撤退表明を覆し、ホンダが2026年からF1に復帰する真の理由とは

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3年前にF1からの撤退を決めたはずのホンダが、2026年からのF1復帰を表明して再び大きな話題となった。現在レッドブル・レーシング(英国)とのパートナーシップで最強・最速の座にあるホンダは、なぜ心変わりし、新たなパートナーを得て再参戦を決めたのか。ホンダのモータースポーツ活動を担うHRCの渡辺康治社長に混迷の要因と決断の真相を聞いた。

HRC社長が語る混迷の経緯

2020年10月2日、本田技研工業(以下、ホンダ)は、レッドブル・レーシングとスクーデリア・アルファタウリ(イタリア)へのF1パワーユニット供給を、2021年限りで終了すると発表した。最後のシーズン、ホンダは有終の美を飾るべく、新型のF1パワーユニットを投入。そのかいあって、レッドブルのマックス・フェルスタッペン(オランダ)はドライバーズタイトルを獲得する。

これでホンダのF1活動は終わったと思いきや、ホンダが開発したパワーユニットの生産を受け継ぐ予定だったレッドブル・パワートレインズ社の準備が整わなかったことから、ホンダ(その実動部隊は、同社のレース活動を担うHRC=ホンダ・レーシング株式会社)はパワーユニットの生産を継続。22年にはドライバーズとコンストラクターズのダブルタイトル獲得に貢献した。

今季も圧倒的な強さを発揮し、9月24日に鈴鹿サーキットで開催された日本グランプリですでにコンストラクターズタイトルを獲得したが、そのパートナーシップは現行の車両規則が終了する25年限りで解消と決まっている。これでホンダのF1活動は完全に終了するはずだったが、23年5月24日、ホンダはアストンマーティン(英国)と手を組み、26年からF1選手権に“正式に”復帰することを表明した。

2026年のF1復帰を表明した会見にて。左から渡辺康治HRC社長、三部敏宏ホンダ社長、アストンマーティンのローレンス・ストロール会長、アストンマーティン・パフォーマンス・テクノロージーCEOのマーティン・ウィットマシュー氏(2023年5月24日、東京・青山) ©HONDA
2026年のF1復帰を表明した会見にて。左から渡辺康治HRC社長、三部敏宏ホンダ社長、アストンマーティンのローレンス・ストロール会長、アストンマーティン・パフォーマンス・テクノロージーCEOのマーティン・ウィットマシュー氏(2023年5月24日、東京・青山) ©HONDA

やめるのか続けるのか、ホンダF1を巡るある種の混乱というか混迷は、20年のF1撤退発表をきっかけにして始まったといっても過言ではない。

この判断に至った経緯、そして再び参戦表明した理由を、発表当時はホンダのブランド・コミュニケーション本部長として、そしていまはHRCの代表取締役としてホンダF1の陣頭指揮を執っている渡辺康治氏に尋ねた。

「あの頃(2020年)の日本国内では、カーボンニュートラルという言葉はまだあまり使われていませんでしたが、当時から私たちはそういう新しい世界がもうすぐやってくると捉え、いわば身構えていたわけです。ただし、自動車が本格的に電動化すると、バッテリーも自前で作らなければいけない、モーターの開発も加速させなければいけない、いやいや、そもそも自動車産業の資本構造が変わってくるぞという議論が沸き起こって、これに備えるには巨額の投資が必要になると予想していました」

渡辺社長は具体的な金額こそ明示しなかったが、そのオーダーは数百億円や数千億円を優に超える額であるように、私には受け止められた。つまり、企業存続の危機に近い状況を、彼らは想定していたことになる。

