君は小宇宙を感じたことがあるか? 世界を魅了し、今も広がる『聖闘士星矢』という神話
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女神アテナに仕え邪悪と戦う少年たちの物語
この世に邪悪がはびこるとき、
必ずや現れるといわれる希望の闘士「聖闘士」。
その拳は空を裂き、蹴りは大地を割るという。
1985年、集英社「週刊少年ジャンプ」誌にて『聖闘士星矢(セイントセイヤ)』の連載は始まった。この作品は、すでに1977年の『リングにかけろ』で、社会現象となるほどの大ヒットを世に送っていた漫画家、車田正美氏の最高傑作といわれるマンガとなった。その影響はあまりにも大きく、広い。
この物語の主人公は星矢。仲間思いの、熱い心を持つ少年だ。彼は幼いころに姉から引き離され、88の星座を守護に持つ聖闘士になるため、過酷な修行に送り出された。そして命懸けの訓練を経て、天馬星座(ペガサス)の青銅聖闘士への昇格を果たす。日本に帰国した彼を待っていたのは、格闘技イベント「ギャラクシアンウォーズ」への出場。しかしそれは壮大な戦いの、ごく小さな一歩でしかなかった。
星矢は、ドラゴン紫龍、キグナス氷河、アンドロメダ瞬、そしてフェニックス一輝というかけがえのない仲間たちと共に、教皇位簒奪(さんだつ)から始まる聖闘士同士の内戦を戦い抜き、その闘争はついに、海皇ポセイドン、そして冥王ハーデスとの「聖戦」と、“神々の戦い”へと至る。
彼らの使命は、正義のために戦う女神(アテナ)を守ること。武器は持たない。身にまとうのは聖衣(クロス)という鎧(よろい)のみ。超人的な闘技を見せるが、その力の源は心。すなわち身体の内に秘められた小宇宙(コスモ)。
この作品は連載開始の翌86年に、早くも名門、東映動画(現・東映アニメーション)によってアニメ化される。
星矢の声を演じたのは『巨人の星』(1968)の星飛雄馬、『機動戦士ガンダム』(1977)のアムロ・レイ役などで知られていた古谷徹氏。古谷氏は豊かな実績を持つベテラン声優でありながら、オーディション会場に「星矢」のコスプレをして現れ、「この役を獲得したい」という意気込みを示したという。
アニメ版のキャラクターデザインを手がけたのは、伝説的なアニメーターである荒木伸吾氏と姫野美智氏。シリーズディレクターは当時、アクション演出に定評のあった森下孝三氏が担当した。
森下氏は「星矢」の直前にアメリカで『トランスフォーマー・ザ・ムービー』の共同製作に参加していたことから、海外作品の予算規模の大きさを実感。「星矢」でもコストをかけて緻密な製作を行い、新しい映像を創ることを目指していたという。そのため『スター・ウォーズ』の合成技術を研究し、製作の現場に持ち込んだそうだ。
結果、放映されたアニメ版もヒットを記録。国内で人気を博すだけではなく、海外80カ国で放映され、「星矢」は世界的にファンを広げていくことになった。
特に南米やフランスに熱いファンを持つことで知られるが、遠いフランスから東映や、さらには荒木伸吾氏のプロダクションにまでやって来るファンもいたそうだ。荒木氏の事務所には突然、メキシコから電話がかかってくることもあったという。
国境を超えて広がった『聖闘士星矢』の普遍的な魅力
ちなみに『聖闘士星矢』には、黄道十二星座を守護に持つ最上級の実力者、「黄金聖闘士」たちが登場する。彼らは圧倒的な力を持ち、強く、かっこいい。
作品の連載、放映当時、子どもたちは彼らに憧れたものだった。ところが作中の扱いが不遇だった黄金聖闘士もいて、自分自身の誕生日がその星座にあたるファンは落胆した。こうした「星座間格差」が存在したのだが、海外のファンもまったく同じように衝撃を受けているのが興味深い。
