のしかかる奨学金返済(下):頻繁に督促し回収強化、「金融機関」化した学生支援機構
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救済制度知らず傷口広げる
東京都世田谷区にある「奨学金問題対策全国会議」は、奨学金の返済に行き詰まった人々からの相談に応じ、事態の打開を目指している。事務局長の岩重佳治弁護士が長年、問題視しているのは、独立行政法人「日本学生支援機構」(JASSO)の在り方だ。
ある時、職場のストレスから退職し治療に専念せざるを得なくなった40代の男性が、岩重弁護士の元に駆け込んで来た。男性は返済義務のある貸与型奨学金を1000万円以上も借りていた。支援機構に最大で10年間、返済を猶予してもらう救済制度はあるが、「過去に長期間、延滞していると猶予は制限される」(※1)という要件に抵触し、申請はできなかった。
男性は猶予制度の存在や詳細を知らないまま、延滞(※2)を繰り返し、制度を利用できない状態になっていた。このように傷口を広げてしまうケースはほかにも相当数あると言う。なぜそうした事態が起きるのか。
岩重氏は相談者の声を基に、こう説明する。
「相談者の話を聞くと、奨学金利用時の説明会では、救済制度の話はほとんどなく、通知もペラ一枚の極めて分かりにくいものだ。だから、返済に困ったときに『自分が悪い』と思い込み、救済制度があることに思いが至らない人が出てくる。また、支払いが滞ると厳しい内容の通知が届き、支援機構に相談しづらくなる」
これに対し、日本学生支援機構の萬谷宏之理事は「延滞長期化を防ぐため、1回でも引き落とせなかったら、必ず電話や通知で利用者に連絡している。その際、返済困難な事情があれば、猶予など救済措置があることも案内している」と指摘する。
救済策の具体的な周知方法については、「申し込み時の奨学金案内や各学校での採用時説明会、最終学年に各校での返還説明会、卒業前に配布される返還の手引きなど、申し込み段階から在学中にかけて再三周知している」と述べ、「延滞時の通知文書も一般の方が十分理解できる内容と認識している」と言う。
ただ、3カ月以上延滞すると、支援機構は債権回収業者(サービサー)に委託するため、「通知で救済制度を説明したとしても、実際には回収の方に力が入るのではないか」(事情に詳しい関係者)との指摘もある。
返済に行き詰まった人々の苦情の中には、取り立てに関するものも少なくない。NPO法人「POSSE」の奨学金返済に関するアンケート調査によると、サービサーから延滞期間に応じて「携帯や自宅、職場に連絡が来て焦った」「保証人である親戚にも督促の連絡が行ったため、親戚との関係が気まずくなった」といった声が聞かれる。3カ月延滞すると、個人信用情報(ブラックリスト)にも載ってしまう。
金融機関化
奨学金の返済に窮した人に対して、督促が頻繁に行われ、猶予や減免など救済制度も分かりにくかったり、ハードルが高かったりして、利用しづらい──。こうした利用者の声の背景には、学生支援機構という組織の在り方が関係している。
支援機構の前身は特殊法人の日本育英会。「特殊法人整理合理化計画」を打ち出した小泉政権の下で、2004年に育英会と国の学生支援業務が統合して発足したのが支援機構だ。その際、「業務の効率性と自律運営」を目指す独立行政法人に衣替えした。
育英会当時に職員だったOBは「育英会時代の奨学金は、人材を育てる教育的資金という性格が強かった。支援機構のように返済初期のころから回収を強めることはしなかったし、ブラックリストに載せることもなかった。支援機構になって非常にドライな組織に変わったと思う」と話す。
岩重氏は、こうした体質の変化について「独立行政法人となったことで、資金を借りて貸すという半ば『金融機関』と化してしまったからだ」と指摘する。実際のところ独法として発足した支援機構は、行政改革の掛け声の中で「金融事業化」や「回収強化」を求められることが多くなった。
