販売絶好調の軽EV・日産「サクラ」は世界市場で勝負できるか?

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軽自動車規格のEV(電気自動車)における本命にして兄弟車の、日産サクラと三菱ekクロスの販売が絶好調だ。クルマとしての質感は高くとも価格は抑えめで、その存在は軽自動車のみならず、日本国内のEV市場を活性化させるポテンシャルを秘めている。日本ではもろ手を挙げて歓迎された新機軸は、果たして世界市場で通用するのか。その可能性を考察する。

日本のEV市場と軽の歴史を変える存在

今年5月に発表された日産サクラと三菱ekクロスEVの販売が好調だ。

仏ルノーを含む3社でアライアンス(企業連合)を組む日産自動車と三菱自動車工業は、2011年に軽自動車を共同で企画する合弁会社のNMKVを設立。これまでに、両ブランド合わせて8車種の軽自動車を発売してきた。

兄弟車にあたるサクラとekクロスEVは、NMKVによって企画された9番目と10番目の軽自動車であり、初のEVとなる。

サクラとekクロスEVは、ともに今年5月に発表。サクラは8月7日までに約2万5000台、ekクロスEVは8月21日までに約6000台を受注したという。サクラは年間で5万台程度、ekクロスEVは年間1万200台を販売目標として設定していたので、計画を大きく上回るペースで受注が推移していることになる。新型車発表直後の受注が目標を上回ることはままあるにせよ、日本市場でEVが月に2000台以上も売れることは極めて異例だ。

なお、サクラとekクロスEVは内外装のデザインを除けば実質的に同じ製品なので、これ以降は便宜上「サクラ」と呼ぶことにする。

日産サクラの兄弟車種となる三菱ekクロスEV 写真=三菱自動車
日産サクラの兄弟車種となる三菱ekクロスEV 写真=三菱自動車

まず、「サクラ」について説明する前に、日本固有の自動車規格である軽自動車の歴史について簡単に振り返っておこう。

軽自動車という分類が初めて法律によって定められたのは、戦後間もない1949年のこと。

当初、これに該当する自動車は生産されなかったものの、54年の法改正で「エンジン排気量の上限を360ccとする」ことが決まると、翌55年には鈴木自動車工業(現スズキ)が軽乗用車のスズライトSSを発売。さらにダイハツ工業、富士重工業、東洋工業(現マツダ)、新三菱重工業なども軽自動車の生産に本格的に乗り出していった。

当初は4輪車だけでなく3輪の貨物車も個人商店などの配送用として旺盛な需要を誇ったが、やがて軽4輪トラックが台頭した影響で、70年頃までに3輪車の生産は終了した。

一方、個人向けに販売される軽乗用車は高度経済成長期を迎えて急速に需要を伸ばしていく。その背景には、そもそも車両価格が安いことに加えて、軽自動車に対する様々な優遇措置の存在があった。たとえば自動車税や重量税は登録車(一般的な小型車や普通車などを指す)よりも軽自動車のほうが安く、そうした傾向は現在も続いている。

具体的に言うと、登録車の自動車税は排気量によって2万5000円から11万円とされているが、軽自動車税は一律1万800円。重量税は軽自動車の6600円に対して登録車は重量に応じて8200円から4万9200円となっている。また、車両購入の際に必要となる車庫証明書が、軽自動車では原則不要(届け出が必要な地域もある)となる点も、手続きの簡便性という面で軽自動車に有利に働いている。

歴史の話を続けると、75年に軽自動車の規格は「エンジン排気量360cc以下、長さ3.0m以下、幅1.3m以下、高さ2.0m以下」と、より厳密に規定されるようになる。その後、排ガスや安全性に対する規制強化に伴って軽自動車の排気量や寸法は徐々に拡大され、98年には現在と同じ「エンジン排気量660cc以下、長さ3.40m以下、幅1.48m以下、高さ2.00m以下」とされた。

