
台湾から日本への野球留学を支援―晁菘徽 : 文武両道を説き、セカンドキャリアもサポート
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野球は台湾で国技ともいえるほど人気が高く、若さと情熱あふれるプレーを見ようと、スタジアムはいつもファンであふれる。
一方、他の競技に比べて活動できる期間は短く、日本では9年、台湾では5年、平均的な引退年齢は30歳と言われている。
台湾で選手引退後のセカンドキャリア問題が話題になる中、晁菘徽さんは2016年に「野球選手の日本野球留学」「マネージメント」「セカンドキャリア形成」の3つを柱とするアスリートキャリア教育(ACE)プログラムを立ち上げた。
文武両道の重要性
台湾は少年野球の強豪として知られ、国際大会では優勝を含めて華々しい成績を残している。しかし、18歳を過ぎてもグラウンドで活躍を続けられる選手ほんの一握りで、多くはプレー中のけがや経済的な事情からキャリアを終える。
また、「野球と学業の両立」が求められる日本の教育環境と違い、台湾では野球という一芸に秀でていることが大切にされる。
晁さんは次のように指摘する。
「多くの子どもは野球から離れると、目標を失い、その後の進路に迷う。小さい頃から『野球だけでなく勉強も大切』だと教えることが重要だ」
晁さん自身は、両親から野球と勉強を両立するように言われていたことが、セカンドキャリアの形成で大変役に立ったという。ACEを創設した主な理由は自分の経験を世の中に還元したいからだった。
大切なのは礼儀やルールを守ること
台湾の野球少年にとって日本はあこがれの土地であり、日本でプレーしたいと思っている。晁さんも甲子園に出場しプロ野球選手になることが目標だった。
晁さんは日本球界に在籍したことがある元選手の協力で、2010年、高知中央高校に進学した。リトルリーグで活躍した晁さんは、メディアから「台湾球界のホープ」と期待されていた。しかし、選手層の厚い日本でプロ野球のドラフト指名を受けるには、実力だけでなく、運やチャンスも必要。さらに努力して自分を鍛えなければならないと分かったのだ。
そんな中、高知中央高校の野球部監督(当時)の角田篤敏さんからは大きな影響を受けた。
「角田先生は『どうすれば甲子園に出るか』ではなく、『どうすれば社会に根差した人間になれるのか』を大切にしていた。長年チームを率いてきた経験から、いずれ半数以上の選手が一般社会で生活する。その際に必要なのは野球としてのスキルではなく、人間として礼儀やルールを守ることを教えてくれた」
ACE創設という新たな目標
晁さんが3年生の時、高知中央高校は高知4強の一角として注目されていたが、甲子園出場の夢はかなわなかった。ドラフトでの指名を受けることもなく、心の中で「帰国」が何度もよぎった。
一方、チームメイトだった田川賢吾投手がドラフト3巡目で指名され東京ヤクルトスワローズに入団する。晁さんはチームメイトの背中を追うように、日本に残って頑張り続けることを決めたのだった。
その後、角田監督の勧めで国士舘大学へ入学。しかしリーグ戦が始まってしばらくすると、野球で生きていくのは現実的ではないと悟った。
「周りの選手はいずれも野球エリート。レベルの違いを身に染みて感じた」
それでも、持ち前の負けん気で野球を続けつつ、一方で自分ができる社会貢献について考えるようになった。
「台湾人選手は素質で他の国の人々に劣っているわけではない。足りないのは日本のような練習環境と、周囲のサポートだ。過去の野球賭博事件に端を発した人々の信頼回復も重要だ。環境を変えるためには、新しい雰囲気を確立する必要がある。日本で立派な野球人に鍛え上げて、帰国後、台湾野球に影響を与えられるようになればいい」
晁さんは新たな目標の実現のため、ACEの立ち上げを決めた。
38人の台湾人選手がACE経由で日本の高校に進学
ACE創設当初、知名度が低いこともあり選手を受け入れてくれる学校が見つからなかった。
1年たった頃、母校の高知中央高校に打診することがひらめいた。勇気を振り絞って連絡すると、すぐに近森正久理事長から快諾の返事がきた。日本野球留学計画が前進した瞬間だった。
ACEでは選手選考の際、適性について最長2年間、観察や評価をしている。評価項目には、野球に対する意識や日本行きへの覚悟などが含まれる。
また、野球の技術だけでなく学業も重視。たとえ技術的に優れていても勉強に時間を割けない選手は選ばれにくい。
日本への留学支援のほか、日台交流試合も積極的に開催している。 2023年1月3日、台北天母球場
厳正な選考の下、2023年3月までの6年間で台湾から38人が日本の各高校に入学した。
受け入れ校も現在は15校に増加した。田中将大投手の母校である駒沢大学附属苫小牧高校もACE提携校の1つだ。
また、育成選手の中には、引き続き日本の大学で活躍する者もいる。2022年11月には台湾プロ野球の「台鋼ホークス」から林威漢選手が初めてドラフトで指名された。ACEの知名度は着実に向上している。
女子野球や他のスポーツにも展開
プロ野球選手になれなくても、ACEではセカンドキャリアのサポートを重視している。 2017年にACE第1期生として日本留学プログラムに参加した陳家成さんは、現在は国士舘大学に在学しながら日本語教師として台湾人選手に日本語を教えている。
日本で学んだことを台湾に持ち帰って、現地のプロ野球選手に日本のトレーニング法を紹介するトレーナーになった者もいる。
2023年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で台湾チームの陳傑憲選手も、かつてACEのサポートで日本のトレーニングに参加した選手だ。
2020年には、女子野球で黄晴選手が日本に派遣された。
現在、ACEは他のスポーツへの展開も計画しており、より多くのアスリートが引退後も社会にうまく溶け込めるよう、セカンドキャリアサポートを充実させたいと考えている。
日台のスポーツ交流を一層深化させた晁さんとACEだが、最後に次のように語った。
「ここ数年、ACEを通じて日本の野球教育が台湾に浸透し、多くの優れた選手がグラウンドで輝いているのを見てきた。彼らのために受け入れ校やスポンサーを探すのは大変だが、苦労する価値のある活動だと思う」
写真は全てACE提供
バナー写真=ACEの晁菘徽さん