BTSの成功と米国のショービズ界:アジア系に門戸は広くなったのか?

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安部 かすみ 【Profile】

米国では近年、アジア出身のアーティスト・芸能人の活躍が著しい。韓国のPSY(サイ)の『江南(カンナム)スタイル』やピコ太郎の『PPAP』は一発屋的な人気だったが、K-POPグループのBTS(防弾少年団)はもう4、5年にわたって世界のトップアーティストの座に君臨している。米国のショービズ界でアジア系アーティストが一過性でない人気を得るのは、前例がないことだ。その背景と勝因を探った。

米国で影響力を高めるBTS

K-POPグループ、BTSが2022年6月、当面の間ソロ活動に専念すると発表した。事実上、グループ活動の休止を意味するとみられている。

BTSは近年の米国のショービズ界において、アジア系としては類例を見ないほど大きな成功を収めている。彼らの楽曲はこれまで、ビルボード TOP100で1位を獲得(アジア系としては1963年の坂本九以来)し、「アメリカンミュージックアワード」の2021年のアーティスト・オブ・ザ・イヤー賞(アジア出身では初)など、数々の賞を受賞。22年5月末には、米国社会で深刻化するアジア系差別問題やあらゆるヘイトクライムへの問題提起と正しい知識の啓蒙のためにホワイトハウスを訪れ、バイデン大統領と意見交換をしたばかり。

もはや人気アーティストにとどまらず、社会問題にも取り組むアジア系代表のセレブとして影響力が高まり、これからさらなる活躍が期待されていた。それだけに、実質的なグループ活動休止は、アーミー(ARMY、BTSファンの意)はもちろんエンタメ業界全体にも大きな波紋を広げた。

日本人俳優にも脚光

米国のエンタメ・ショービズ界の第一線において目覚ましい活躍をしているアジア発セレブと言えば、日本人俳優の台頭も見逃せない。

ハリウッドやブロードウェイでは、渡辺謙をはじめ、真田広之、菊地凛子など日本人俳優の才能もお墨付きだ。今年に入ってからも、WOWOWとHBO Max(米国のビデオ・オン・デマンドサービス)の共同制作ドラマ『TOKYO VICE』で、渡辺謙や菊地凛子らが出演したことが一部で話題になった。

筆者が初めて米国を訪れたのは1990年代。1カ月かけて各都市を旅したのだが、出発前に米国を熟知する知人から前知識をいくつか聞いていた。その1つは「米国でテレビを観ると、番組やCMに出演するのは白人か一部の黒人で、アジア系はゼロ」というものだった。そして実際に現地で、知人が教えてくれたことは本当だと知った。特に郊外ではアジア系はまだ珍しく、人々が私に寄って来て興味津々に「どこから来たの?」などと質問された。日本でも都会以外は外国人が歩いていると人々の視線が集まる、その逆転現象。90年代の米国とはそんな時代だった。よってテレビや映画でそれまで、ブルース・リーやジャッキー・チェン、日系人俳優ではマコ岩松、ジョージ武井、タムリン・トミタなど一部の大スターを除いてアジア人がほとんど出てこないのは無理もなかった。

そして時は21世紀。ダイバーシティ(多様性)が叫ばれるようになり、米国でのアジア系移民や二世以降の人口がさらに増えるにつれ、ルーシー・リューやサンドラ・オー、マシ・オカなど、アジア系の存在感も以前より増した。渡辺謙が米国で初めて認知されたのは、メインキャストの1人を演じた2003年公開の映画『ラストサムライ』。その後もメインキャストとして『SAYURI』『硫黄島からの手紙』『GODZILLA ゴジラ』、ミュージカル『王様と私』などで高い演技力が評価され、日系俳優の代表格としての地位を不動のものにした。

トップ中のトップまでたどり着けないアジア系

エンタメ界でアジア系に対して門戸が少しずつ開かれるようになってきているのは、BTSや渡辺謙などのメインストリームでの活躍が如実に示す。一方で、BTSにしても、名誉あるグラミー賞に「ノミネート」はされているが、いまだ最優秀賞受賞には至っていない。またK-POPが注目されているとは言ってもBTS以外の他のアーティストは、米国のお茶の間の人気をつかむにはほど遠い。

渡辺謙は『ラストサムライ』でアカデミー賞の助演男優賞、ブロードウェイ『王様と私』ではトニー賞・ミュージカル部門主演男優賞と、いずれもノミネート止まりだった。

つまり、トップ中のトップの評価・認知がされる受賞までには至っていない。はたして、米エンタメ・ショービズ界では、今でもアジア系にとってハードルが高いのだろうか?

