サッカーW杯カタール大会で史上初めて女性審判員を選出―これまで不在だった理由と他競技での進出状況
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日本からは山下良美さんが参加
11月20日、サッカーW杯がカタールで開幕する。
秋開催となった異例の大会を前に、季節とは別に注目されている話題がある。W杯史上初めて、女性審判が選出されたことだ。主審として3人、副審として3人の計6人が各国から選ばれている。
しかも主審の1人として日本人が含まれていたことから、日本サッカー界、いや、サッカーに限らず日本のスポーツ界で大きな関心を呼んだ。
選ばれたのは山下良美さん。東京都出身で1986年生まれ。もともとサッカー選手であった山下さんは、東京学芸大学時代の先輩であり、自身も審判として活躍する坊薗真琴さんの誘いを受けて審判員の資格を取得。女子サッカーの国際大会で主審を務めるなど実績を重ね、全国高校サッカー選手権で男子の大会も担当。昨年はJリーグの審判員に女性で初めて選ばれ、今年9月には最上位カテゴリーであるJ1で、女性として初めて主審を務めた。
「初」という文字が並ぶように、パイオニアとして道を切り開き、ついにはサッカー最高の大舞台へたどり着いたのである。
W杯に限らず、サッカー界では女性審判の進出が加速している。この数年、欧州各国リーグで女性が主審を務める機会が出てきており、2020年12月には、クラブ世界一を決定するUEFAチャンピオンズリーグのユヴェントス対ディナモ・キエフで、初めて女性が主審を務めた。
長年、審判を男性が占めてきたのは、「女性には難しい」という見方が支配的だったからだ。プロチームのゲームであれば選手の走力や運動量はハイレベルであり、プレーのスピードも速い。それに応じて審判も運動能力を求められるが、女性ではその域に達するのが困難だと思われてきた。また、サッカーでは選手が審判に激しく詰め寄る光景が見られ、そういった場面に対応できるのかという懸念もあったという。
だが、それらは杞憂(きゆう)に過ぎなかったことを、現在活躍中の女性審判たちが証明している。山下さんは陸上経験者にコーチを依頼し、トレーニングを積んだという。そうした努力でカバーできることを現場で示してきた。また、選手とのやりとりにおいても、先に記したゲームなどでは毅然と対応している光景が見られた。結局のところ、「女性にはできない」は思い込みに過ぎなかったのである。
山下さんのW杯審判団選出がさまざまなメディアで大きく取り上げられ、広く日本のスポーツ界にインパクトを与えた理由もそこに集約される。「男性にしかできない」という固定観念を打ち破った象徴的な出来事であり、審判という職をほぼ男性が占めている他のスポーツの女性たちに、勇気を与える出来事であったからだ。
世界のプロスポーツの状況
では、サッカー以外の競技では、審判業における女性進出はどのような状況にあるのか。ここからは、各競技での近年の変化を見ていきたい。
日本のプロスポーツの中で、最も人気が高いのは野球である。野球もまた「審判は男性」という観念が強かった世界であり、プロ野球では女性審判は皆無だ。それでも野球界全体を見渡すと、女性の姿を少しずつ目にするようになってきている。
2002年には鷹見仁子(たかみ・さとこ)さんが関西6大学野球リーグ史上初めて球審を務めた。それ以降しばらくは空白が生じたが、18年になって佐藤加奈さんが阪神大学野球連盟1部リーグで球審を担い、女性として再び野球界で存在感を放った。
日本では人気の高い高校野球の全国大会地方予選でも、女性審判が名を連ねることが増えている。
彼女らは、東京都高校野球連盟や北海道野球連盟など各地の連盟に登録して審判を務めており、全国大会、いわゆる「甲子園」でもいずれは女性審判の姿が見られる可能性が生まれている。
野球の本場である米国では、16年にマイナーリーグで初めて女性審判員が採用され、その後もう1人増えた。とはいえマイナーリーグでも人数が限られ、メジャーリーグにはまだ女性審判は存在しないことから、「動きが遅い」と米国内では批判も起きているようだ。しかし、長年にわたって皆無だったことを考えれば、6年前に女性審判が誕生したことは一つの変化と言えるだろう。
