンが来てくれた』と喜んでもらうためにも、世界選手権では優勝を狙います。ここ数年は戦績も落ち込んで、選手を離れることも考えましたが……まだ、世界一をとっていない。ちっちゃい人がおっきい人に勝てるのが相撲の醍醐味。強者どもを引きずりおろして、相撲発祥の地・日本のプライドを、世界と後輩に見せてやらねばと思います」

「ワールドゲームズ2022」より。相撲の普及を志す今にとって、海外選手との交流も大きな力になっているという 本人提供
「ワールドゲームズ2022」より。相撲の普及を志す今にとって、海外選手との交流も大きな力になっているという 本人提供

静かに闘志を燃やす一方、「女子相撲界をリードせねば、との想いは消えた」という。

「誰かの目標にとか、そんなんはもういいです。強さなら久野愛莉選手、話題やカリスマ性なら理央が引っ張ってくれる。私がいなくても日本女子相撲界が発展していく未来が見えたんです。今はただ、自由人な相撲人になりたい」

『相撲はかくあるべき』との縛りは根強いが、今は「誰でも身ひとつで戦えるのが相撲の良さ。主婦が週に1回相撲を取っていても“相撲人”だと私は思う。もっと自由な相撲のあり方、愛し方を見せたい」と真っすぐに語る。

「世界選手権が日本で開催されるなんて、そうそうありません。日本の若獅子が女子相撲を開花させる瞬間を見逃さないでほしい。そしてジャパンコールを会場に轟(とどろ)かせて、選手に力を届けてほしい。女子相撲を孤独な戦いにとどめるか、日の当たるところに押し上げるかは“あなた”の行動次第です」

バナー写真:慶應義塾大学の相撲道場で稽古に臨む長谷川理央。「JAPAN」の文字を背負って立つ 筆者撮影

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