イノベーションはなぜ起きなくなったのか?
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携帯型音楽プレイヤー市場を失ったソニー
アップルの創業者スティーブ・ジョブズは、携帯型デジタル音楽プレイヤーiPodが誕生した経緯を次のように語ったことがある。
「iPodが存在する理由は、ポータブル・ミュージックプレイヤーの市場をつくって独占していた日本の企業が、ソフトウェアを作れなかったからだ」
iPodに続いてiPhoneを世に送り出したアップルは、携帯型デジタル音楽プレイヤー市場とスマホ市場の盟主となり、日本の電機メーカーは市場の片隅に追いやられた。そして現在、アップルの株式時価総額は約326兆円、ソニーは同約14兆円(2022年7月8日現在)と評価額で大差がついてしまった。インタビューはこのことから始めた。
―iPodやスマートフォン、タブレットなどの革新的な製品はなぜ日本で生まれなかったのでしょうか。
「私もiPodやiPhone、iPadのようなものは、やはりソニーが出すべきだったと思います。ソニーもインターネットでダウンロードして音楽を聴く機器として、メモリースティック・ウォークマンを出していますが、ここでいくつかの失敗をしています。一つはDRMという非常に強力なコピープロテクション(防止)方式を開発したこと。ダウンロードした音楽は決められた機器(1台)以外にコピーできないようにした。音質にも非常にこだわり、独自方式のATRACを開発して組み込んだ。
ところが、これが非常に不評だった。世の中にはすでにMP3フォーマット(音声データを圧縮する方式)の音楽が普及し始めていました。一部違法なものもあったため、傘下に音楽系事業会社ソニーミュージックを抱えるソニーは、コピー防止を厳しくせざるをえなかった。一方、アップルはMP3を使い、コピー防止は緩やか(複数台でコピー可)で、ユーザーにとっての利便性やユーザビリティを優先した。これがその後の決定的な差を生んだのです」
―ビジネスモデルの設定が異なっていたということですか。
「ソニーの全盛期は1980年代、当時の主力商品であるウォークマンや8ミリビデオカメラは、垂直統合で生産されていました。例えば8ミリビデオだと、テープに記録するためのヘッド部分や、それを回転させるシリンダーとか、非常に精密な技術が必要で、完成まで一貫して自社で作った。こういう垂直統合が当時の日本のお家芸。トヨタもホンダも自社と系列会社で内製化でき、カンバン方式(生産過程において各工程に必要な物を必要な時に必要な量だけ供給する方式)も相まって、それが日本の強みとなりました。
90年代に入ると、米国政府がこのままでは日本に負けると強い危機感を持った。そこで米国は軍事技術として開発されたインターネットを次世代の技術の核になると、一般にも使えるように、オープン・イノベーションとして公開。さまざまな企業がインターネットに参入できるようにした。そこで起きたのが水平分業です。
例えばCPU(中央演算処理装置)はインテル、ハードディスク(HDD)は別のメーカー、ソフトウェアはマイクロソフトが作るみたいな形で水平分業になっていった。これは規格が標準化されてオープンになったから可能になった。ガラパゴス化した日本はこの流れに完全に乗り損ねてしまった」
水平分業の時代に適応できなかった日本メーカー
―日本の企業は国内で競争に打ち勝った製品に改良を加えて海外に売る「勝利の方程式」がありました。
「80年代は強い技術力に裏付けられた素材やデバイスをベースに、日本の得意芸である製品の高品質化や超小型化などで世界を席巻した。ところがグローバル化で世界中がつながると、アップルのように設計はやるけど工場は持たず、海外(中国)でつくればいいとか、水平分業を進め、安く大量に供給できるようになった。これにより日本メーカーが家内工業的に品質を作り込むことで得ていた優位性が失われてしまった。
それと、デファクト・スタンダード(市場競争を勝ち抜いた結果、事実上の標準と見なされるようになった製品や規格のこと。例=パソコンのOSウィンドウズや家庭用ビデオのVHSなど)とデジュリ・スタンダード(ISOなどの標準化団体が定めた規格のこと。例=各乾電池の大きさや材料、種類など)の問題もあります。米国企業の多くはウィンドウズのように、圧倒的に優位性のあるものを作ってデファクトで世界を席巻していく。一方、欧州企業はISOのような国際基準を作って多くの国で標準化、共通化するなど、デジュリで市場のアドバンテージを握る。水平分業の時代になって以来、日本はデファクトもデジュリもうまく対応できず、市場の支配力を失った。これも大きな敗因の一つかなと思います」