財源面からもそれはうかがえる。奨学金の過半を占める利子付き貸与型は、外部の民間資金にも依存。23年度は金融機関からの借り入れや同機構自身の債券(JASSO債)発行による資金調達額が返還金などに次いで多く、利子付き貸与型奨学金事業費の45%に相当する。
「高い回収率」の陰で
民間からも資金を調達している宿命として、貸し出した奨学金の「回収」が至上命題となる。学生支援機構は債券投資家向けの資料で「利子付き貸与型の回収率は97.5%」と記しており、奨学金を裏付けとしたJASSO債は回収率の高い優良債券と、投資家にアピールしているかのようだ。日本格付研究所による格付けは最上級の「AAA」。
支援機構は投資家向け資料の中で、「延滞させずに回収を強化する」方針を打ち出している。同機構の萬谷理事は「民間からも資金を調達しているから取り立てを厳しくしなくては、ということではない。回収できないと次の学生に貸すお金がなくなってしまうからだ」と説明する。
これに対し、岩重氏は、この組織の「建て付けそのものがもはや時代に合っていない」と指摘する。大学を卒業しても、正社員になれるかどうかとか、会社は存続するのかとか、さまざまなリスクがある中で、「諸外国の貸与型奨学金(学生ローン)はおおむね2~3割の貸し倒れを想定しているのに、私たちの国では100%回収が目標になっている」
POSSEメンバーの岩本菜々さんはこう言う。「行き詰まった人への救済制度が使いにくいこともあり、無理を重ねて働いて返すしか選択肢がない場合がある。食費を削ったり、仕事を2つ、3つ掛け持ちしたりすることで身体を壊す人も出ている」
返済不要の「給付型」も
奨学金返済が社会問題として注目されるにつれて、政府は近年、少しずつ改善策に着手。民主党政権時代の2012年、国際人権規約の「無償教育の斬新的な導入」条項の留保を撤回したことが発端となった。政権交代後、安倍内閣の下で返済不要の「給付型」奨学金制度が17年度、支援機構に導入された。
政府は20年度に制度を拡充。給付額を自宅外からの通学生を中心に引き上げ、授業料の減免を加えるとともに、年収に応じた給付対象者も広げた。武蔵大学人文学部の大内裕和教授(教育社会学)は「それ自体は歓迎すべきだが、学費負担能力が低下している中間層に恩恵が及んでいるとは言えない」と受け止めている。
給付型が支援機構の奨学金全体に占める割合(23年度)は22.6%にとどまる。財源は貸与型と異なり、国の補助金だ。「異次元少子化対策」の一環として、奨学金制度の改善策を打ち出している岸田政権が財政難の中、給付型を今後どこまで広げるのか注目される。
日本は「低補助・高授業料」組
国際的に見て、日本の大学教育環境はどう特徴づけられるのだろうか。経済協力開発機構(OECD)の報告書(2019年)によれば、米国は授業料が高くても無償奨学金など公的補助が充実。大陸欧州は授業料が安いか無料だ。一方、日本について、報告書は「近年、返済不要の奨学金導入など改革に着手した」と評価しながらも、少なくとも19年時点では韓国、チリとともに「低補助・高授業料」グループに分類している。
欧米では奨学金は「スカラーシップ」とか「グラント」などと呼ばれ、返済不要なのが普通。日本のように貸与型中心の「奨学金」は評価が低いようだ。
「低補助・高授業料」は長年続いてきた日本の大学教育行政の在り方だ。それでも一時期まで、なんとかやって来られたのは、「高度成長の下での年功賃金・終身雇用のおかげ」と、大内教授は分析する。高度成長期には「子どもが大学生になるころには、親の賃金は初任給の3倍近くに跳ね上がっていたから、子供の教育費と住宅は自らの力で何とかするという中間層が幅広く存在していた」
しかし、1990年代のバブル崩壊以降、中間層は大きく崩れ、そのしわ寄せは借金を背負った若い世代に及んでいる。大内教授は「過去30年間、日本は教育と住宅を中心にシステムを組み替えないといけなかったのに、古い世代の為政者は高度成長期の『成功体験』にとらわれて、現実を直視してこなかった」と指摘する。そのツケが今、回ってきている。
バナー写真:日本学生支援機構が入居するビル=東京・東銀座(筆者撮影)