冬の時代を迎えたソフトバンクグループ
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孫正義氏の反省の弁
SBGがアリババ株を大量売却し、アリババを「持分法適用関連会社」から外すことになった。投資事業の打ち出の小づちを失うSBGは正念場を迎える。
2022年8月中旬から9月末にかけて最大2億4600ADR(米国預託証券=米国の投資家が米国以外の外国企業にドル建てで投資できるように作られたもの)を現物決済するもので、アリババ株におけるSBGの保有割合は23.7%から14.6%に減少。保有割合が20%に達しなくなったため、1999年に出資してから初めてアリババが関連会社から外れるが、株の売却で2022年7月~9月期に税引き前売却益約4兆6000億円を計上する。
売却発表の2日前の8月8日、SBGは第1四半期決算で過去最大の3兆1627億円の最終赤字を計上した。前四半期(2022年1~3月)に続く2四半期連続で計5兆円超の赤字について、孫正義会長兼社長は、徳川家康が三方ケ原の戦いで敗れた後、戒めのために描かせたと言われる肖像画「しかみ像」を背景に、「この6カ月間で約5兆円の赤字を出したことをしっかりと反省し、戒めとして覚えておきたい。今日はわれわれの実態がどういう状況であるかを反省を込めて語りたい」と述べたばかり。
SBGは21年3月期に日本企業最大の約5兆円の最終利益を出しており、良くも悪くも株式市場の浮き沈みに影響される投資会社だ。とはいえ、約5兆円の赤字を一気に取り戻すかのような動きに株式市場は反応し、年初来高値に迫った。
だが、SBGのアリババ株売却は投資事業のビジネスモデルの解体を意味する。SBGはこれまで「AI(人工知能)」を中心とした未上場株投資を行ってきた。投資会社の経営の最重要指標とするNAV(時価純資産)は、20年9月末の27兆3000億円がピークで、うち6割近くをアリババ株が占めた。
当時の株式市場は新型コロナウイルス禍から世界各国の中央銀行の金融緩和政策で急回復し、アリババ株は最高値圏にあった。SBGはこのアリババ株を市場で売却、現金化して投資するのではなく、デリバティブ取引(先物取引やオプション取引などの総称)を活用してきた。
株価が下落傾向にあるときは、固定価格で先渡し契約を結び、現物株で金融機関に支払いを行う。また、株価が一定水準以下に下回るリスクから守るオプション購入と組み合わせた「フロア取引」で、アリババ株が値上がりすれば利益が上がるようにした。
さらに、株価の下限と上限のオプションを組み合わせた「カラー取引」で、株価が下がっても損失を固定し、株価が上がっても利益を固定するようにした。それもこれも最初の投資から大きく膨らんだアリババ株があってこそで、これをテコに、投資資金の原資としてきたのだ。成長を続けるアリババのうなぎ上りの利益がSBGの連結決算に反映されることも大きかった。
アリババ株を取り巻く悪材料
もともと、アリババへの出資は1999年、孫氏がアリババ創業者のジャック・マー氏と10分足らずの面談で20億円出資を決めたのが始まりだ。アリババが2014年9月の米ニューヨーク(以下、NY)市場のADR上場を果たすと、SBGのアリババ株保有分は簿価で最大約4兆円に迫った。この間、ソフトバンクがコンピュータソフト卸からインターネット通信会社、携帯電話会社を経て投資会社になれたのもアリババ株のお陰だった。
そんな打ち出の小づちだったアリババ株の状況は一変した。1つは地政学リスクの高まりだ。米中経済対立を受け、中国企業を取り巻く環境は激変した。米政府は中国企業への監査を強化。アリババ株はNY市場で上場廃止の可能性が高まっている。
加えて、アリババを中国の政治リスクが直撃した。傘下の金融会社アント上場を巡り、マー氏の金融当局批判が習近平政権の不興を買い、上場寸前だったアントは、アリババから離れることを迫られている。貧富の格差是正を掲げる習政権の「共同富裕」政策に対し、アリババは政府に1兆7千億円もの資金を供出するなど、経営の自由度を失いつつある。
政府の度重なる締め付けもあって、右肩上がりだった業績は失速している。SBGがアリババを持分法適用関連会社にしておく利点は小さくなっていた。
さらに、世界的な金融引き締めが株式市場を冷やす。新型コロナ禍からの経済回復に伴う世界的なインフレを受け、米国の中央銀行に当たる米連邦準備制度理事会(FRB)などが連続利上げを実施。米NY株式市場は8月26日、1000ドル余り暴落した。