米エンタメ界におけるアジア系への需要の実態

NY在住の日本人パフォーマーに実態を聞いてみた。

「アジア出身のBTSがこれほど人気があり、曲がアメリカのメインストリームでバンバンかかっているのは本当にうれしいこと」と話すのは、オフブロードウェイの出演歴もある演劇俳優の三宅由利子さん。

日頃からよく受けるオーディション審査について、「『アジア系が欲しい』と求められたポジションで、他の人種から嫉妬されるほどとても良い条件のものもあった」と語る。アジア系のアドバンテージも実在すると認めるが、それとは真逆に、とあるミュージカルのオーディションでは「アジア系は十分(と言っても1人)いるから他の人種を取ろう」と、関係者が人目をはばかることなく話しているのを聞いたことも。

「実力が伴っていれば人種は関係ないのでは?」という自身の思いとは裏腹に、現場で求められる実情は異なる。中には明らかにやる気のない審査もあると言う。

「数年前のあるオーディションでは、人数を絞るふるいにかけるためにグループ分けされ、アジア人だけで固められたことがあった。アジア人グループが踊っている時は明らかに審査員が真剣に見ていないのが伝わり、悔しい思いをしたことも」

オフブロードウェイ公演のリハーサル中の三宅由利子さん(手前右) 写真:本人提供
オフブロードウェイ公演のリハーサル中の三宅由利子さん(手前右) 写真:本人提供

ハリウッド映画『ブラックレイン』や『硫黄島からの手紙』などで高倉健や渡辺謙とも共演歴を持つ俳優のKen Kensei(ケン・ケンセイ)さんは、アジア系俳優を対象にしたオーディションについてこのように分析する。

「映画では東洋系の役柄が欲しい時しか、入りこめる余地ははっきり言ってない。私が出演した『硫黄島からの手紙』は日本人俳優が多く採用されたが、そのようなケースはまれ。現代においては当然ダイバーシティが求められ、映画業界でも音楽業界でも人種の均等さやバランスは必要とされるが、それでもよほどのことがない限りアジア系ばかりを求められることはない」

アジア系にとっては今でもかなり敷居が高いことが分かる。だが「裏を返せば、東洋系の役柄が求められている時は、千載(せんざい)一遇のチャンスになる」(Ken Kensei)と、希望もないわけではないと語る。

日本人が米国で成功をつかむには

日本人が米ショービジネス界で成功を勝ち取る条件として、三宅さんは「英語を話せるのは大前提」と語る。さらに「まずは興味を持ってもらうことが重要だが、BTSが出てきたことでアジア圏のエンタメ系アーティストが進出しやすくなったのは事実」。

韓国のアーティストの飛躍については「そもそも国が応援しているのが日本とは異なる。プロデュース陣は付け焼き刃ではない本物の実力を何年もかけて育てる。幼い時から芸を磨き、人生を懸けて技術を身につけた上で『アジアから世界へ』の模範的な海外進出をしているパターン」(三宅)。

一方、日本の事情は異なる。

「日本はアイドル文化の比重が大きく、『見た目麗しく若ければ』売れる戦法だが、実力重視の米国では到底足元にも及ばない。ただ日本にも世界に通じるレベルのアーティストは存在する。世界で戦うためには、すでに世界に認められているアニメや漫画を絡めるのも一手」(三宅)

「日本人がチャンスを生かすには、スキル、インパクト、英語力が必要。前者2つを近年最も生かして成功した日本人は『アメリカズ・ゴット・タレント』(人気オーディション番組)で『首落ちパフォーマンス』で優勝した蛯名健一さん。このスキルは日本では他のダンサーもやっているかもしれないが、アメリカでは番組で初めて見た人が多く、聴衆に与えたインパクトは計り知れない。ダンスは英語不要だから日本人がアメリカで闘えるチャンス」(Ken Kensei)

映画『硫黄島からの手紙』に出演したKen Kenseiさん(左から2人目)、右端は渡辺謙 写真:本人提供
映画『硫黄島からの手紙』に出演したKen Kenseiさん(左から2人目)、右端は渡辺謙 写真:本人提供

蛯名健一さんと言えば、筆者は2013年、『アメリカズ・ゴット・タレント』の優勝が決まった翌日、ニューヨークで取材をしたことがある。国民的な番組ゆえに彼の知名度は高く、会場の外で撮影中に次々とファンに記念撮影やサインをせがまれ、その人気ぶりに驚いた。その後の取材で、頂点に輝いた経験を通し米国で成功する秘訣を聞いたら、このような答えが返ってきた。

「その業界で『ベスト』になるか『オンリーワン』になるかのどちらか」

「自分はこれ!というオリジナリティを持つと、人と違う魅せ方ができ、競争相手がいなくなる」

まだまだ狭き門とはいえ、アジア系、中でも英語がネイティブではない日本人であっても、傑出した芸や英語力、見た目のインパクトなどがあれば、この国で抜きん出るチャンスはあると言ってもよさそうだ。(文中敬称略)

バナー写真:楽曲がマクドナルドのような大手企業のCMソングに採用され、スーパーや店舗でも日常茶飯事に流れているBTS。2022年5月31日にはアジア系の人々に対する嫌悪犯罪や差別問題について、バイデン米国大統領とホワイトハウスで会談した ©Adam Schultz/White House/Planet Pix via ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ 

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    ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者。雑誌出版社で編集者&メジャーミュージシャンのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年よりアメリカ・ニューヨークで活動。出版社のシニアエディターを経て、2014年に独立。ライフスタイル、働き方、社会問題、グルメ、文化、テック&スタートアップの最新情報を発信中。CROSS FMに毎月出演中。著書に『NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ』(イカロス出版)。在外ジャーナリスト協会Global Press、米政府機関在外プレス組織NY Foreign Press Center会員。

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