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侍ジャパンを強力サポート―マスク製造の老舗が発明した腰痛対策ベルト「コアエナジー」開発秘話

スポーツ 経済・ビジネス

日本のプロ野球で400人以上もの選手に愛用され、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)や東京五輪でも選手たちのパフォーマンスを引き出しているベルト、それが「コアエナジー」だ。1万円を超す高価格にもかかわらず、アマ野球でも愛用者を増やしているベルトの発明の背景と、世界市場を見据えた戦略をレポートする。

野球選手のパフォーマンスを引き出す注目製品

バット、グローブ、スパイクなど、多くの用具が日々進化する野球界。しかし、ベルトだけはアップデイトとは無縁だった。「切れなければいい」程度の認識しかなく、機能性を求められることがなかったからだ。ところが近年、そんなイメージを一変させるベルトが登場し、日本球界を席巻している。侍ジャパンをはじめとするNPB(日本プロ野球)からアマチュア球界へ、さらにはアメリカMLB(メジャーリーグベースボール)へと、急速にユーザーを増やしているのだ。

日本メーカーが開発した、そのベルトの名は「コアエナジー」。

税込み1万1000円という値段は、3000円前後が主流の野球ベルトの中ではかなりの高級品になるが、それでも売れているのは従来のベルトにはなかったサポーター機能を持ち合わせているからだ。

本体色全9色に、バックルが2色で販売される「コアエナジー」。審判用、ジュニア用もラインナップされる 写真=コア・テクノロジー
本体色全9色に、バックルが2色で販売される「コアエナジー」。審判用、ジュニア用もラインナップされる 写真=コア・テクノロジー

コアエナジーの誕生には、あるプロ野球選手が深くかかわっている。1990年代から2000年代後半にかけて、中日ドラゴンズのエースとして活躍した川上憲伸(けんしん)だ。

川上は2009年と10年にMLBアトランタ・ブレーブスでプレーしたが、渡米前から深刻な悩みを抱えていた。腰痛である。

野球にはバッティングやピッチング、スローイングなど、身体を強くひねる動作が多く含まれることから、腰痛に悩まされる選手が少なくない。

川上の専属トレーナーが、あるとき知人にふと漏らした。

「痛みを感じずに投げられる、コルセットみたいなベルトがあったらいいんですけど」

野球ベルトの常識を変えるアイデアが生まれた、歴史的瞬間。これがふつうの人であれば、「あったらねえ……」くらいで終わっていただろう。だが雑談のまま終わらなかったのは、相談相手が株式会社白鳩(しろはと)の社長、横井隆直だったからだ。

アトランタ・ブレーブス時代の川上憲伸。2年間のメジャー在籍で8勝と勝ち星には恵まれなかった 共同
アトランタ・ブレーブス時代の川上憲伸。2年間のメジャー在籍で8勝と勝ち星には恵まれなかった 共同

名古屋市に本社を置く白鳩は1950年創業とマスク業界きっての老舗であり、パイオニアとして知られる。

創業期、すでに医療、産業用のマスクは普及していたが、同社はこれを改良して日本で初めて一般用マスクを開発し、販売を開始。2006年にはマスクは平面という常識を覆し、ウイルスや花粉の侵入を防ぐためにワイヤーをつけ、顔にしっかり密着する「立体裁断面マスク」の製法で特許を取得した。日常生活に欠かせないものとなったマスクの進化において、白鳩は重要な役割を担ってきた。

マスク一筋でやってきた白鳩は、もちろん野球用具などつくったことはない。

だが、2015年に3代目社長に就任した横井は、川上の専属トレーナーが持ち込んだアイデアを面白いと思った。マスクではない、なにか個性的な商品をつくりたいという思いを以前から抱いていたからだ。19年に女子軟式野球部「白鳩フェリックス」を立ち上げたように、野球への思いも強い。

本業のマスク製造の傍ら、いまやプロ野球選手のマストアイテムとなったコアエナジーを開発した横井隆直社長 写真=コア・テクノロジー
本業のマスク製造の傍ら、いまやプロ野球選手のマストアイテムとなったコアエナジーを開発した横井隆直社長 写真=コア・テクノロジー

繊維のプロだからこそたどり着いた画期的構造

こうしてコルセット代わりとなる、野球ベルトの開発が始まる。ただ、ベルトづくりを行うのは実質、横井社長ひとり。多忙な社長業の合間を縫ってのことでもあり、完成には思いのほか時間がかかった。