なお、軽自動車の販売台数は70年に71万7170台だったものが、20年には133万1149台へと倍増。この間、登録車の伸び率が60%程度だったこともあり、全乗用車に占める軽自動車の販売比率は30.1%から34.9%へと増加している。保有台数でも70年の224万4417台から2285万7859台に増え、全乗用車に占める軽自動車の保有台数比率は25.6%から36.8%まで伸びた(出展:日本自動車工業会)。

「サクラ」が提示した新たな価値

では、「サクラ」の販売はどうして好調なのか? その理由について推測を巡らせると、「軽自動車」と「EV」という2つの領域において、これまでにない価値をもたらしていることに気づく。

たとえば、軽自動車は660ccと小排気量のエンジンを搭載しているために一般的に非力で、坂道を上るときにはエンジンが高回転域で回って大きな騒音を発することが少なくない。ところが「サクラ」の最大トルクは195Nmで、ベースとなった日産デイズの3倍以上(自然吸気エンジンの場合。ターボエンジンであればおよそ2倍)に相当する。このため急坂でも余裕を持って登坂できるほか、EVの電気モーターは大負荷時にも騒音を発しないので快適性にも優れている。その余裕ある走りは、まるで高級車のようでもある。

「サクラ」は乗り心地とハンドリングのバランスという面でも、ベースとなったデイズを大きく上回っている。というのも、頑強なケースで覆われたバッテリーを車体の低い位置に搭載しているため、車両全体の重心が下がるとともに、ボディ剛性も向上しているからだ。

一般的に言って、車体の重心高が低くなると、サスペンションをソフトにしてもハンドリングが鈍くなりにくく、乗り心地とハンドリングのバランスは改善される。また、ボディ剛性の向上も乗り心地や静粛性の改善に効果がある。つまり、「サクラ」は走りが力強いだけでなく、快適性やハンドリング、さらには静粛性といった面でもベースとなったデイズを大きくしのいでいるのだ。

「サクラ」の内装は、デザイン、質感とも、従来の軽自動車を凌駕する 写真=日産自動車
「サクラ」の内装は、デザイン、質感とも、従来の軽自動車を凌駕する 写真=日産自動車

いわば基本性能の領域だけでも、「サクラ」は軽自動車の価値を大きく向上させたが、さらにEVの領域でもこれまでにない価値を提供している。

第一のポイントは車両価格の安さにある。「サクラ」の価格は233万3100~294万300円。これまで日本で買える最も安いEVは370万9200円の日産リーフだったから、それを一気に100万円以上も引き下げたことになる。まさに「サクラ」は「手が届くEV」といっていいだろう。

「サクラ」は一般的な軽自動車に比べれば割高に思えるものの、国から55万円の補助金を受けられるほか、東京都在住で自宅に再エネ電力を導入している家庭は自治体からさらに60万円の補助金を受けられる。いずれも申請にはいくつかの条件があり、居住地によって補助金に多寡があるとはいえ、この2つだけでも115万円の値引きに相当するので、最廉価版であれば実質的に120万円程度で購入できることになる。これはデイズの最廉価版(132万7700円)さえ下回る価格だ。

「サクラ」がこれまでにない低価格を実現できたのは、デイズとの部品共用化を推し進めたことと、車載バッテリーの容量を20kWhと小さく設定したことが効いている(リーフは40kWh版と60kWh版の2タイプ)。さらには、バッテリーの構成要素であるセルをリーフと共用したほか、モーターは同じ日産のノート用(厳密には4WD版ノートのリアモーター)を流用するなどしてコスト削減に努めた。

バッテリー容量が小さくなれば航続距離も短くなるが、「サクラ」はカタログ値で180kmを確保。日産の調査によれば、国内ユーザーの53%は1日当たりの走行距離が30km以下なので、一般的な家庭であれば充電は数日に1度で事足りるとメーカー側は想定している。

「サクラ」のベースとなった「デイズ」。軽自動車としては最先端の運転アシスト技術を搭載している 写真=日産自動車
「サクラ」のベースとなった「デイズ」。軽自動車としては最先端の運転アシスト技術を搭載している 写真=日産自動車

独自規格の軽EVが世界で戦う方法

では、日産と三菱は「サクラ」で国際的なEV市場に打って出ることができるのだろうか?