アリババは地政学リスクと自国の政治リスク、世界的な金融引き締めによる株式市場急落リスクのトリプルパンチを受けた。アリババ株は香港市場にも上場しており、米上場株と交換可能にもかかわらず、上場時の株価近くまで下落した。SBGの22年6月末時点のNAVは18兆5000億円となり、うちアリババ株の占める割合は21%に縮小した。
ソフトバンク・ビジョン・ファンドの惨状
このトリプルリスクは孫氏であれ誰であれ、コントロール不能だ。SBGの今回のアリババ株売却は、望むと望まないとに関わらず、打ち出の小づちを手放すよう強要されたに等しい。SBGはまだ14.6%のアリババ株を保有しているとはいえ、2四半期連続赤字で投資資金を絞っているSBGにとっては心もとない水準だ。
なぜなら、SBGはアリババに代わる投資対象企業を見出せていないからだ。創業10年以内で10億ドル以上の評価額を持つ未上場企業をユニコーンと呼ぶ。SBGは保有する投資ファンド「ソフトバンク・ビジョン・ファンド(以下、ビジョン・ファンド)2(SVF2)」で、AIを中心としたユニコーン企業約300社に投資する「群戦略」を実行してきた。300社は世界のユニコーンの1割以上に相当する。
SBGの22年4月~6月期決算で、SVF2は1兆3387億円の投資損失を計上した。IT企業が主体の米ナスダック市場が3月末比で22%下落しており、未上場のユニコーン企業も評価額を下げたことが大きい。ただ、上場企業に投資したビジョン・ファンドの上場株インデックスは31%減と、ナスダックよりも落ち込みが大きい。孫氏は8月の会見で、「7兆円あったビジョン・ファンドの利益はほぼゼロになった」と述べる惨状だ。
ユニコーンの中には成長有望な企業もあった。スウェーデンの後払い決済大手「クラーナ」はその1つだ。利用者に金利ゼロで分割払いしてもらい、小売業者の手数料などで事業を展開するビジネスモデルで、SBGのSVF2などは21年6月、6億3900万ドル(当時の為替レートで約700億円)を追加出資した際、クラーナの評価額は456億ドル(約5兆円)に上った。
しかし、世界的な金融引き締めを受けて金利が上昇すると、クラーナは負債が急増。22年7月に8億ドル(約1074億円)の資金調達にこぎつけたものの、企業価値の評価額は67億ドル(約9000億円)に急落した。1年間で約7分の1となっている。この他、SBGが出資する米上場のシンガポール配車サービス大手「グラブ・ホールディングス」は8月末、年初来から半分以上値を下げた。
人員削減の断行と止まらぬ人材流出
孫氏は8月の決算会見で、ビジョン・ファンドの投資先が473社と説明した上で、「473社の中から将来のアリババ、あるいはアームに相当する会社が1社、2社、3社、出てくることを私は信じています」と述べたが、実現は容易ではないことを過去の実績が示している。
新規上場(IPO)の最後の切り札である英半導体設計会社アームも、株式市況悪化に加え、コンピューターやスマホの需要頭打ちが影を落とす。金融引き締めによる米景気後退が現実味を増しており、半導体需要が伸び悩む恐れが出ている。
孫氏はアームの米ナスダックとロンドン証券取引所への二重上場を計画していた。だが英上場を求めていたジョンソン首相の辞任に伴い、計画は中断したと、英フィナンシャルタイムズは報じた。「半導体業界市場最大の上場を目指す」とした孫氏にとってはある意味追い風だが、一方の米ナスダックは米景気後退懸念の広まりで下落局面にあり、IPOで高値を狙う状況にはない。
孫氏は業績悪化を受け、ビジョン・ファンドの人員削減を表明。「せっかくここまで大きくなった組織。人材もいるし、絆もある。つらい思いではある」と述べ、これまで蓄積した人的資源を放出せざるを得ない台所事情の厳しさを隠そうともしなかった。
というのも、最高執行責任者(COO)だったマルセロ・クラウレ氏が22年の年初に退任するなど、この2年間で10人近い幹部が去った。8月31日には、ビジョン・ファンドを率いてきたラジーブ・ミスラ氏もSBG副社長を辞任した。SBGは18年に3人の副社長が就任し、孫氏の後継者候補と目されていたが、ミスラ氏の辞任で3人の副社長全員がいなくなり、人材流出も深刻だ。
SBGが置かれた状況について、孫氏は「冬の期間がどのくらい続くのかは分からない。上場株も冬の時代だが、ユニコーン企業の冬の時代の方が長く続くだろう」との認識を示した。アリババ株という打ち出の小づちを失ったSBGの苦難の道は始まったばかりだ。
バナー写真:決算説明会に臨むソフトバンクグループ(SBG)の孫正義会長兼社長。背景は徳川家康が描かせたとされる「しかみ像」=2022年8月8日、東京都港区(時事)