新型コロナ給付金詐欺:なぜ国は食い物にされたのか?
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全容疑者の7割を20代以下が占める理由
―なぜここまで被害が拡大してしまったのか。何が主因だとお考えですか。
大規模経済対策ということで、過去に例をみない規模で国庫が投入され、しかもその支給を迅速に行うという圧力に政府や関係機関がさらされていたことが大きいと思います。東日本大震災の時にもかなりの支援金や義援金が出ましたが、被災者に限定されていました。
また、給付金制度がスタートした直後から、これまでに検挙された主犯格の容疑者たちが一斉に動き出していたこともあります。嗅覚のある人たちにすれば「これはいける」と分かったのでしょう。名義貸しをした共犯者の側も、コロナ禍の不安のようなものが背景にあり、「もらえるものならもらっておきたい」という心理が広がっていたのではないでしょうか。
―これまで不正受給で検挙された全容疑者の7割を20代以下の若者が占めています。なぜ、こんなに多くの若者が犯罪に加担してしまったのでしょうか。
私は40代ですが、国から給付金をもらったことは今まで1度もありませんでした。20代の若者も同じで、給付金というものが何なのか、よく分かっていない。年長者などから唆(そそのか)されると、詐欺の意識がないまま、「自分ももらわないと損だ」と思って申請してしまったのでは。今の大学生は仮想通貨やFX(外国為替証拠金取引)などに投資している人も少なくない。お金をもうけることに積極的です。同年代のユーチューバーやIT起業家が億単位のお金を稼いでいる一方、普通に就活して年収1千万もらっても勝ち組ではないよね、という意識も見え隠れします。
―不正受給はれっきとした詐欺です。それなのに同じ詐欺でも、個人をだますのと、公金をだまし取るのとでは後ろめたさが違ったのでしょうか。
お年寄りから老後資金を巻き上げる振り込め詐欺は、誰もが多かれ少なかれ、良心の呵責(かしゃく)にさいなまれるはず。ところが、国が広く国民にばらまこうと予算を組んでいたものを不正受給するとなれば、罪の意識は格段に薄いのではないか。しかも主犯格から唆されたような場合は、名義や口座や免許証などのコピーを渡すだけで、全部向こうでやってくれる。自分は手を汚さずに済むわけですから、さらに罪悪感は軽くなる。唆す側は名義を貸してもらう人に罪悪感を取り払うようなことも言います。常套句としてよく使われたのが、「不正が認められるような場合は審査ではじかれる」というフレーズです。
―相手に安心感を与えるためですか。
ええ、申請してはじかれずに審査を通ったということは不正ではなかった、と当局がお墨付きを与えたようなものだというわけです。名義貸しとなる人を集めたセミナーなどでは、そういった言い方がよくされていました。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」みたいな心理になったのだと思います。
公的な支援金・補助金の1割は不正かグレーな申請?
―国税局の職員や経産省のキャリア官僚など、比較的高い職業倫理が求められる人たちまでが犯罪に走ってしまったのはなぜなのでしょうか。
持続化給付金の不正受給は、国税職員でなければ知りえないような高等テクニックが必要だったわけではない。彼らは「意外に簡単にできる」と察知するのが、早かったのだと思います。つまり抜け穴がどこにあるかをすぐに見抜いた。不正申請では、ありもしない前年の売上をでっち上げて税務署に申告するわけですが、税務署は売上を隠したり過少申告したりすることには目を光らせています。しかし、売上の申告自体にはあまり関心がないということを、国税職員なら見抜いていたのかもしれません。さらに言えば、国税職員や税理士といった肩書は、若い人たちを信用させ、唆すにはとても有効だったはずです。そこを悪用したわけです。
―警察が摘発に力を入れるようになると、不正受給の返還ラッシュが始まりました。経産省が発表した返還総額は、6月23日時点で約166億円にのぼります。不正受給の実態は、どこまで広がるでしょうか。
取材を通じて経産省出身の元官僚に聞いた話ですが、公的な支援金や補助金の場合、支給額全体の1割ぐらいが不正だったり、グレーだったりしてもおかしくないそうです。持続化給付金の場合、被害額はもっと増えるでしょうし、返還額も増えると思います。問題は返還を申し出ようと思っても、唆されて給付金の2割、3割の手数料を取られたり、給付金を投資に回して暴落に見舞われたりした人は、手元の現金は目減りしている。そういう人たちに自主返還を促すためには、返金の猶予や分割払いなどを検討すべきではないでしょうか。