両メーカーに問い合わせたところ、現時点で「サクラ」を輸出する計画はないほか、海外市場からの引き合いもないという(三菱自動車は軽EVの海外進出に関して、「軽商用EVミニキャブ・ミーブはタイやインドネシアで実証実験を始めており、海外市場における電動化も地域の特性や環境を考え、各地域のニーズなども注視して進めてまいります」と回答した)。

なぜか?

昨年、国際的なEV市場で販売首位を争ったのはテスラ・モデルY、テスラ・モデル3、宏光 MINIの3台で、これらにやや離されてフォルクスワーゲンID.4が4位につけている。このうち、中国でのみ販売されている宏光 MINIを除く3台の航続距離はいずれも500km以上を達成しており、少なくとも現在のEV市場ではこの程度の航続距離が望まれていることが分かる。つまり、「サクラ」の180kmでは不十分なのだ。

また、「サクラ」が軽自動車規格に含まれていることも、グローバル市場ではネガティブに作用する恐れがある。海外で「サクラ」のライバルとなり得る欧州製コンパクトカーは、当然のことながら軽自動車規格に縛られていないため、エンジン性能にしてもシャシー性能にしても既存の軽自動車を凌駕しているケースが少なくない。

とりわけ1.48m以下と定められた全幅の制限が致命的で、この影響でコーナリング性能や高速安定性を左右するトレッド(左右タイヤの間隔)は、ライバル車に比べて軽自動車は15cmほども狭い。このため、コーナリング性能や高速安定性の点で「サクラ」は欧州製のライバルにかなわない恐れがある。日産と三菱が「サクラ」の輸出に積極的でない一因は、この辺りにあると推測されるのだ。

それでも「サクラ」の成功は、これまでEVで苦戦してきた日本の自動車市場が大きく変化する可能性を示したといえる。要は、EVにチャンスがなかったのではなく、日本市場で求められるEVが登場すれば、それなりに売れる土壌は整っていたのである。

日産と三菱の合弁会社NMKVによって開発された「サクラ」。主に日産が企画・開発し、三菱が生産を担っている 写真=日産自動車
日産と三菱の合弁会社NMKVによって開発された「サクラ」。主に日産が企画・開発し、三菱が生産を担っている 写真=日産自動車

一方で、日本製EVの海外進出に関しては、まだ課題が残されている。とりわけ日本製コンパクトEVが海外市場に打って出るうえでアキレス腱となるのは「軽自動車の縛り」だろう。そして、この対策として有効なのは、海外市場にも通用する新しい軽自動車規格の導入であると私は考える。

いま、欧米の自動車メーカーはEVの製品化に多大な精力を注いでいる。一方で日本車メーカーは、軽自動車と国際市場向けコンパクトカーの両方に経営資源を投じなければならない。これは日本車メーカーにとって明らかに不利な状況といえる。

しかし、もしも日本の軽自動車規格が国際的なコンパクトカー市場でも通用する内容になれば、日本車メーカーのコンパクトカー、ひいては日本製コンパクトEVの国際的競争力が高まるほか、日本の軽自動車ユーザーにとっては、より走行性能の高いコンパクトカーを手軽に購入できることにつながる。

軽自動車規格を大幅に見直せば、既存の生産設備が無駄になる恐れもあるが、長期的な視野に立てば、国際市場向けコンパクトカーとの共通化を図ったほうが合理的ではないか。「軽自動車作り」という日本車メーカーの強みを生かすためにも、「軽自動車規格の国際化」が求められているように思えてならない。

バナー写真:車名通りの「ブロッサムピンク」を纏(まと)った「サクラ」。車体色は全15色 写真=日産自動車

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