「だから、他の自動車メーカーもどんどん内部留保を増やしていったわけです。その時は、ある種の恐怖さえ覚えていたといっていいでしょう」

そうした中で、ホンダはF1活動に関してもある種、極端な反応を示すことになる。つまり、それまで数百億円と推測される金額を投じて行っていたパワーユニット開発や生産をすべて取り止めるとともに、F1の主に電動化技術に関わっていた技術者たちを、将来のカーボンニュートラル社会に向けたFCEV(燃料電池自動車)やBEV(バッテリー電気自動車)など、パワーユニット・エネルギー領域に投入する決断を下したのである。

ホンダが究極のクリーンカーとして2021年9月まで販売した「CLARITY FUEL CELL」 ©HONDA
ホンダが究極のクリーンカーとして2021年9月まで販売した「CLARITY FUEL CELL」 ©HONDA

もっとも、同じタイミングでF1活動を終了すると決めた自動車メーカーは、ホンダ以外、1社もなかった。おまけにたった2年半後の23年5月24日には26年からの復帰を表明したわけだから、20年に示した撤退という判断は完全に無駄なものだったようにも思える。

「いま、この時点であれば、そういう見方もできるのかもしれませんが、あの時点では、それは難しかったですよね」

渡辺代表は、正直に心情を吐露した。

復帰を決断した決め手

では、26年のF1復帰を決めた理由は、どのようなものだったのか。

「26年から導入されるF1の新しいレギュレーションと、ホンダが考えるカーボンニュートラル技術の方向性が合致したからです」

いまから3年後に予定されているF1車両規則の大改正は、カーボンニュートラル燃料の使用が義務づけられるとともに、引き続きハイブリッド・システムを用いるパワーユニットにしても、エンジンの生み出すパワーの比率は現在の80%強からおよそ50%へと激減。これとは対照的に、バッテリーならびにモーターによって生み出される出力がおよそ50%へと引き上げられる。

こうした内容がホンダのカーボンニュートラル戦略に役立つと考えられたわけだが、ホンダはEVとFCEVの販売比率について「2040年にはグローバルで100%」とすることを目指しており、カーボンニュートラル燃料やハイブリッド・テクノロジーはここに含まれていない。つまり、少なくとも表面的には、26年以降の新レギュレーションとホンダのカーボンニュートラル戦略は合致していないように見えるのだ。

それでもホンダが新F1レギュレーションを有益と捉えている理由は、すでに商品化しているプライベートジェットや、現在開発中と伝えられるeVTOL(電動垂直離着陸機=ホンダはここに、カーボンニュートラル燃料を使うハイブリッド・パワートレインを搭載することを検討している)にこうした技術が役立つと考えているからだ。

さらに、4輪車をEVとFCEVだけにシフトする2040年までには、まだ17年もの歳月が残されており、その間はF1パワーユニットの開発で得たテクノロジーを活用できると考えていることもあろう。

レッドブルの強さを支え、この2年「最強」の称号をほしいままにしているホンダのパワーユニット。ICE(内燃エンジン)とエネルギー回生システム(ERS)で構成される ©HONDA
レッドブルの強さを支え、この2年「最強」の称号をほしいままにしているホンダのパワーユニット。ICE(内燃エンジン)とエネルギー回生システム(ERS)で構成される ©HONDA

とはいえ、ホンダがF1撤退を決めた20年の段階で、車両規則の大刷新が26年に実施されることは既成事実だった。さらにいえば、わずか2年半で「やめる」から「やる」に路線変更することに、企業として疑問を覚えなかったのだろうか。

「確かに、26年の新レギュレーションがどのようなコンセプトになるのかは、おおよそ分かっていました。ただし、前述の通り電動化に巨額な投資が必要と考えられる中、新規則が自分たちにとってどういう意味を持っているかについては、十分な議論が行われなかったように思います」

しかし、撤退表明から3年が過ぎ、多くの技術者たちを量産車開発に戻した現状を改めて見直してみれば、F1活動を再開するのが決して不可能でないことが明らかになってきたという。

