ニッポンの異国料理を訪ねて: 同胞の胃袋を支えたい―埼玉・北坂戸のセネガル料理店「ラ・セネガレーズ・シェザビュ」

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日本の日常にすっかり溶け込んだ異国の料理店。だが、そもそも彼らはなぜ、極東の島国で商いをしているのか――。埼玉・北坂戸には、アフリカ大陸最西端の国・セネガルの国民食を提供する店がある。日本国籍を取得した店主の「二安陣羽」さんが、貿易会社を辞めてまで料理店を開いた理由とは。

大使館員も通うアフリカ大陸最西端の「魚ごはん」

コロナ前、筆者はちょくちょく日本を離れ、サッカーを観ながらさまざまな国を旅していた。例えば2008年の冬は、西アフリカのガーナで1カ月ほど過ごした。そのとき毎日のように食堂や屋台で食べていた料理がある。ジョロフライス。骨付きチキンが添えられたトマト風味のスパイシーな炊き込みごはんは、筆者の胃袋をわしづかみにし、ヘビーローテーションとなる。

近年、日本での難民支援に首を突っ込み、アフリカ人との付き合いが増えていく中で、筆者はジョロフライスの意味を知った。ジョロフとは英語でセネガルに暮らすウォロフ人を指し、どうやらウォロフ人の食べていた料理が近隣諸国へ、さらにはアメリカに広まったものらしい。

ガーナのジョロフライスしか知らない筆者は、本家を味わいたくなり、セネガル食堂を調べてみた。するとそれはなぜか、埼玉県中部の東武東上線北坂戸駅近くに見つかる。

「La Senegalaise CHEZ YA BIGUE(ラ・セネガレーズ・シェザビュ)」。オープンは2021年10月、まだ1年しか経っていない。

とりあえず電話をかけると、流ちょうな日本語を操る店主が出た。

「ああ、ジョロフライスというのはチェプジェンのことですね。日曜日なら食べられるので、ぜひ来てください」

ジョロフライスがチェプジェン? なんだ、そのチェプジェンというのは。

要領を得ないまま日曜日に店に行くと、店主がにこやかに歓待してくれた。

「私がこの店を開いたニアン・ジンバです。漢字ではこう書きます」

そう言って、スラスラとノートに「二安陣羽」と書いた。漢字の名前でさらに戸惑う筆者に、二安さんが続ける。

「ぼくは19歳のとき、留学生として来日しました。日本での暮らしはもう15年になりますが、その間、日本国籍を取得するチャンスがあったので、この漢字を選びました。占い師はいい未来が待っていますと言ってくれたし、なにより陣羽は私が好きなサムライが戦場で着る衣装。ですから、この名前をとても気に入っているんです」

店内の一角には、セネガルの食材を販売するコーナーもある 筆者撮影
店内の一角には、セネガルの食材を販売するコーナーもある 筆者撮影

二安さんには4人の兄弟がいて、祖国セネガルだけでなく、イタリアやカナダにも暮らしているという。彼が日本を選んだのは「欧米は普通すぎてつまらない。若かったこともあり、みんなとは違う国に行こうと思った」からだ。冒険心旺盛な二安さんは、多少の苦労は織り込み済み。東日本大震災のときは大阪にいったん逃れたが、来日直後は日本語学校で猛勉強。その後、東京国際大学に進学すると、ファストフードやレストランでのバイトを掛け持ちしながら、学費と生活費をすべて自分で賄い、晴れて大学を卒業。その後、貿易会社に就職する。

貿易の仕事はおもしろく、その間に日本国籍も取得した。だが、入社8年目に好きな仕事を辞めてしまう。

「前々からセネガル料理の店を出したいと思っていて、今を逃したら一生やらずに終わってしまうと思ってオープンしたんです」

北坂戸をはじめ、東松山、森林公園といった東武東上線沿線には、実はセネガル人コミュニティーがあり、彼らの多くは過酷な解体業に従事している。そんな同胞たちの間では、かねて「祖国のメシを食べられる店が欲しい」という声が上がっていた。

ならばと、腕に覚えのある二安さんは一歩踏み出した。このあたりの思い切りの良さは、さすがである。

世界無形文化遺産に登録された本家本元の味わい

ラ・セネガレーズはオープン直後から同胞やアフリカの人々でにぎわい、大使館員もわざわざ電車で1時間以上かけて通うほどの人気店となった。彼らの一番のお目当ては言うまでもない、チェプジェンである。