たとえば魚座の黄金聖闘士は「アフロディーテ」という名で、“星矢たちの敵”として登場してくる。そのマイナスのインパクトは、むしろ海外のほうが、その名が女性名であると実感されるだけに強いのかもしれない。ネットではブラジルやフランスのファンの「魚座の聖闘士って……」という嘆きを見かけるが、筆者もまた魚座なので、その気持はよくわかる。
このように国も民族も超えて支持が広がった理由には、ひとつには『聖闘士星矢』の、「世界観」の魅力があるのだろう。
ギリシャ神話を背景にした、壮大な戦いの構図。聖衣(クロス)を身にまとった聖闘士たちのかっこいい姿。そして彼らの放つ、ドラマティックな必殺技。なにより素晴らしいのは、その力の根源が身体能力ではなく、精神力「小宇宙(コスモ)」であること。
この設定は「折れない不屈の心さえあれば、自分も聖闘士のようになれる(かもしれない)」という、そうした夢を、子どもたちに感じさせてくれた。
また作中で描かれる価値観も普遍性を持っていた。特に本作の中心的なテーマとなっている「友情」が、見る人の心をとらえた。
原作マンガ版では、星矢たち青銅聖闘士がDNA的にも兄弟だったことが知らされる。アニメ版にはその設定はないが、DNAは本質ではなかった。大切なのは、彼らが戦いを通して絆を結んだ「兄弟」であったこと。彼らは、他者のために戦うときにこそ、小宇宙(コスモ)を高めることができた。自分のためではなく仲間のために、どんなにボロボロになっても立ち上がる。その美しく、官能性を帯びた姿が人々の心を揺さぶった。
世界中のクリエーターに与えた影響
フランス出身の映画監督、ルイ・レテリエ氏は『聖闘士星矢』のファンであり、彼の代表作『タイタンの戦い』(2010)は、「星矢」へのオマージュを込めてつくられたというが、この作品がクリエーターに与えた影響はあまりにも大きい。
「星矢」には主人公だけではなく、クールな表情の下に亡き母への熱い思いを秘めたキグナス氷河、少女のような外見を持ちながら高い実力を誇るアンドロメダ瞬など、本来ならばそれぞれ単独で主役を演じることができるほど魅力的なキャラクターたちが、惜しげもなく何人も登場してくる。
あたかもマーベルの『アベンジャーズ』を、ただひとりの作家がつくってしまったような豪華な作品世界だが、車田氏の「群像劇としてキャラクター同士の関係性を見せる」という作劇は、マンガにおける「偉大な型」として受け継がれていった。
それは超人的ヒーローが活躍するジャンルだけではない。最上級の実力者である黄金聖闘士、それに継ぐ白銀聖闘士、まだ未熟なルーキーの青銅聖闘士という段階構造は、日本の中等教育制度における最上級生の3年生、2年生、1年生として、学園スポーツマンガにも反映されていく。
なにより車田氏の「出し惜しみせず、エピソードごとに全力で見せ場をつくる。その積み重ねがマンガの面白さになる」という姿勢は、コンテンツの公開がデジタルへと移行しつつある現代でも、マンガの基本精神となっている。
『聖闘士星矢』は現在もまた続編が描かれ、他の作家によるスピンオフ作品群も刊行されている。Netflixによるドラマ版『聖闘士星矢: Knights of the Zodiac』も企画され、2019年より配信された。またハリウッドでは実写映画版の製作が報じられている。
これだけでもダイナミックな展開だが、そもそも現代のマンガの世界を見渡すと『鬼滅の刃』、『東京リベンジャーズ』、『弱虫ペダル』など、あらゆる場面に「星矢」のレガシーが感じられる。
車田正美氏は「マッチョ=強い」という伝統的な男性像を描き換えた、ジェンダー表現における先駆者でもあった。この偉大な漫画家が、創作者たちに深く尊敬されているのも、当然のことなのだろう。
バナー写真:1985年12月より連載が始まった『聖闘士星矢』。星座の趣向を凝らした鎧や、ギリシャ神話をモチーフにした物語が人気を博し、「週刊少年ジャンプ」の象徴的作品に。90年12月の連載終了時には、発行部数500万部超えを達成した 撮影:ニッポンドットコム編集部