腰痛の主な原因は腹圧の低下であり、それを補うためにコルセットが用いられる。つまり、腰痛防止のベルトには腹圧を高める効果が求められた。そのためには従来の革やエナメルとは異なる伸縮する素材が欠かせず、またそれはプレー中に生じる爆発的なパワーにも耐えうる強さも備えていなければならない。

「ぼくは白鳩に入る前、修業として5年ほど繊維関係の会社に勤めていました。そこで端切れのサンプルなどを見て、この生地をつくるにはどういう糸を使って、どう加工すればいいのか、そういうことをやっていたわけです。そうした経験、知識が、ベルトづくりではとても役に立ちましたね」

そんな横井社長でも、すぐには最良の生地をつくれなかった。幾度となくテストを繰り返し、ようやく「これぞ」という生地を完成させた。それがパワーメッシュである。ゴム以上の伸縮性を持つパワーメッシュは圧迫力をも兼ね備え、身体を適度に締めつける。横井社長はさらに、このパワーメッシュを6層構造にすることで、爆発的なパワーにも耐えうる強度を生み出すことに成功した。

「コアエナジー」の肝はストレッチ性に優れたサポーター素材。姿勢に合わせて伸び縮みし、体幹の筋肉をサポートする 写真=コア・テクノロジー
「コアエナジー」の肝はストレッチ性に優れたサポーター素材。姿勢に合わせて伸び縮みし、体幹の筋肉をサポートする 写真=コア・テクノロジー

やがて事務所とマスク工場、倉庫を兼ねた白鳩の本社ビル4階の一室に、マスク工場の製造ラインを改造したコアエナジー・ラインが完成。川上憲伸はコアエナジーのフィット感を気に入り、第1号ユーザーとしてメジャーのマウンドに上がるようになった。

現在、ネット記事を検索すると、コルセット、もしくはサポーターの機能を持つベルトがいくつもヒットするが、コアエナジーこそが嚆矢(こうし)といっていい。

2013年に「ベルトサポーター」として特許を取得。その後、6層構造でも特許が認められ、横井社長と専属トレーナーの二人は15年に新たな会社組織を立ち上げた。コア・テクノロジー株式会社である。白鳩がベルトの製造を担い、コア・テクノロジー社が販売を行っている。

たったひとりの営業戦略

日本人メジャーリーガーが愛用するとはいえ、この時点でコアエナジーはまったくと言っていいほど知名度がない。まずはどんな形でもいいので、野球選手たちにコアエナジーを知ってもらい、着用してもらう必要があった。

ベンチャー企業であるコア・テクノロジーのスタッフは、2023年2月時点でわずか5人。練習場や球場を回る現場営業のスタッフはひとりしかいない。

高校野球の強豪校に営業に行っても、「コアエナジー? なんだそれは?」で終わってしまい、商品の良さを伝えるところまでいかない。では、話を聞いてもらい、商品を手に取ってもらうにはどうするのか。

「そこはもう、どぶ板営業です」

こう語るのは2019年、縁あってコア・テクノロジーに加わり、現在副社長を務める河村隆史。

「ツテがないチームでは門前払いされるので、営業はまず母校の野球部の恩師あたりから始めます。頻繁に学校に顔を出してはグラウンド整備や球拾いといったお手伝いをしていると、ふとしたときに “あそこの監督、大学時代の後輩だから紹介しようか”なんて声がかかる。野球界はとにかく縦社会なので、まずは顔を覚えてもらい、そこからの紹介に頼るところが大きいわけです」

こうしたどぶ板営業を、たったひとりで行なっているのが横井雄太。全国区の強豪である高知・明徳義塾高野球部のOBであり、卒業後は関西独立リーグでもプレーした球歴の持ち主だ。

コア・テクノロジー創業時にアドバイザリー契約を交わしたプロ野球選手には、伊藤光(現・横浜DeNA)や田島慎二(現・中日)、角中勝也(現・ロッテ)らがいるが、伊藤は横井と同じ明徳義塾出身、田島は横井の妻の知り合い、角中は独立リーグの先輩からたまたまつながり、縁が生まれた。また横井は、春先になると外商を行うスポーツ店の新入部員採寸会などに同行して強豪校に出向き、そこでコアエナジーをPRするなど、泥くさい営業を展開している。

横井ひとりで営業できるチームの数には限りがある。だが、コアエナジーのユーザーは加速度的に増えていった。口コミに火がついたのだ。

例えば椎間板ヘルニアの手術歴があり、腰に不安を抱える伊藤にコアエナジーをまとめて数本送ると、興味を示すチームメイトがいて、そこからひとり、またひとりとユーザーが増えていく。横井がまいた種が、あちこちで芽吹き始めた。