待望の「チェプジェン」。この一皿に民族の誇りも載っている 筆者撮影
待望の「チェプジェン」。この一皿に民族の誇りものっている 筆者撮影

腹をすかせた筆者の前に出てきたのは、ガーナで食べたジョロフライスとはずいぶん異なるものだった。メインがライスというのは同じだが、骨付きチキンがついていたジョロフと違い、チェプジェンには鯛(タイ)にダイコン、カボチャやオクラといった煮込み野菜がドンドンドンとのっている。

「全然違う!」と感嘆する筆者に、二安さんは丁寧に教えてくれた。

「チェプジェンというのはウォロフ語で“魚ごはん”を意味します。このチェプジェンがうまいと評判になり世界に広まったわけですが、その過程で食材や調理法が変わり、その土地ならではのチェプジェンが生まれた。ガーナもナイジェリアも英語の国なので、それはウォロフ人のメシということでジョロフライスと呼ばれるようになったんです」

ジョロフライスは北米でも意外とポピュラーなようだ。セネガルからガーナやナイジェリアに広まってジョロフライスとなったものを、奴隷として新大陸に連れていかれた当地の人々が好んで食べたことから根付いた、という説もある。かくして他国で食べられるジョロフライスは、本物のウォロフ人のメシ、チェプジェンとかけ離れたものとなった。

世界各地に定着したジョロフライス。だが、本家のセネガル人たちがおとなしく受け入れているわけではない。これが本物だということで、2021年にはチェプジェンをユネスコの世界無形文化遺産に登録。二安さんの言葉にも、端々に本家のプライドがにじみ出る。

「チェプジェンはセネガルの国民食で、だれもがランチタイムに家や食堂、屋台で食べるんです。これはとてもうまいから、ガーナ人もナイジェリア人も自分たちが発明したことにしたいのかもしれないですね」

チェプジェン向けに用意された大量の鯛 筆者撮影
チェプジェン向けに用意された大量の鯛 筆者撮影

北坂戸に息づくセネガルコミュニティー

さて、ついに出会った“本物のジョロフライス”、チェプジェンは、世界無形文化遺産にふさわしい唯一無二の味だった。鯛とゴロゴロ野菜の煮汁で炊き上げたライスは、圧倒されるほど濃厚な香り。くたくたに煮込まれた野菜も甘みたっぷりで、ライスや鯛と混ぜ合わせながらわしわしと食べ進める。アフリカ版鯛めしといってもいい北坂戸のチェプジェンは、初めてなのになんだかとても懐かしい味である。

筆者が大盛のひと皿を平らげたところで、二安さんは思いもよらぬことを言い出した。

「実はですね、私たち夫婦の営業は今夜が最後なんです」

びっくりして訳を聞くと、薬剤師の資格を持つ妻サホビゲさんが祖国で仕事を始めたいということで、親子3人での帰国を決断したのだという。当然、これには界隈(かいわい)の同胞も動揺した。

「せっかく故郷の味を楽しめるようになったのに、たった1年で終わるなんて……」

やめないで、帰らないで、という声が次々と上がった。

だが、どうやら悲しむ必要はなさそうだ。仲間思いの二安さんは、コミュニティーでも腕に覚えのある女性を後釜に指名。常連たちは胸をなでおろした。二安さんもしばらく、日本とセネガルを行き来しながら “二代目”をサポートするつもりのようだ。

東武東上線沿線にひっそりと、しかしたくましく根づこうとしているセネガルの国民食。週末が訪れるたびに、濃厚な鯛の香りが立ち込める。

セネガル料理店『La Senegalaise CHEZ YA BIGUE』 筆者撮影 埼玉県坂戸市薬師町17−18 大坂屋第一ビル1F 電話: 090-3806-0204 営業時間:14時〜21時 定休日:月曜 北坂戸駅から徒歩5分 ※チェプジェンの提供は日曜日のみ
セネガル料理店『La Senegalaise CHEZ YA BIGUE』 筆者撮影
埼玉県坂戸市薬師町17−18 大坂屋第一ビル1F 電話: 090-3806-0204 営業時間:14時〜21時 定休日:月曜 北坂戸駅から徒歩5分 ※チェプジェンの提供は日曜日のみ

バナー写真:残念ながら母国セネガルに帰国してしまった二安さん一家 筆者撮影

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