サイクルツーリズムでつながり、インバウンドを取り込む——加速する北陸3県の自転車観光
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海外ではメジャーな自転車観光
日本海に面して南北に広がる北陸3県。2015年に北陸新幹線の東京―金沢間が開通し、ぐっと身近になった。2023年には金沢から福井(敦賀)間も開業する予定で、北陸人気はさらに高まるはずだ。
北陸と言えば、日本酒片手に、カニやエビといった数々の海産物に舌鼓を打ち、ゆったりと温泉につかる——そんなイメージがある。一方で、どんよりとした灰色の空と、岸壁に打ち付ける日本海の荒波、しんしんと降り積もる雪を思い出す人も多いだろう。
しかし、そうした先入観とは裏腹に、北陸3県がアフターコロナのツーリズム振興で力を入れるのがサイクルツーリズムである。コロナ禍では、人との接触が避けられ、健康増進にも役立つ自転車の利用者が増えた。海外ではサイクルツーリズムは日本よりもメジャーなアクティビティーだ。特に私の家族の出身である台湾では、台湾本島を自転車で1周する「環島」の一大ブームが起こり、サイクルツーリズムが大きな注目を集めた。新たなインバウンド振興策として、自転車の潜在力は高いと北陸各県は期待しているのだ。
能登半島に発展の可能性
今年10月から11月にかけて、私は北陸を自転車で何度も走った。石川県・能登半島を中心に3日間で約400キロを走るハードなコースとして知られる「ツール・ド・のと」では約600人の参加者の1人として、なんとかゴールにたどり着いた。それとは別に、サイクルツーリズム振興を目指す地元の要請を受けて、能登半島と加賀それぞれの地で、サイクルツーリズムに関連したモデルコースを試走した。
能登半島では「道の駅輪島」を起点とした約25キロのコースを走った。海に大きくせり出した輪島岬の突端の「鴨ヶ浦」や、1000年以上もの歴史を持つ「輪島朝市」、能登地方のキリコを多数展示した「輪島キリコ会館」、海に向かう急斜面に作られた「白米千枚田」などを巡るコースだ。専用のアプリをダウンロードすれば、モデルコースをナビゲーションしてくれる。長過ぎず、短か過ぎずの距離で、電動やスポーツ車のレンタサイクルでも手軽に利用できるだろう。輪島だけでなく穴水や七尾、羽咋などもモデルコースを作成している。能登半島は二次交通(※1)が弱く、行きたくても簡単には行けないところが多い。各市町がうまく自転車の連携を図ることができれば、新しい旅のスタイルが生まれる可能性を十分に秘めている。
加賀では、白山ジオライド推進協議会が実施したモニターツアーに参加した。白山市は、金沢・福井間の新幹線が止まらないことへの焦りがあり、既存の観光資源を生かした特徴あるサイクルツーリズムを考えている。試走したのは、旧北陸鉄道金名線の廃線跡を利用した全長約20キロの手取キャニオンロードだ。
北陸鉄道石川線はサイクルトレインを実施している。予約なしで、自転車をそのまま車両に持ち込めることがうれしい。金沢市内にある起点の野町駅から約30分で14キロ先の白山市にある終点・鶴来駅に到着すれば、手取キャニオンロードの入り口はすぐそこだ。
先行する富山
10月下旬には富山を走った。「富山湾岸サイクリングコース」はナショナル・サイクルルートに指定され、いま北陸で最も勢いがある。富山湾沿いの石川との県境の氷見市が南側の起点で、そのまま富山湾沿いに北上していくと新潟県境が終点。年に一度開催される「富山湾岸サイクリング」では、このルートを往復する形でのコースが設定され、富山湾と雄大な立山連峰の両方の景色を満喫できるライドが人気を集める。
2014年、富山湾が「世界で最も美しい湾クラブ」に加盟したことで、7市2町を横断する富山湾岸サイクリングコースが整備されたことから始まったイベントだ。氷見市から朝日町までのサイクリングコースは、湖のようにぐるっと周回することができないので、往復の180キロが最長。私は射水市から朝日町を往復する130キロを選んだ。