コアエナジーの普及は口コミによるところが非常に大きいが、それはもちろん選手たちが商品のクオリティの高さを実感しているからでもある。

プロ選手たちに愛用される理由

10年ほど前からスポーツ界では体幹(=コア)の重要性が叫ばれるようになったが、コアエナジーは鍛えることが難しいコアに直接圧力をかけることで、身体が持つ本来のパフォーマンスを引き出す。

コアがしっかりと作用することで、上半身、下半身が連動して、四肢の可動域が拡大。それによって腰痛が和らぐだけでなく、故障の防止、パフォーマンスの向上にもつながる。そうした効果を、コンディションに敏感な選手や指導者が認めているのだ。

コアエナジーは現時点では小規模な製造現場でつくられているが、随所にマスク製造で培ったノウハウが生かされている 筆者撮影
コアエナジーは現時点では小規模な製造現場でつくられているが、随所にマスク製造で培ったノウハウが生かされている 筆者撮影

コアエナジーは、いまや日本で最も支持される野球ベルトだ。高校野球の甲子園でのシェアは6、7割に達していて、NPBでも400人を超えるユーザーがいる。侍ジャパンが金メダルに輝いた東京五輪では、全24選手中、実に20人がコアエナジーをつけて試合に臨んだ。

その20人の中には、昨季三冠王に輝いた村上宗隆(ヤクルト)がいる。今季アドバイザリー契約を結んだ村上とコアエナジーの関係を、営業担当の横井が次のように説明する。

「村上選手は高校時代、コアエナジーの存在を知っていたようですが、学校が指定するメーカーのベルトを使い続けていました。コアエナジーを愛用するようになったのは、プロ1年目から。当時、身体の成長から来る腰への違和感があったようで、その予防も兼ねて使い始めたと聞いています。ヤクルトにはたまたま明徳義塾出身のコーチがいて、コアエナジーをお渡ししていたという縁もありました」

用具へのこだわりが非常に強い村上は、つねに2本のコアエナジーを持参し、試合用と練習用で使い分けているそうだ。

野球は多くの用具が必要なスポーツだが、NPBやアマチュアで用いられるようになるのは容易ではない。野球規則には用具についての細かな規則があり、またプロ野球の選手にはメーカーの縛りがあるからだ。そうした壁にもかかわらず、コアエナジーはプロ・アマの垣根を越えて普及した。

その理由について河村副社長が次のように語る。

「ベルトは野球の中でもニッチな用具で、そこが結果的によかったと思います。野球規則もベルトの素材について触れていませんから。またNPBには各球団が契約するオフィシャルサプライヤーがありますが、ベルトは目立たないこともあって市場に入り込む余地が残されていた。なんでもホワイトスペースがあるものですね」

マスクという一見進化の余地がない商品に柔軟な発想、視点を持ち込み、人々のニーズに応えてきた白鳩。その精神がコアエナジーにも息づいているのだ。

野球だけでなく、ゴルフ用やビジネス用も開発。さまざまな人間の腰を支えている 写真=コア・テクノロジー
野球だけでなく、ゴルフ用やビジネス用も開発。さまざまな人間の腰を支えている 写真=コア・テクノロジー

国内シェアでトップに立ったコアエナジー。彼らが次に見据えるのはアメリカのマーケットだ。すでにコアエナジーを着けてプレーしているメジャーリーガーがいるが、日本に比べるとほとんど無名に近い。それは大いなる可能性といってもいい。

横井社長がアメリカ進出への思いを語る。

「私は学生時代にアメリカに留学したこともあり、向こうでビジネスをしたいという思いを長く持っていました。工場が中国や東南アジアに移ってしまったので日本の繊維業は生産量が少なくなっていますが、それでも技術力はまだ世界トップの水準にあると思う。その技術を持って、アメリカに挑みたいわけです。日本は経済力が弱くなり、精神的にも受け身になっているかもしれませんが、だからこそ私はアメリカで勝負したい。自分の会社でつくったもので、選手には故障のない充実したキャリアを過ごしてほしいですし、そこから少しでも外貨を取り込みたいのです」

選手の悩みから生まれた、サポーター機能付きベルトというユニークなアイデア。日本人選手のマストアイテムとなったコアエナジーが、メジャーリーガーたちを虜(とりこ)にする日も近い。

バナー写真:侍ジャパン(WBC日本代表)の主砲・村上宗隆。プロ1年目からコアエナジーを愛用し、コア・テクノロジー社とアドバイザリー契約を結ぶ選手の一人だ 共同

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