鉄道レトロ観光が開く台湾ツーリズムの新しい可能性

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台湾で「鉄道」をめぐるリノベーションが熱い。近代化遺産などを改築・改装し、現代の商業や観光に役立てるリノベでは、台湾はアジアきっての「先進国」と言われる。そのなかでも最近は「鉄道」をめぐる近代化遺産の活用が、コロナ後の観光振興のキーポイントになっている。

台湾の活気を支えるリノベーション

長かった海外渡航の制限もようやく平常化の兆しが見えはじめ、昨年末から今年にかけて台湾を何度か訪問する機会があった。街歩きをしていると、お気に入りの店が閉店していたり、夜市でも料理をテイクアウトする人が増えていたりするなど、コロナ前との変化を感じる部分はある。

それでも、台湾全体の活気は失われておらず、特に印象深いのが、古い建物を現代風に改築・改装して活用するリノベーションによって生まれ変わった観光地やショップ、レストランがコロナの期間中に一気に増えたことだ。リノベーションはひとつのブームといってよく、台湾各地のにぎわいと活気の下支えになっているようだ。

高雄で2020年11月にリノベーションされた西本願寺門主・大谷光瑞の別荘「逍遥園」
高雄で2020年11月にリノベーションされた西本願寺門主・大谷光瑞の別荘「逍遥園」

近代化産業遺産の中には、うっそうと茂る雑草の中で廃墟になり、住民からは近寄り難く、利用価値がないように思われる建造物もある。これらを再生し、いまの時代に生かした施設に生まれ変わらせるのがリノベーションの肝である。

国が主導すれば、保存に傾き、中途半端になりがちだ。民間が主導すれば、商業が強すぎ、破壊されてしまうことになりかねない。官民が一体となり、保存と活用の両輪が台湾のリノベーションの優れた点だ。

鉄道リノベーションの最先端・屏東

台北ならかつての酒工場やタバコ工場をリノベーションした華山1914文創園区と松山文化園区や、台中の宮原眼科、台南の林百貨などはすでに知られた観光地となり、台湾の若者や家族連れ、外国人にも人気でいつ訪れてもにぎわっている。

台南を代表するリノベ施設「林百貨」
台南を代表するリノベ施設「林百貨」

かつてのタバコ工場・松山園区のボイラー室をリノベしたコーヒーショップ
かつてのタバコ工場・松山園区のボイラー室をリノベしたコーヒーショップ

そのなかで新たなスタイルとして最近注目されているのが、台湾最南端の屏東県で展開されている鉄道に関するリノベーションである。

昨年末、仕事の関係で屏東を訪れた。1日だけ休みがあったので、屏東から台東を結ぶ全長98キロメートルの「南迴線」に乗車した。

台湾に初めて鉄道が敷設されたのは清朝時代だが、日本統治時代になってから本格的な建設が始まった。基隆から高雄までをつなぐ台湾の西側を走る縦貫鉄道を完成させ、製糖鉄道や森林鉄道を整備し、近代化を推し進めた。計画には、台湾を一周する「環島鉄道」もあったが、資金不足や山脈を貫通する工事の難しさから未完成で終戦を迎えた。戦後、半世紀近くになった1991年、ようやく南迴線——屏東県の枋寮駅から台東県の台東駅——が開通し、列車で台湾一周ができるようになった。2020年に台湾一周の電化が完了し、翌年から、観光列車として、一度は引退したディーゼル機関車が牽引する旧型客車が走り始めた。

屏東から台東行きの南迴線
屏東から台東行きの南迴線

駅に到着し、ツアーガイドの解説を聞くためのイヤホンに記念乗車券やオリジナルマスクをもらい、指定された号車に乗り込む。年末の休日と重なっていたこともあり、満席の賑わいだ。

風を受けながら楽しめる南迴線
風を受けながら楽しめる南迴線

記念乗車券と案内を聞くためのイヤフォンセット
記念乗車券と案内を聞くためのイヤフォンセット

半世紀前の日本製の車両

客車に「35SPK32700」と表記されていた。1970年に、新潟鉄鋼、近畿車両、富士重工の3社から購入した日本製の車両だと言われた。50年以上も前の列車が、リノベーションを経て、大人気のレトロ列車へよみがえっていた。内部のシートは新しく張り替えられ、トイレは循環式から真空式へと改良されていて快適だ。天井に残る扇風機に昭和を感じる。ゆっくりと列車が動き始め、両手で窓を押し上げると、ひんやりとした外気が流れ込んできた。

出発直後の山岳地帯は、左右一面にマンゴー畑が広がっていて、赤い花を咲かせていた。しばらくすると、山脈を貫く山岳トンネルに差しかかる。8千メートル以上も続く長さだ。景色が遮られるタイミングで、配られた駅弁「排骨便當(豚のスペアリブ弁当)」を食べる。車内の照明は落とされ、ゴトンゴトンという音と程よい速度が、レトロな演出に拍車をかけ、まるでタイムトンネルを駆け抜ける時光の列車のように思えてくる。