―事業者の早期救済を優先するあまり申請手続きを簡素化したことが、犯罪を誘発した原因になったとお考えですか。
簡素化しすぎたというよりは、簡素化が中途半端だったのではないか。つまり不正をたくらむ人にとってはすごく簡素だったのですが、まじめに申請しようとする事業者には手続きはそこそこ煩雑でした。例えば、郵送で確定申告した人には控えの書類が手元にないので、いったん税務署に足を運んで収受印をもらわなければなりません。簡素化してもらいたいところは簡素化されていない。また、減収の理由がコロナかどうかの判断も自分の解釈次第でした。だから、ずるい人は明らかにコロナじゃないと分かっていても申請しましたし、逆に正直な人や謙虚な人は「コロナではなくて他の原因だ」と断定して申請しなかった人も少なくありません。
再発を防ぐ方策
―減収の理由がコロナ禍ではないようなケースの裏付けはとても難しいのではと思いますが、どうすればよかったのでしょうか。
確かに難しい。私自身は、この条件(コロナ由来かどうか)はなくてもよかったのではないかと考えています。経済は、「風が吹けば桶屋が儲かる」というところがあって、売り上げの減少がコロナかどうかはなかなか裏付けにくい。あれだけまん延していたのですから、そこだけを厳密に確認する必要はなかったのではないかなと思っています。
―著書の中で持続化給付金は希望者全員に一律給付でもよかったのではと提案されています。
個人事業者の多くは零細事業者です。そういう人たちを迅速に支援するのであれば、全員への一律給付という選択肢もありえたのでは。一律給付なら、申請者は書類を準備する時間もかからず審査自体も簡素化されたはずですから。審査は一定以上の給与所得をもらっていないかどうかだけをチェックすればいいだけ。仮に全国の個人事業者が198万人(2016年6月時点)だとした場合、全員に給付限度額の100万円を支給したとしても、1兆9800億円で済んだわけです。
―取材を通じて詐欺を働いた当事者の生の声などはお聞きになりましたか。
本を刊行した後のことですが、沖縄タイムスの元社員が捕まった事件がありました。その申請作業に関わっていた税理士と会社役員の2人が取材を受けてくれて、いろいろ話を聞きました。税理士は「税理士の仕事を全うしただけで、不正には関与していない」と言っていましたが、2人は結局、捕まってしまった。2人は1件につき、手数料を15~20%受け取って山分けしていたようです。
―給付金の支給方法の問題点を巡っては、専門家によってさまざまな議論がありますが、どのような対策を取っておくべきだったとお考えでしょうか。
こんなに不正が広がってしまった根本的な原因は、実施主体の中小企業庁が国税当局とまったく連携していなかったことにあるのは間違いありません。不正申請の手口の多くは、前年の売上台帳の金額を実際よりも過少に申告するというものです。これは売上台帳の内容が、実際の税務申告ときちんと整合性が取れているか、チェックすればすぐに不正は見抜けたはず。もし中小企業庁と税務署が連携していれば、事後的にでもチェックして防ぐことができました。もし両機関の連携を巡って何かタテ割り行政の弊害や法律の壁などがあったのだとすれば、それこそ国会などで対応策を取った上で措置すればよかったのではないでしょうか。
◎「持続化給付金とは」
新型コロナウイルスの感染症拡大によって大きな影響を受けた事業者に対し、中小企業庁が2020年5月から9カ月にわたって支給した。441万件の申請があり、うち424万件の中小企業・個人事業者に5.5兆円が給付された。2021年2月に申請受付は終了した。支給の上限額は中小企業の場合は200万円、フリーランスを含む個人事業者は100万円。要件を満たさなかったとして受給者が自主返還した場合、警察への通報や被害相談はしていないという。
「ルポ 新型コロナ詐欺 経済対策200兆円に巣食う正体」
奥窪優木(著)
発行:扶桑社
新書判:160ページ
価格:880円(税込み)
発行日:2020年9月2日
ISBN:978-4-594-08580-3
バナー写真:持続化給付金詐取疑いで逮捕。インドネシアから移送され、成田空港に到着した谷口光弘容疑者=2022年6月22日(共同)