また、宮沢氏は日本企業のイノベーションや活力を衰退させた要因には、投資環境と税制の問題もあると言う。
「多くの大企業は成功体験に縛られ、自らに大きな変革を課すのはなかなか難しい。米国は過酷な競争社会で、時代の変化に適応できなければ、大企業でも倒産したり、市場のシェアを失ったり、業態変更を迫られたりする。しかし、そのことで新陳代謝が起こり、スタートアップ(短期間で急成長する新興企業)の誕生が促される。
もともとはグーグルもフェイスブックもベンチャーキャピタル(高成長が見込まれる未上場企業に対して出資を行う投資会社)の出資を受けたスタートアップ。両社はベンチャーキャピタルのお蔭で投資も人も集まって、技術開発を進める環境ができ、急速な成長を遂げた。一方、日本は岸田政権になって、4つの成長戦略の中にスタートアップが入りましたが、バブル崩壊後30年経って漸くそうなったかという感じです」
全世界で今、スタートアップに対するベンチャーキャピタルの投資額は約70兆円に及ぶ。その内、米国は約40兆円、全世界の6割近くを占める。それに対して、日本は約8000億円で全世界の約1%に過ぎない。約10兆円超の運用資金があると言われるソフトバンク・ビジョンファンド(本社は英国)にしても、これまで米国や中国、インドなどの新興企業数百社に対し投資を行ってきたが、日本企業には21年10月に出資したバイオベンチャーを含めわずか3社に出資しているのみだ。
「あとは、税制の問題もあります。例えば日本の仮想通貨に対する税金は非常に高い。企業が仮想通貨を発行すると、在庫の部分を資産価値と認定され、その分の税金を納めなさいと言われる。例えば10億円の仮想通貨を作ると、それをまだ現金化していない段階で30%の3億円を納税しなさいと言われる。スタートアップにはそんなお金はないので、仮想通貨を売らなければいけない。しかし、短期間に大量に売ると、10億円の価値のものが1億円に暴落するような現象が起きてしまう。結果、どうなっているかというと、日本の仮想通貨を発行するような企業は、ほとんどシンガポールやスイスなどの海外に本社を移し、日本のブロックチェーン業界の空洞化と頭脳流出が起きているのです」
日本企業、再生の方策
―では、日本企業はどうすれば再生できるでしょうか。
「一つは、国によるイノベーションをもたらすような新規事業を応援する体制の構築が必要です。例えば“イノベーション賞”みたいなものを作るとか、特許も簡単に取れるような支援をしていくとか。税制の優遇措置も必要です。資金面では政策金融公庫などを含めた公的支援を強化すべきです。
また、民間レベルで重要なのは大企業とベンチャー企業のコラボレーション。大企業は新たなイノベーションを起こしていくのは難しい。逆にベンチャー企業は資金調達ができなければ開発が進まず、人も集まらない。ベンチャーキャピタルのみならず、大企業からの投資も集めて、ベンチャー企業に対して必要な資金、人的な支援をする取り組みが必要です。
民間がバラバラに乱立していてもイノベーションは起きません、「協調領域」と「競争領域」をはっきりと区分し、協調領域は官民で標準化や公共インフラの投資を積極的に行っていくことが重要です。
あとは、トップのリーダーシップも非常に重要です。思い切った研究開発資金や人材の投資がイノベーションには不可欠。それはトップの強い意志がないと実現が難しい」
―取り立てて重点を置くべき点は何ですか。
「やはり今、日本にとって一番手薄で、これから益々重要となってくるのはデジタル化です。日本はIT技術やインターネットに対する投資が諸外国に比べ非常に少ない。社会全体がデジタルシフトに取り組んでいかなければならない。
愛国主義ではないですけど、私は日本の企業が今後、どんどん空洞化しまうのではという危惧があります。先述の通り優秀なITのベンチャー企業は今、どんどん海外に移転していることを考えると、日本には旧来の伝統的な製造業しか残らなくなる可能性がある。
私はある意味、今の日本は太平洋戦争後の焼け野原の状態にあるのではないかと思うのです。これから生きていくためには、必死に頑張らなければいけないという状況なのです。その覚悟を持って、何をすべきかということを、政財官で真剣に検討すべき時ではないでしょうか」
バナー写真:家電量販店で販売競争が激化し始めた頃の小型携帯音楽プレーヤー、ソニーのウォークマン(左)とアップルのiPod(2010年11月19日)時事