車内で配られたジューシーな「排骨便當」
車内で配られたジューシーな「排骨便當」

藍皮解憂号とのコラボビール
藍皮解憂号とのコラボビール

トンネルを抜け、大武駅にさしかかると、右手に青のグラデーションが美しい太平洋が見えてきた。いよいよ南迴線のハイライトだ。海際ギリギリを通過するので、海上を走っているような気分になりながら、終点の台東駅に到着した。

途中の停車駅では、解説員が駅舎の特徴や周辺の景勝地を事細かに教えてくれる。季節が合えば、停車時間を有効に使って、名物の果物の釈迦頭(アテモヤ)やマンゴーを購入することも可能だ。ただ残念なことに、今のところ、中国語による解説のみで、英語や日本語といった外国語に対応していない。観光需要の回復に伴い、多言語での解説があればより広く魅力が伝わるに違いないので、今後に期待したい。

ちなみにチケットは、台湾鉄道の一般窓口での乗車券の取り扱いはなく、旅行会社ライオントラベル(雄獅旅社)が一手に販売する団体ツアー商品の「藍皮解憂号」のみ。ちなみに、藍皮解憂号には車体が青色であることと、列車に乗って「憂さを晴らす」という意味がこめられている。まさにアフターコロナの観光にぴったりだ。

列車は日に1往復の運行。午前10時30分に枋寮駅を出発し、午後1時30分に台東駅に到着。そのまま午後1時53分に折り返し、午後5時41分に枋寮駅に戻ってくる。行きと帰りでそれぞれ異なる5駅に停車する。もちろん途中下車や私のような片道だけの利用も可能だ。1泊2日のパッケージツアーも用意されている。

台湾最大規模のリノベ施設も

屏東と鉄道の関係は南迴線だけでない。2023年1月に、屏東市から30分ほどの距離にある潮州に、鉄道をテーマとした文化施設「潮州鉄道園区(鉄道パーク)」がオープンした。

敷地面積52ヘクタールを誇る鉄道車両基地「潮州機廠」の一隅に、「鉄道文物館」やレストランがある。最初に目に飛び込んできたのは、屋外に展示されていた台湾で唯一現存する貨車「50D10型大物貨車」だ。黒光りする20メートル以上の長さの貨車は、存在感があり、園内の目玉となっている。1929年から2000年までの各種車両もあり、実際に中に入ることができるものもある。

潮州鉄道園区に展示されている日本時代のタンク車
潮州鉄道園区に展示されている日本時代のタンク車

潮州鉄道園区で旧型車両に乗り込む筆者
潮州鉄道園区で旧型車両に乗り込む筆者

館内展示の日本統治時代のブループリント(車両設計図)を見ると、発注元が三井物産であったことや、1970年代に日本向けのバナナを輸送した際に使われていた貨物車のことなどが分かって興味深い。予約をすれば、潮州機廠での鉄道車両の維持修理の様子も見学が可能だ。近々、園区内に宿泊施設も誕生するというので、鉄道を切り口に、ゆっくり屏東を楽しむのも悪くない。

台北にもある鉄道遺産

鉄道遺産は、台北にも2つある。2020年に、日本統治時代の台湾総督府鉄道部として使用されていた建物を利用してオープンした「国立台湾博物館鉄道部園区」は、鉄道の歴史を史料や映像で展示している。地下化される前の台北駅を再現したジオラマや、車両模型なども見られる。鉄道車両というよりも、建造物を通し、日台の鉄道に思いを馳せることができる場所だ。

もうひとつは、日本統治時代の鉄道工場の跡地を整備して進めている「台湾国家鉄道博物館」だ。2028年にアジア最大の鉄道博物館としての完成を予定しているが、リノベーションが終了した部分から、予約制で見学を受け付けている。

松山文化園区のすぐ後ろに位置しているので、日本統治時代の近代化産業遺産の組み合わせとなり、より充実した観光地となることを期待したい。

産業社会の近代化とともに

産業社会の近代化とともに歩んできた鉄道の歴史は、1825年に英国で走った蒸気機関車から始まり、日本には1853年にやってきた。台湾における鉄道遺産は、台湾の黎明期である清朝時代から、交通整備を始めた日本統治時代、戦後の発展期と、栄枯盛衰を見守ってきた証人だ。特に日本人は、台湾の鉄道遺産に触れることで、台湾に存在する「日本」を感じ、その歴史に思いを致すことができる。

先生と一緒に潮州鉄道園区を見学にきていた小学生たち
先生と一緒に潮州鉄道園区を見学にきていた小学生たち

2019年、同じ海沿いを走ることから、熊本の肥薩おれんじ鉄道と南迴線が姉妹鉄道協定を結んだ。それだけでない、木材つながりの大井川鉄道と阿里山森林鉄道を皮切りに、石炭つながりの平成筑豊鉄道田川線と平渓線、同名駅としてしなの鉄道の田中駅と縦貫線の田中駅など、2022年までに、40以上もの姉妹鉄道が日台間で誕生している。日本が台湾に持ち込んだ「駅弁」交流も盛んだ。

トンネル、橋梁、時刻表、駅舎、車両、ブループリント、駅弁、切符。台湾に残る鉄道遺産はどれも「日本」とつながっている。観光としてだけでなく、日台の歴史交流のシンボルにもなりうるのではないだろうか。

写真は全て筆者提供

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