「将来がクリアに見通せるようになったとまでは言いませんが、お先真っ暗な状態から『やり方次第では、またできるのではないか?』という状況へと変わってきたんです」

そうした現状認識が生まれた背景には、この3年間で電動化に必要な要素技術の研究開発が急速に進んだことに加え、26年からはF1パワーユニットメーカーに対して年間予算の上限が設けられることも関係しているはず。

“コストキャップ”と呼ばれる新規則は、パワーユニットの開発や製造などに年間1億3000万ドル(約190億円=今後の物価変動も考慮される)以上の予算を投じてはいけないと定めたもの。これは、かつてホンダが投じていた(と推測される)予算の数分の1に過ぎない額である。「これだったら、できるかもしれない」とホンダが判断したのもうなずけるというものだ。

商習慣からかけ離れたF1の契約

チームとの契約内容が大幅に変わったことも、ホンダのF1復帰を後押しした。

「一般的にいって、F1のパワーユニットサプライヤーの権利は、極めて限定的なものです。まず、パワーユニットを実際に使うのはF1チームなのに、開発費はパワーユニットサプライヤーが全面的に負担しなくてはいけません。にもかかわらず、エンジンカバーにHONDAのロゴを露出させるだけでもお金を支払わなければいけない。常識的な商習慣からかけ離れているといっても過言ではありません」

さらにいえば、F1チームには成績などに応じてF1運営会社から分配金が支払われるのに対して、パワーユニットサプライヤーにはただの1円も支払われない。「まさに不平等条約の極みです」と渡辺代表は憤る。

しかし、新たなパートナーとなるアストンマーティンとは、これまでとはまったく異なる内容の契約を結んだという。

「パワーユニットの使用料は、全額とはいえないものの支払ってもらえることになりましたし、HONDAのロゴを表示するにもスポンサー料を支払う必要はなくなりました」

もっとも、パワーユニットの供給先としてアストンマーティンを選んだのは、契約条件が良かったことだけが理由ではない。

「パワーユニットの供給を外部から受けているチームの中で、レッドブルの次に実力のあるチームがアストンマーティン、そしてマクラーレンです。しかも、アストンマーティンのローレンス・ストロール代表がF1に抱く情熱は、ものすごい。それで、この人たちとやりたいと思うようになったのです」

今季のアストンマーティンは、元王者のフェルナンド・アロンソの活躍により、ドライバーズでもコンストラクターズでもランキング4位(9月28日時点)の躍進を遂げた ©ASTON MARTIN
今季のアストンマーティンは、元王者のフェルナンド・アロンソの活躍により、ドライバーズでもコンストラクターズでもランキング4位(9月28日時点)の躍進を遂げた ©ASTON MARTIN

ちなみに、ホンダの現パートナーであるレッドブルは、ディーター・マティシッツというカリスマ的経営者に率いられてF1に参戦したが、彼らが大成功を収めることができたのも、マティシッツの情熱によるところが大きかったとされる。

いずれにしても、今シーズンのアストンマーティンは第14戦までを終えてコンストラクターズ選手権の4番手、プライベートチーム勢ではレッドブルに次ぐ2番手につけているので、ホンダがアストンマーティンを選んだのは自然な流れといえる。

昨年から今年にかけて「最速」の称号をほしいままにしているホンダ。本格的に参戦を再開する26年シーズンに、どのような意気込みで臨もうとしているのか?

「26年に向けて、20年以降も全速力で開発を続けてきた他メーカーに比べると、ホンダに2年ほどのブランクがあるのは事実です。それでも、1日も早く遅れを取り戻し、初年度からタイトルを狙って戦いますので、ご声援のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます」

バナー写真:日本グランプリで今季13勝目を挙げたドライバーのマックス・フェルスタッペンは、「レッドブルレーシング・ホンダRBPT」に2年連続のコンストラクターズタイトルをもたらした(2023年9月24日、三重県・鈴鹿サーキット) ©Getty Images / Red Bull Content Pool

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