
地球に優しい “縫わない服”をホールガーメント技術で実現:持続可能なアパレル業界目指す島精機製作所
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手袋編み機から始まった
「ホールガーメント(Wholegarment)」とは、「完全なる衣服」を意味する。この編み機で製作されたニットウエアは、軽くて動きやすく、体になじみ着心地も良い。そうした特長から、“セカンドスキン(第2の皮膚)”とも称される。しかも、編み機に糸を投入すれば、プルオーバーのセーターなら約30分で完全な形で作り出してしまう。
ホールガーメント横編み機から出て来るニットウエア(島精機製作所提供)
創業者の島正博さん(86)は、東京から西へ約450キロ離れた和歌山市で生まれた。和歌山といえば江戸時代、徳川家の将軍を輩出する「御三家」の一つとして中央に知られてきた。だが今は、ひなびた地方都市として、過疎化の進行に悩みを深めている。
1945年7月、第2次世界大戦の末期、米軍による空襲で和歌山市は焼け野原になり、約1100人が犠牲になった。正博さんは寸前で命拾いし、祖父母と母と妹と家族5人が焼け跡に取り残された。南方に出征した父を戦地で失い、家を焼かれた。そのとき、正博さんは「気力がわいた。自分が頑張らんといかん。何もないところでも頭を使えば何でもできる」と考えたという。
隣の家が軍手の編み機の修理工場だった。そこで作業を手伝っているうちに才能を開花させ、16歳で軍手製造の手作業の負担を軽くできるミシンを開発した。62年、島精機製作所を創業し、全自動手袋編み機のヒットで会社の基盤を固めた。
その編み機の集大成ともいえる「ホールガーメント横編み機」は95年、イタリア・ミラノの繊維産業見本市で世界デビューした。データを差し込むと約30分でセーターを編み上げ、「東洋のマジック」と称賛されたという。以来、針の改良などバージョンアップを重ね、98年度から2022年度までに1万3000台あまりが出荷された。そのうち80%近くが海外へ輸出され、イタリア、香港、ベトナム、韓国、スペインが出荷先のトップ5だ。
1995年、イタリア・ミラノの繊維産見本市で脚光を浴びた(島精機製作所提供)
宇宙飛行士の普段着にも採用
最新機種のホールガーメント横編み機「SWG―XR」を、本社で見せてもらった。ピアノのような形状で、横幅が3メートル、重さが1.4トンもある。中に3600本の針(スライドニードル)が並ぶニードルベッドと呼ばれる部品が4体あり、糸が供給されると複雑な柄やデザインに対応できる編成方法で完全な形の衣類を編み上げていく。
縫い代がないため、着心地にゴワつき感がなく、体へのフィット感が格別だ。吸湿性や伸縮性に富んだ糸を使えば、アスリートの服にも適している。宇宙空間では筋力トレーニングが欠かせないので、実際に国際宇宙ステーションに滞在した宇宙飛行士の普段着に採用されたこともある。
同社のウエブサイトを見ると、ユニクロなど25社のブランドがユーザーとして紹介されている。現社長の島三博さん(61)は、「掲載しているのは、先方の了解を得ている企業だけ」と語る。公表されてはいないが、世界で名の知れた有名ブランドなど多くのメーカーが、ホールガーメントを使って製品を生み出している。
島精機の創造性は横編み機にとどまらない。CG(コンピューターグラフィックス)を使ったファッションデザインシステムも他社を圧倒している。サンプルを3D画像として可視化するデザインシステムの開発も、現会長の正博さんの鋭い洞察力によるものだ。
サンプルを3次元画像に
アパレル業界にとって、製品を完成させる前の「サンプル」づくりは重要な行程だ。デザイナーが描いた絵に応じて、生地を選び、色柄をつけて試作品を示さなければならない。「丈を1センチに短くして」「他の色にして」などと注文がつくと、工場側は何度も作り直しを迫られる。製造コストの2割がサンプル代ともいわれ、なかなか採用されないこともあり、工場が苦労を強いられているという。
こうした問題点に気づいていた正博さんは40代のころ、サンプルの可視化の手法を探っていた。77年、米航空宇宙局(NASA)は、宇宙探査機「ボイジャー」を打ち上げた。太陽系の惑星探査を目指したボイジャー計画では、土星のCGを作成するためグラフィックボードという基板が使われた。正博さんは79年、使用済みのグラフィックボード3枚が入札にかけられるとの情報をつかんだ。周囲の心配をよそに、1台1500万円もするこの基板を手に入れ、それを参考にして画像処理装置を開発した。
NASAから購入したグラフィックボードを参考にして開発したシステム(1981年、島精機製作所提供)
この装置がサンプルを3次元化して画像処理できるシステムに道を開いた。ちなみに、この時の入札で、アップル創業者のスティーブ・ジョブズもこの基板を手に入れたという。07年には高精度のデザインシステム「SDS-ONE APEX」が完成。最新の「APEX4」は、世界中の糸を検索できる「yarnbank」を導入。糸の素材や色選び、柄選びが瞬時にできて、画面上に現物そっくりの3Dの試作品を映し出せるようになった。アパレル業者は現物のサンプルで品定めするのではなく、バーチャル画像で製品の完成形をイメージできるようになった。