同コースの一部で、射水市の地上50メートルにある新湊大橋の通路からの眺めが気持ちいい。橋は自転車を押して通れるように設計されおり、渡船利用もできるというのに、その存在が十分にサイクリストに周知されていないのがもどかしい。また、サイクルトレインを運行しているが、事前予約制や曜日限定の運行のため、気軽に使えない。レンタサイクルできる店も市内には少なく、改善が待たれる。
富山には「立山黒部アルペンルート」があり、日本最高所の2450メートルにある鉄道駅「室堂」、高さ日本一の「黒部ダム」、20メートルに達する雪の壁——雪の大谷、世界遺産となっている合掌造りの「五箇山」など人気の観光地も多い。ブリやホタルイカ 、シロエビ、ゲンゲなどさまざまな海産物が取れる。こうした富山観光や富山グルメとサイクリングを組み合せたコースを育てられたら鬼に金棒だ。
福井も目指すナショナルサイクルルート
福井も富山に負けじとナショナルサイクルルートの選定に入ろうと必死だ。ナショナルサイクルルートは日本を代表し、世界に誇りうるサイクリングルートを認定する制度で、これまでに愛媛の今治から広島の尾道までをつなぐ「しまなみ海道」や琵琶湖を1周する「ビワイチ」など、6コースが認定されている。認定されれば認知度は一気に高まり、イベントを開催すると人が集まる。さまざまな波及効果を期待できるので、各自治体がナショナルサイクルルートの認定を渇望しているところだ。
福井は、若狭湾周辺の5つの湖を回る「三方五湖(ゴコイチ)」のコースを売りにしている。全長およそ42キロ。それなりにアップダウンもあるが、初心者でも難しくはないコースだ。また、県南部はかつての若狭国であり、若狭湾にある小浜を起点に南の京都に続く「若狭街道」がある。鯖(サバ)の漁獲量が多かったことから別名「鯖街道」とも呼ばれている。京都や滋賀つないだ長めの距離を走れる「鯖街道サイクリング」というコンセプトで、ファミリー層から本格的な自転車乗りまでを意識したコース作りにも取り組んでいる。
北陸3県の共同ルートも
日本政府から指定を受けたナショナルサイクルルートのひとつに「太平洋湾岸自転車道」がある。千葉の銚子から和歌山の加太海岸までをつなぐ約1200キロのサイクリングロードだ。実際にはまだ整備されていないところも多いこれからのルートだが、何度かに分けて走って達成感をじっくり味わうこともできそうだ。
北陸3県でも、北端の富山の朝日町から能登半島をぐるっと回って、金沢から加賀、福井の高浜まで、3県の海岸線約600キロのルートを「北陸日本海自転車道」とするのはどうだろうか。各地域の風土の違いを食や景色から感じて走ることで、日本海のロマンを満喫するするサイクリングロードになるに違いない。
最近では、富山と石川の両知事による懇談会で、北陸3県で共通フリー切符を販売し、観光列車を共同運行する構想が語られた。これまで同じ北陸というカテゴリーながら、そこまで協力関係があるわけではなかった3県が、新幹線の開通を機に、サイクルツーリズムで「ワンチーム」になり、内外の観光客をさらに引き付ける日が来ることを期待している。
「健康、友情、生きがい」を目指して
サイクルツーリズムの先進地の台湾で、自転車メーカーGIANTの創業者・劉金標元会長は、自転車に乗る意義を「健康、友情、生きがい」と定義した。自転車観光は、1日で動ける範囲が広がり、甘いものやカロリーの高いものでも、ある程度遠慮せずに食べることができる。好奇心が強く食いしん坊な私にとって、自転車は一挙両得の意味がある。ライドは何より楽しく、心も体も元気になり、自転車を通して知り合った仲間も自然に増えていく。
北陸3県には、観光集客による経済振興という目先の利益だけではなく、自転車利用によって観光客も地元の人も幸福になる長期的なビジョンを掲げてほしい。サイクルツーリズムで、北陸3県が「日本代表」のルートになることを願っている。
写真は全て筆者提供
バナー写真=石川県でサイクリングに挑む筆者
(※1) ^ 拠点となる空港や鉄道の駅から観光地までの交通のこと。