サッカーや野球同様、男性の審判が当然の世界であったラグビーでの変化は、もう少し早いかもしれない。
日本国内では17年、ラグビー・トップリーグ(当時)の東芝対NTTコム戦で、高橋真弓さんがアシスタントレフェリーを務めた。トップリーグで女性がピッチに立つのは初めてだった。16年に日本ラグビー協会が公認の審判ライセンス制度を設け、A級に選ばれた女性2人のうちの1人が高橋さんだった。
高橋さんは、19年の全国高校ラグビー選手権でレフェリーを務めるなど活躍を続けている。そして21年の同選手権開幕戦では、高橋さんに続いて神村英理さんが笛を吹いた。
国際大会に目を転じれば、昨年の東京オリンピックに2人の海外レフェリーが参加したのは記憶に新しい。その2人を含む計4人全員が女性審判団という構成のもと、今年6月にポルトガル対イタリアのテストマッチが行われた。これはラグビー界にとって大きなニュースとして取り上げられた。
近年、日本で人気を徐々に高めているプロ競技に、バスケットボールの「Bリーグ」がある。2016−17シーズンに開幕した同リーグでは、17年に4人の女性レフェリーが誕生。リーグ戦でレフェリーを務めている姿が見られる。
一方、米国のプロバスケットボールリーグ「NBA」は、女性進出という点で他のプロ競技をリードする存在だ。1997年に2人の女性審判員が誕生し、その後も徐々に人数が増えている。試合を取り仕切る光景も珍しくなくなってきたが、リーグの運営組織には将来的に男女同数が望ましい、との意向があると伝えられており、今後も増えていくことになるだろう。
オリンピックでも広がる女性進出
これらプロ競技に対し、男子の審判が圧倒的多数を占めてきたアマチュア競技の現状はどのようになっているのか。
例えば日本発祥の武道である柔道。男女平等を目指す方向性のもと、2017年の全日本選手権で初めて女性の審判が3人加わるなど、女性審判の道を広げようという機運が高まっている。
昨年の東京五輪の審判団は計16人で、うち5人が女性。その1人として日本の天野安喜子さんが名を連ねた。日本からは男女を通じ唯一の選出である。天野さんは08年北京五輪に続く2度目の参加であったが、北京の審判団計24人のうち女性は2人であったことを思えば、女性の比率が大きく増加していることが分かるし、国際的にも女性進出を後押しする流れがうかがえる。
天野さんは東京五輪で計37試合を担当したが、その中には柔道競技の開幕試合、そして個人戦の最終試合である男子100kg超級決勝が含まれている。柔道個人種目の「最初と最後」を担ったことも、「女性進出」を象徴するような出来事だった。
オリンピックでは長い歴史を誇るレスリングに目を移せば、世界で日本女子の活躍が目立つ競技である割には、全日本選手権をさばくことができる男性審判が209人であるのに対し、女性は8人と少数にとどまる。オリンピックなど国際大会で審判を務める女性の姿も見られるようにはなってきているが、世界的にもやはり女性は少数だ。
ただ、今後、女性審判の数は急速に増えることが予想される。レスリングは「人気が低い」ことを理由に五輪競技からの除外が検討されたことがあり、現在もその可能性が消えたわけではない。そうした危機感から、世界レスリング連盟は国際オリンピック委員会による評価を高めたいと考え、審判の人数でも男女平等の実現を急いでいるからだ。
サッカーで見られた「女性ではさばけない、ジャッジする力が足りない」という視線は、女性審判の努力もあって、薄れつつある。男女平等という理念が広まっていることもあり、門戸を開こうという流れも高まっている。
今回のサッカーW杯を嚆矢(こうし)に、審判にとって「男性優位」の競技でもさらに女性が活躍する場が増え、多くの競技に波及していくと思われる。女性審判がW杯の試合で実際に笛を吹くかどうかは未定だが、彼女たちの活躍には世界が注目している。
バナー写真:J1初の女性主審として試合に臨む山下良美審判員(2022年9月18日、東京・国立競技場)時事