APEX4を使いバーチャル画像で製品の完成形を確認する(島精機製作所提供)
このサンプルデータをホールガーメントへ送れば、機械はすぐに編み始めてくれる。サンプルづくりに費していた時間や労力、材料費を大幅に削減することができ、ユーザー企業には余力が生まれた。このホールガーメントとデザインシステムの独自技術が、同社を横編み機の世界トップシェア企業に押し上げたといえる。
カットロスゼロで地球にやさしく
4月3日、和歌山市の島精機本社で入社式が開かれた。17年に父から社長を引き継いだ三博さんは、29人の新入社員に将来への展望を語った。
「アパレル業界は150兆円規模の産業ですが、世界で2番目に地球環境に悪い産業といわれています。この業界は大量に衣服を生産し、余ったら焼却するという古いビジネスモデルになっているのです」。業界は、CO2排出などの面からみると、石油業界に次ぐ汚名を着せられているという。大量生産は大量廃棄と表裏一体。こうした悪弊に一矢報いたい。ホールガーメントは、このアパレル業界の旧来システムの変革を担える機械だと期待を込めた。
三博さんは、次のように語る。
「世界では年間1億トンの糸が作られ、そのうち6割がアパレル産業で使われています。縫製の洋服は反物を裁断して縫い合わせて作るが、そのときに約25%がカットロスとして捨てられます。ホールガーメントで作ればカットロスはゼロ。ただ、ホールガーメント製品の供給量は、衣類全体の1%にも達していないのです」。この編み機が広がれば、地球環境への負荷を少しでも減らすことにつながるという。
ホールガーメントの20周年を記念して出展(2015年、イタリア・ミラノで開催された国際繊維機械展、島精機製作所提供)
環境省によると、20年、日本国内の衣類供給量は約82万トン。一方で、51万トンが家庭などから廃棄されたとの調査結果がある。三博さんは、こうした製造後の衣類の廃棄にも目を向ける。
昨秋から使われなくなった衣類を買い取るプラットホームづくりに乗り出した。そのブランド名が、「BLUEKNIT(ブルーニット)」。昨年9月、同社は国産ニット製品を販売するECサイト「ブルーニットストア」を開設した。そこで販売できる製品には次のような条件を課した。
- 土に返る糸のような天然素材を使う
- 島精機の横編み機を活用し、カットロスをなくした服を編む
- 余剰在庫を出さないよう少量生産に徹する
条件に合った製品は、「ブルーニット」のタグをつけて売ることができ、その製品は消費者が使用した後、買い戻す方針を打ち出した。買い戻したものは、リユースやリサイクルに回すほか、糸に戻して再び服として蘇らせることもできるという。
三博さんは「アパレル産業の大部分は中小企業。そうした企業に参加を呼びかけています。まだ数社ほどしか参加していませんが、今後どんどん増えていくと思います」と語る。
「ブルーニット」のブルーは「青い」地球からとった。ホールガーメントを使って製造工程で廃棄ゼロにするだけでなく、消費後も製品を循環させるビジネスモデルは、地球環境にも資するはずだと確信する。
三博さんは、今の業界は、少量の高級品と、大量生産の廉価品を産出する二極化構造になっているとみている。「我々は、その中間の多品種少量生産を目指したい。ホールガーメントなら、オンデマンド生産であなたにあった唯一の一着ができ、それを工場から直接、消費者に届けます。そして消費が終わったものは買い戻すのです」。対面の寿司屋のように、作り手と消費者双方が、顔と顔の見える関係を築いていきたいという。
ホールガーメント技術は、裁断や縫製といった労働集約的な作業に頼らなくても、これまでにない付加価値の高い洋服感覚のニット製品を作りだすことができる。従って、海外に安い労働力を求めなくとも、アパレル企業が経営を安定させることができる道筋を示した。国内で生産しても価格競争力を維持することができ、衣類の「地産地消」によって、輸送コストや輸送に伴うCO2排出も削減できる。
カットロスゼロの製品を売り、売れ残りを焼却せず再生へ回す。「紀州のエジソン」と呼ばれた先代を継いだ2代目は、ホールガーメントが、「サステナブル」への切り札となることを見据えている。
【企業データ】
株式会社島精機製作所
住所 : 〒641-8511 和歌山市坂田85
代表者 : 島三博
事業内容 : 和歌山で生産するコンピューター制御の横編み機の技術は世界トップ。1995年に開発した無縫製横編み機「ホールガーメント」は同社の登録商標
資本金 : 148億5980万円
従業員数:1867人(連結)
Website:https://www.shimaseiki.co.jp/
取材・文:中村 正憲、POWER NEWS編集部
撮影:水野 浩志